第百七話 三+一・Ⅱ
複数枚の資料には詳細なパワードスーツの情報が記載されている。
一枚は改造前の内容を記しており、その内容は俺でも見た事があるような情報ばかり。主な用途としては鉱山資源の採掘に使われ、当たり前であるが人間一人程度を容易く潰せる馬力を誇る。
しかしながら、資源採掘を重視した結果としてスピードを犠牲にしてしまい、人の腕力では倒す事は不可能でも爆薬等を用いて時間を稼ぐ事が容易になってしまった。
装甲も然程分厚いものではなく、徹甲弾があれば貫通も可能だろう。全体的に戦力としては頼りない。
俺達の内、吉崎殿を除いた全員が同じ考えをしていただろう。二枚目の改造後のスペックを見せられても、まったくその考えを揺らがす事は無かった。
一昔前のアメコミヒーローのような形をしたパワードスーツはどうしたってデウス打倒にまでは行きつかない。
途中で燃料切れを起こすか、或いは単純にデウスに関節等を破壊されて操作不可能になるのが関の山だ。
「このポテンシャルでは当たり前だが純粋な戦闘には駆り出せない。精々が補給物資の運搬作業が限界で、デウスの戦闘面におけるアシストは不可能だ。だが、三枚目のこの情報によって俺はこのパワードスーツが脅威になると感じたよ」
吉崎殿が見せた最後の三枚目。
そこに書かれていたのは搭乗者名簿だ。国籍が疎らで年齢にも統一感は無い。
男女の数は均等になっているようで、名前を見る限り数十人程度が記載された名簿の中で最も多い国籍は日本だ。
これは調達がし易かったのが大きいだろう。外国よりも国内の方が難易度が下がるだろうし、言語の壁というのは今の時代でも存外高い。
真面目に学ぶ場所を用意されなければ英語を話せない者はまだまだ多く居る。流石に彼等を攫った連中の中に多国語を話せない者は居ないだろうが、攫われた者の中には話せない割合が多いだろう。
しかし、重要なのはそこではない。一番目にしなければならないのはこの名簿の下にある文章だ。
「第一次適格合格者名簿――――ってことは」
「そうだ。少なくとも、此処に記載された者達は全てマキナ化に成功した事になる」
マキナの現状は十席同盟や他の者達の調査によって多少ではあれどダメージを与えていた筈だ。
考えられるのは俺達が偶発的に軍に接触する前にある程度実験に成果が出てしまったこと。そしてマキナ化に関して一定の結果を見せた事により、連中は別の実験を開始したと見るべきだ。
それがパワードスーツを用いたものであるとすれば、こんな利用目的が不明の物が存在する理由も解る。
だが、そうだとすれば既に連中は前進したのだ。俺達が相手の攻撃に怖がって早めに逃げている間に、それなりのモノを形にしてしまった。
今後の中でそれは明確に脅威となって襲い掛かってくるだろう。一先ずの相手側の目標としては、パワードスーツと同一化を果たしたマキナ達で何らかの戦果を出す事だろう。
「彼等の最終目的はデウスの完全排除。彼等の思想そのものは理解出来ない訳では無いが、それでも自ら破滅へと向かおうとしている集団を野放しには出来ない。我々は出来る限り相手に何の成果も与えずに件のパワードスーツを破壊する必要がある」
「他にもこのパワードスーツは存在しているだろうな。長野基地も調査をより進めていこう。その過程で目標と同一の個体を発見次第、捕獲を最優先とする」
「岐阜も同じだ。止む無しの場合は破壊するが、基本として捕獲を優先とする」
「――そう、だな。些か早計に考え過ぎたか。捕獲し調査する事を最優先事項とし、それが不可能であれば即座に破壊へと変更する。君はどうするかね?」
この三人の中で実験体となった者の救出を提案した者は居なかった。
既に実験によって肉体は存在せず、残っているのは脳程度。生かそうとしても内部が破壊されれば生命維持にも問題が起きるだろう。それを気遣って戦うだけの余裕は戦場において無いだろうし、俺だってそれが出来るのかと聞かれれば迷わず否と判断を下す。
だから俺の答えは彼等を後押しするだけだ。実験体になってしまった者達は完全に被害者であり、同情も無いではない。それでも、現実は非情そのもの。非常に悪い言い方になるが、知らない者を助けようとするだけの人情は無いのである。
こんな言葉を彩が聞けばどう言葉を返すだろう。何時ものように肯定するのか、それとも苦言を呈するのか。
彼女であれば前者を肯定しそうなものだが、そこに含まれているのは狂信的なものが殆どだろう。
「賛成です。実験体となった者達を元の人間に戻す方法が不明であり、戦力が未知数である以上は現実的な方法を選択する以外にありません。捕獲自体もかなり確率の低い内容なのでしょう?」
「まぁ、な。殲滅出来るのならば殲滅してしまった方が良い。被害者には申し訳ないが、我々にも限界はある」
俺達は万能の力を手に入れた訳では無い。
確かにデウスという規格外の存在が誕生したが、その基礎を作り上げたのは一人の人間だけだ。それ以外の分野は以前よりも進展具合は発電分野以外はあまり進んでいない。
兵器の更新だって彩からの情報によってあまり進展が無いのも解っている。俺達は何処までいってもゆっくりにしか進む事は出来ず、人の倫理の中に囚われ続けるしかないのだ。
相手はその倫理を真っ向から破壊している。それは常識から逸脱しているものであり、故に人の倫理感からは忌避されるものだ。それが良いと誰もが思っていても、否定し破棄されるのが常である。
「デウスは確かに不確定な要素が強い。ブラックボックスの解析作業も現状は三割程度だ。何が起こるか解らないという意味では、完全に制御出来る機械に全てを任せるのも良いと言えるだろう。だが、それでこの計画を良しと決めれば人口の大幅な減少は避けられない」
「――ならば是非も無し。例え遺族の者に怨恨を向けられようとも、平和を遂行する」
「それが今出来る我々の限界。……嫌になるような話だ、まったく」
皆が皆、これで良しと思っている訳では無いのだ。
これが人道を無視した計画等ではなく、全てを機械に置き換えた内容であれば大々的に公表しても良かったかもしれない。機械だけであればそれは人道に反しては居らず、そしてデウスのサポート役として活躍する事も不可能ではない筈だから。
それを歪めてしまったのは極論、人の持つエゴである。そして、他者への嫉妬である。
その二つがあれば人はどんな外道も躊躇わない。己の夢を叶える為に地獄の底へと一気に転がり落ちるのだ。
ならば、此方も容赦などしない。相手が外道を尽くすというのなら、此方も徹底的に潰しきる。
それをもって歪みを断ち、世界を元に戻すのだ。結果として誰かの夢を否定するとしても、俺はデウス達の明日への希望を見捨てられなかったから。
「この後は君のデウスに会いたい。確か識別名称は……」
「――彩ですよ」
「……そうだな、彩だ。そして彼女と共に居る他の二人にも会いたい。色々聞いてみたい事もあるからな」
「構いませんが、吉崎指揮官。引き抜きのような真似は止めてくださいね。その時は彼女がこの基地を地獄絵図に変えるでしょうから」
「勿論だとも。ただ、話をしたいだけだ。軍から抜けたデウスの想いを、抑えきれなかった者達の言葉を」
吉崎指揮官の言葉を聞き、そういえばと思う。
俺は普通に過ごしていたが、軍からすれば脱走した者は大体の場合居なくなっている。その理由を知れる機会は絶無と言っても過言ではない。
一先ず、一番話したかった内容を終えたのだろう。全指揮官は温くなった緑茶を手に持ち、俺も同様に冷めた緑茶を一気に飲み干した。
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