第百十一話 静かなる侵略
修理が終わるまでの間はどうしても基地内で生活する事になる。
依然として伊藤指揮官からは何も仕事を与えられず、結果として訓練を続けるだけの時間を送っていた。その訓練も決して長い時間ではなく、他のデウスも巻き込んでいる関係上精々が一時間か二時間程度だ。
此処での俺の立ち位置は、言ってしまえば彩達の責任者なのだろう。彼女達が暴走をしないように制御するのが俺の役目であり、そして現状において一番力が無い事から保護されていると見た方が良い。
実際、俺達のグループが一番弱いのは明白だ。だから相手が保護しようと動くのは別段何の不思議も無いが、相手が相手だ。他に何も考えていないとはとても思えない。
一応は彩達にも警戒を促しているものの、尻尾を見せる気配は未だに無いそうだ。
であれば、今の俺達にはどうしようも無い。
素直にこのまま偽物の平和を過ごし、修理が終わるのを待つしかないのである。他に出来る事があるとすれば、現在共に訓練をしているデウス達と交流を重ねるくらいだ。
十人十色という言葉があるように、デウスの性格もまた十人十色。様々な人格の持ち主が彩に教えを乞い、一日十数人ずつが参加する少々大きなイベントとなってしまった。
当然の事ながらこれは狙ったものではない。俺は単に自分が腐りたくないから訓練をしようと決めただけであるし、彩達も己の感覚が崩れる事を恐れただけである。
だというのに、技術の希少性が他のデウス達の向上心に火を付けた。
目の前に宝石があるのならば手を伸ばさない人間なんて居ないのと同様に、デウスも自身の質を向上させる為に必死に頭を下げたのである。
結果的に基地の最大戦力の殆どが彩の下についてしまった。
それが良い事であるかどうかは俺には判断の付かないところであるものの、この基地内から脱出する必要が出てきた場合においてデウスに協力してもらえる可能性が生まれた。
後はその確率を高める必要があり、その為には毎日大量のデウスと交流を重ねていく他にない。
それは只の世間話でも良いし、技術を教えてもらう事でも良いのだ。相手が気分良く接してくれるのならば、それこそが俺にとっての正解となる。――――そして、今日もそれは変わらない。
「おはようございます!」
「おはよう」
朝九時。何時もの晴天の下で俺達は今日も今日とて他のデウス達と顔を合わせる。
既にある程度の交流は済ませた。互いに名前を知るくらいの間柄にはなったし、浅く広い関係性は深く踏み込まないからこそ安心感を抱かれやすい。反面、深く踏み込まない行為は信用されない場合もある。
互いにどちらも線を引いているならば、やはり事務的な部分が残る事もあるだろう。俺がすべきなのはその線を外す事なのかもしれないが、敢えてそのままにしておいた。
そこに込めた理由は、俺自身が責任を背負えないからだ。仲良くし過ぎて最も触れてはならない部分に触った時、デウスは明確に何等かの反応を示すだろう。
それが良い結果ならば良いが、少なくともその内側には闇しかない筈だ。
ならば、俺という人間の過剰な接触がトリガーとなって暴れる懸念はある。例え彼女達が人間の指示に絶対に逆らえないとしても、そうさせてしまった者の事を信用なんてしないだろう。
過剰に踏み込まず、その上で交流を重ねる。非常にやり辛い事であるものの、しない選択肢は俺には無い。
「どうですか。何かご不満になられている事はあったり?」
「まさか。此方は本来ならば追われる身。それなのにこうして匿ってくれたんだから、感謝感激だよ。不満に思うことなんて無いさ」
「それなら良かったです。私達もこうして教示してくださるお蔭で実力が上がっていると最近褒められました!」
「それは良かった……なら、お礼は彩にしてくれ。俺は一緒に訓練を受けているだけだし、何の力にもなってない」
真実、俺は目の前のデウス達に対して何の力にもなっていなかった。
これは自身を卑下するのではなく、客観的な事実である。俺自身のスペックがスペックだ。何の役にも立たないと解っているからこそ、他を動かす以外に方法が無い。
されど、目の前の女性はそんな事はないと此方に一歩詰め寄った。身長的には此方が上であるが、勢い良く距離を詰めていく様に心臓が少々ばかり五月蠅くなる。
金髪のツインテールは王道的な人気を集める髪型であるが、それに加えて見た目の年齢が高校生くらいであるという事実は俺に男としての本能を思い出させるには十分な威力だ。
碧眼が上目遣いで見ているというのも、個人的には非常に素晴らしい。もしも俺が同世代だったならば、初恋に落ちてしまっても不思議ではなかっただろう。
純真な笑みを向ける様に少なくとも表だって悪意は感じない。だが、そんな真似をすると恐ろしい表情を浮かべる人物が一人居る。
何時からそこに居たのかは定かではなくとも、俺の背後からデウスを見つめる女の影。その表情を俺は見る事は出来ないが、見上げた彼女が露骨に怯えた表情を見せた時点で想像はつく。
「――近過ぎだ。少し離れろ」
「はい!!今直ぐ!」
目にも止まらぬ速度で距離を取ったデウスに、俺は溜息を吐きたくなった。
その対象は当然ながら背後で満足気な息を吐いた人物だ。そのまま皆が見ている前で背後から抱き締められ、後頭部に柔らかい感触を得てしまう。
途端にあらゆる視線の色がピンクになるが、当の本人は止める気配が一切無い。この配慮の無さは完全に彼女が嫉妬を覚えている時のものだ。
たった少し接近しただけで嫉妬を覚えるのは過剰に過ぎる。最近一切甘えてこなかった反動でも来ているのかもしれない。
「こら、皆が見ている。情操教育的に悪いから止めておけ」
「情操教育は生産された時点で終わってますよ……それに、貴方は少し無防備過ぎです。少しは警戒をしてください」
「警戒、といってもなぁ。どうしてもああはなるだろ。お前が過剰なだけだよ」
俺の言葉に彩は更に身体を俺に密着させる。
そのボディはこれまでとは違う筈なのに、見た目が殆ど一緒というだけで初めて一緒に寝た日を思い出してしまう。
それ故にどうにも気恥ずかしさを覚えるものの、やはり人前でこれを続ける気は俺には無い。彼女が俺に対して全力が出せないからこそその腕を強引に解き、一歩距離を開ける。
振り返った彼女の表情はやはりというべきか不安の色に染められていた。これを先ずは解消しないことには彩も確り教官として活動出来ないだろう。
時間は有限である。無駄な時間は誰にだってある訳じゃない。
今の彼女をどうすべきかは解っている。出来れば人前ではしたくなかったが、こうして注目されている以上は逆に居なくなった方が良からぬ噂を流されかねん。
そのまま彩の顎を持ち上げて、触れるだけの口付けを行った。
途端に広がる動揺の波。女性らしい黄色い声や男性の感嘆の混じった溜息に更に恥ずかしさが昇り、口づけを終わった後は彩の顔を見ずにデウス達に向き直る。
「……すまんが、これは内緒で頼む。な?」
一斉に首を縦に振るデウス達を見ながら、逃げるように自身の的に向かって歩き出す。
「正妻の余裕」
「見せつけてるんですね解ります。信次さーん!次は私ー!!」
「最後。所望」
「やりません!!」
此処は世の中の流れから切り離されている筈なのだが、ワシズとシミズは何故か漫才染みた真似をしながら俺に近寄ってくる。
それに対する俺の答えは絶叫混じりの否定なのだが、それから一時間程度はずっと攻防戦が繰り広げられてしまうのだった。
よろしければ評価お願いします。




