第十一話 覚者
ヘリに搭載された爆薬が廃墟手前のグラウンドに落下される。
それによって発生する地形へのダメージは全て無視だ。同時に他のデウスには対象を地面に釘付けにするようにしたが、相手は普通のデウスを超えたデウス。落とした無数の爆薬を地面になど到達させるかとばかりに撃ち抜き、しかも爆破の閃光を一種のスタングレネードとして利用し一人のデウスの頭部を撃ち抜く。
頭部には各種センサーが搭載されているものの、機能停止させる程ではない。このままでも補助があれば十分に活動可能であるが、かといって補助させるには一人分のデウスの力が必要だ。
現在において誰かが補助させるという手段は取れない。リソースを極限にまでZO-1に向けてなお足りず、偏差撃ちでどれだけの弾薬を消費しようにも決定打が出ないのだ。
故に頭部を失ったデウスは他にあるセンサーを全て使って周辺情報を探る他無く、そして誰もがその隙を逃す筈が無いだろうと確信している。
「飛行ユニットはまだ生きている!一時帰還させろ!!」
少佐の声に従い、内部通信装置に向かって兵が命令を送る。
しかし、デウスは飛行ユニットを動かす気配を見せない。内部の通信装置が破壊されたのか、まるでヘリからの言葉が届いていないのだ。――であれば、次に起きるのも必然である。
何時の間にか頭部を失ったデウスの背後にZO-1の姿が現れる。どのタイミングで空中に飛んだのかは不明で、だが一瞬だけ見えた彼女の瞳は他のデウスには無い輝きを放っていた。
言うなれば生の輝き、誕生の産声。己は此処に居ても良いのだと確信を持って活動する彼女は、正しく今現在存在するあらゆるデウスとは異なっている。
腰部に装着された飛行ユニットを破壊しないように彼女は両手を掴む。片方の腕は最初の攻撃によって関節を破壊され、更に駄目押しとばかりに両の腕を引き千切られた。
生体部品と機械部品両方の嫌な軋みの音を辺りに響かせ、誰もが生理的な嫌悪に顔を歪める。飛行ユニットも拳の一撃で破壊され、そのまま地面に落ちた。
そのまま潰れる事は無く、しかして攻撃によって壊れかけていた箇所は軒並み交換が必要になる程のダメージを負う。残るは胴体と足だけとなり、その足も彼女が着地をする段階で関節を踏み潰された。
見事なまでの完全破壊。心臓部が生き残っているだけマシなレベルの損傷に、それでもまだ温情がある方だろう。
彼女が本気になれば最初の一回で心臓部を破壊されるのは容易に想像出来る。
「先ず一つ」
言葉短く、響く音は極寒の如く凍てついている。
青く煌めく瞳は、その実氷の反射だ。敵対する者達の生という熱を奪い、己のモノとして心臓部を稼働させる。
慈悲はある。デウスの命を完全には奪わないのはまだ優しい部類だろう。
それでも容赦は無い。嘗ての同じ組織の相手を何の躊躇も無く破壊し、今も関節を破壊されたもう一人に向かっている。その接近に皆は気付いていて、そしてどうして接近するのかは直ぐに解った。
単純に弾薬の存在だ。今後も逃げ続けるのだとすれば単純に弾薬の問題が生まれてくる。
何処かで補充出来るならまだしも彼女の知り合いにそれが出来る相手は恐らくいない。研究所の連中が一枚噛んでいる可能性があるものの、それならば馬鹿正直に接近戦をしなくても構わない筈だ。
「――だが、そんな事は何の問題にもならないか」
「少佐!RF部隊もまったく命中していません!!」
RF部隊も何もしていなかった訳ではない。
一度も捉えられないのならば最初の通りにデウス達が有利に動けるよう弾幕を形成するのだが、そうして撃ち続ければ何時かは有効打が出るものだ。出ないにしてもデウスが叩き出すのが常であり、現状はどちらも達成されていない。
剥き出しの肩には掠り傷一つも無く、着ている服の何処も彼処もせいぜいが土の汚れがあるだけだ。つまりは、あらゆる攻撃を全て回避出来ている。
それはデウスを相手にしている限りにおいて絶対に有り得ない。確実にぶつかり合い、削りに削り続け、果ては同士討ちになる可能性が極めて高いのだ。
なればこそ――そうなっている原因は嫌になる程解り易かった。
「二、三」
関節を破壊されていたデウスの胸が彼女の貫手で穴が空く。内部にある伝達回路を破壊され、痙攣の後に全身の動きを停止させられる。振り向きざまに旋回しながら空中を翔けるデウスの飛行ユニットを破壊され、そのまま地面へと強制的に着陸させられた。
そうなれば最早彼女の独壇場だ。回避を優先とした戦いを行おうにもそうなる前に早撃ちで両手両足を抜かれる。
一発程度であればまだ動かせられるが、正確無比の射撃は尋常ならざる成果を叩き出した。内部を走る神経回路の悉くを破壊され、糸の切れた操り人形の如く転倒する。
これで三人。残るは依然として空中を浮遊する二人であり、三人を容易にやられた時点で勝てる未来は見込めない。
デウスそのものも貴重だ。修理に掛かる費用も考えれば、此処で全滅というのは部隊一同避けたいのが本音だ。
「……ここまでだな」
「撤退させます。ですが追ってくる可能性も……」
「いや、あれは追ってはこんよ」
飛行ユニットを持った二人のデウスに回収を命じて、そのまま帰還させる。
相手はそれに対して一切手を出さず、ただ一つのヘリを見つめるだけ。そのヘリの中には少佐が居て、端末越しにその少女と見つめ合う。
今回の仕事は不可解な部分があまりにも多い。
突然の命令、不自然な二人組、そして強大無比なデウス。調べなければならない情報が数多くなり、そうなれば少佐だけの権限では足りないだろう。大きく見るならば大将クラスの権限が必要だ。
何故こうなったのかもそうだし、目下最大の不明はZO-1のその力の正体。如何にしてデウスとしての上限を突破したのかを解明し、それを軍に所属するデウスにも適応させなければならない。
そうすれば怪物達の殲滅速度もより向上し、平和の訪れる時代も早くなる。
安穏とした日々は人類の悲願だ。それなくして今日までの戦いを維持出来なかったのだから、研究所に探りを入れるついでに協力を打診するのも考えておくべきだろう。
この一件は間違いなく大きくなる。半ば確信を持った帰結に、されど恐れは微塵も無い。
何せそこには希望があった。明確な形となって、更なる進化が残されていると彼女が教えてくれたのである。
であるならば、やるのが普通だろう。例え今回の件を下らない戯言と処理されようとも、少佐である彼の部下には複数人のデウスが存在する。
そこから始めていけば良い。この件の敗北についての叱責は甘んじて受けなければならないだろうが。
デウスが全員回収されたのを確認して、ヘリを動かす。徐々に離れていく彼女はしかし、視界から見えなくなるまで彼の居たヘリを見つめ続けていた。
そしてヘリが居なくなった後の廃墟の屋上で、ずっと隠れていた彼は一人息を吐き出す。
「あー、疲れた」
彼女に全て任せる形となったが、一先ずはこれで安全は約束された。
携帯端末を起動させて時刻を確認し、それが午前十時を示している事に気付く。太陽は頂点近くにまで到達し、夏の大地を容赦なく焼いていた。
肌着は全て汗で湿っている。中の物資は無事だろうが、それでも彼の体力は限界だ。
最初から最後まで神経を尖らせ、慣れない移動で体力も消耗している。距離にしては然程離れてはいないものの、休息を入れなければ最早歩けないだろう。
屋上から彼女の居るグラウンドに向かって疲れた身体を引き摺る。
そうして見えた彼女に彼は微笑んで、振り向いた彼女は彼の笑みに同じく微笑みを返した。
「今日はもう此処で休憩だ」
一人で決め、そのまま彼は太陽によって熱されていない室内へと歩みを進めていくのだった。




