第百六話 三+一・Ⅰ
暇な時間が多く出来た――などと言えるのは、現状を何も認識していない愚か者の言葉だ。
集まった四つの席。執務机の椅子に座るのは岐阜の指揮官であり、対面には俺が座る。右には長野の指揮官が座り、左には今回初めて出会う指揮官の顔があった。
左頬に斜めの刀傷が目立ち、これまで出会ったどんな者よりもその眦は鋭い。元々が細い目であるだけに鋭さも余計に際立ち、さながら刀を連想させる。迂闊に触れれば即座に切り捨てると言わんばかりの目は恐ろしく、細い顔と合わせると武人のような印象を抱かせた。
髪はこの中で一番長い。後ろに伸ばした黒髪を一つに縛り、背中にまで伸ばしている。
黒の軍服と合わさり、腰に武器が無ければ逆に違和感が強い姿だ。そんな人物が一番強く周りを見ているのは、やはり今回の要件が要件なのだろう。
「一先ず、自己紹介をしましょう。我々が実際に顔を合わせたのはこれが初めてなので」
「良いだろう。お互い階級で言えば同じだ、敬語も必要あるまい」
最初に口を開いたのは長野の指揮官だ。一番若い見た目の彼が自己紹介を行い、次に岐阜の指揮官が自己紹介を行う。そこで初めて両名の名前が解った。
長野の方は岸波・桃。岐阜の方は伊藤・正志。次に俺の名前を告げ、最後に俺達の紹介を聞いていた指揮官が口を開く。
「俺は静岡担当の吉崎・誠だ。そこの馬鹿を向かわせた張本人でもある」
俺を含めた四人はガラスのテーブルの上にある複数の資料と地図を囲みながら、雑談の一つも挟む気配が無い。
遊ぶつもりは毛頭無いという空気があるのは執務室に入った時点で解っていたが、どうしても場違い感を感じてしまう。真正面から軍に入って地位を手にした者と、そんなものに興味が無かった自分ではそうなっても仕方が無い。
普通ならば一般人その一程度の役割が関の山の筈なのに、完全に関係者としてこの指揮官達と言葉を交わそうとしている。
特に俺達は中心人物だ。俺達が持っている情報を起点としてこの三人は集まったのだから、此方が喋る時間だってまったく零ではない。
「さて、今日は全員よく集まってくれた。今回の内容については顔合わせが主目的であるが、ある程度今後の活動について方針を立てたい。吉崎殿は何処まで話を聞いている?」
「凡そ、といったところか。ウチの馬鹿達は総じて情報収集に余念が無くてな。そちらが提供する前に馬鹿筆頭が寄越してくれたよ。――で、お前が張本人か」
「ええ、此方はいきなり話がやってきたので少々驚いてますよ。出来れば事前に伝えていただければと思っています」
「それについては集まった指揮官全員が感じているよ。何せこの集まりが決まったのは二日前だ。偶然予定が空いてなければ集まれなかっただろうな」
「――本当に偶然か?」
軽く言葉の交わし合いを続けるものの、最後の吉崎指揮官の言葉の少々ばかり沈黙が続く。
その言葉の真意は、こうして集まった指揮官の思想に理由があるのだろう。何せこの中には明確にデウスを虐げる者は居らず、そして声を掛けただろうメンバーは全員が揃っている。
数は用意された椅子の時点で解り切っていた事であるし、居ない者についての言及がこの場では起きていない。
つまりは全員、緊急の集合に来ている事になる。これを只の偶然として片付けるのは難しいだろう。
話を最初に持ち上げた岐阜側と実際に疑問を口にした静岡側は恐らく本当に予定が空いていた。であれば怪しいのは長野側であり、当の本人は困ったように苦笑して此方を見ている。
「……此処で更に嘘を吐いて只野殿の信用を落とす真似はしたくないな」
「であれば何かあったのか?」
「いや、実際に用事そのものは無かったよ。というよりは、私のように表だってデウスを差別しない者は冷遇されやすくてね。何かしら良い情報があっても遅れるか、そもそも伝えられない場合が多い」
だから今回も予定が空いていたのさ。
そう告げる岸波殿の姿に、思わず同情が湧いてしまった。割合の中で少数に入っている事を公言しているからこそ、大多数の者からは嫌われる。よくある社会の構図がこうして形になってしまったからこそ、今回は特に何も問題が起きずに集まる事が出来た。
他の者達にもそれなりに思い当たる所があるのだろう。理解のある顔で何度も首肯する姿は、何だか苦労人のようにも見えてしまった。一度は此方を騙した者も居るが、それでも仲間意識を感じずにはいられない。
だが、そんな事は今はどうでも良いと岸波殿は咳払いを行う。
「私の方は今はどうでも良い。最初に尋ねたいのだが、お二方のデウスの様子はどのようなものですか」
「唐突だな。……静岡基地は何時も通りだ。相変わらず馬鹿は馬鹿をやらかすし、真面目な奴は真面目に職務をこなしている。上からは嫌味を言われる事も多いが、そこは管理職の仕事だ。黙して流す程度は当然よ」
「岐阜も然程変化は無いな。違う点とすれば上下関係の明確化程度だ。それで此方が悪くしなければ、一先ず彼等は謀反を起こそうとはしない」
多少の違いはあるものの、この三人がやっている事は基本的にデウスの待遇を基地内限定で良くしている。
岐阜側の方がいくらか上下関係に厳しいものの、軍という事を考えればマシだろう。逆に静岡側はかなり自由に活動させているようだ。叱咤される回数はこの中で一番多いに違いない。
簡単にデウスに接する態度を尋ねた長野側も一先ず問題は無いと判断したのだろう。彼も自分の状況を話し、それはどちらかと言えば静岡側の方針を取っているように見受けられる。
俺も静岡側に近い状態だ。余程の迷惑を被らなければ好きにしても良いというスタンスにし、今も継続中である。
さて、と名前もしらないデウスが用意してくれた熱い緑茶を啜りながらこの後の言葉を待つ。主催したのは岐阜側であるから、本人が話題を出さねば迂闊に何も言えない。
「全員が情報を持っている事は解った。マキナの情報についても把握は済ませているのだろう?」
「勿論だとも、伊藤殿。まぁ、主な情報源はPM9からだ。アイツが兼任している十席同盟からとあるポイントに襲撃を掛けてくれと打診があってな。そこがマキナ側が保有する工場で、ついでに言えば制圧後に漁った情報の全てが複数の基地に秘密裏に納入される事についてだった」
「そちらについての情報は此方も把握しているぞ。中身は武器弾薬だったが、作業用のパワードスーツという奇妙な物もあったそうだな」
「ああ。ただ、そのパワードスーツは改造が施されていた。戦闘用のな」
岐阜と静岡側の会話は俺にとって初めて聞く情報だ。
そんな情報があったのならば教えてほしかったのだが、対価として払える物が俺には無い。相手もそれを読んで此方が何も言えないという事を解った状態で情報を開示した。
そこに怒りは無い。頭に浮かぶのは疑問であり、それはパワードスーツに向いている。
武器弾薬を秘密裏に製造しているだろうとは俺も想像していた。けれどもパワードスーツは少々予想外だ。
あれにも民間用と軍用があるものの、民間用の物は戦闘に耐えられる仕様になっていない。基本的に介護や重量物を持ち上げるアシストをするくらいで、決して映画やアニメのように高い場所を跳ね回る事など想定されていないのだ。
軍用の物でもそれは一緒であり、例えどれだけ改造したとしてもデウスには勝てない。
慢心と言えば慢心であるが、デウスに対してパワードスーツは殆ど意味が無いのだ。それが有利に働く条件としては、此方側のデウスの総数と相手側のデウスの総数が拮抗していなければならない。
「戦闘用に改造されていたという事は、中にあったのは民間用だろう?……ならば、然程脅威になるとは思えないが」
「確かにその通りだ。それが従来の改造品であれば、私も同じ感想を抱いていた。――――これを見てくれ」
テーブルに新たに資料が追加される。そこには、件のパワードスーツの情報が記載されていた。
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