第百四話 緊急メンテナンス
「これより、緊急のメンテナンスを行う。対象者はポッドの中に入るように。本来ならばメンテナンス終了時までの間はデウス達を休眠状態にさせるが、特別措置としてブラックボックスを移動させての別ボディでの活動を許可する。……では、早速始めてくれ」
「解りました。それでは皆さん、全員中に」
待ちに待ったメンテナンスの日は、驚く程快晴の中で始まった。
本来であれば人気の多いだろう施設の中で、今この場に居る人数はたった十人程度しかいない。俺達のグループと指揮官、そして後は技術者だけだ。
指揮官が傍に居るので技術者達は全員が畏まっている。俺も今は静かに彼等のしている事に目を光らせているが、やはりというべきか何をしているのかは不明だ。
灰色の棺桶にも似たポッド内に彼女達は横になり、両腕には技術者達がコードを差し込んでいる。一見すると鋭い棘のような形状をしている所為で無理矢理刺しているようにも見えるものの、そこまで簡単に彼女達の皮膚を貫通させる事は出来ないだろう。
最初から設定された場所であるのは彩達が何も言わない様子から一目瞭然である。
彼女達も彼女達で自身の体内を触られてしまう事に不快感があるのか、その眉間には皺が寄っていた。技術者達はそんな彩達の態度の戦々恐々だ。軍のように強制的に止める手段を持たないのだから、怒らせれば即座に死である。
俺が一声出せば彼女達は止まるだろう。だが、俺はそれをしない。申し訳ない話ではあるものの、これは優先順位の差だ。
整備士達の命よりも彩達の命の方が大事である。故に、何も解らなくても俺自身も目を光らせるのだ。
もしも俺であっても解る不可解な行動をしていれば銃を突き付けて脅すつもりであり、そうならないのが一番良い。
指揮官も俺の態度については解り切っているだろう。その上で何も言わないあたり、どうやら気持ちは理解してくれているようだ。
やがて準備の終わった彩達の腹部に整備士が手を当てる。
その一区画分の皮膚が正方形に剥がれ、内部から四角形の掌サイズのキューブを露にさせた。それこそがデウスの核である未だ完全な解析が終えていないブラックボックスなのだろう。
特殊な場所で製造されたワシズとシミズも同様の位置の同様の物体が現れ、技術者達は特に疑問には感じていない。
そのまま優しくブラックボックスを彩達の身体から引き抜き、ポッドの横に寝かせられているまったく同じ姿をしたスペアのボディに核を収める。
準備期間は二日間。それにも関わらずにボディの製造を終えている様から彼等の技術は一級品なのだろう。
よくよく技術者達を見れば、目に隈がある者ばかり。速度を求めているとはいえ、同情の念を感じてしまうのは避けられなかった。
「見た目はそっくりそのままにしてあるが、何分急造故に性能については妥協してもらいたい」
「それは構いませんよ。最低限彼女達が不便に感じない程度であれば、私は文句を言うつもりはありません」
「そうか、感謝する。全診断の終了には五時間掛かるので、それまでの間にZO-1を含めた全デウスは一度身体を慣らした方が良いだろう。中庭を使えば出来る筈だ」
「ええ、そうするつもりです――と、全員起きたな」
寝台に寝かされていた三体のボディが動き出す。
その動作は非常に緩慢で、慣れていないのは明白だ。上半身を持ち上げるだけでも数十秒の時間を使っているところを見るに、どうやら彼女達はただ単純に駆動部分に目を向けている訳では無いのだろう。
となれば、並行して何かをしていると見るのが妥当。この場合の作業候補としては、最も可能性の高いものとして彩達の人格に影響を与えるウィルスのような存在か。
もしもそれが発見されれば流石に彩達でも危ない。彼女達の本来の身体から移したパーツはブラックボックスだけ。
他の全てが代替品である限り、そこからの侵入はどうしても考えられてしまう。
特に相手が信用出来ないのだから、そのチェックは入念なものにしたいだろう。
だから彼女達の気の済むまで状態を確認してもらいたい。余計な口を誰かが叩くようであれば、俺が即座に介入する所存だ。
彩達の確認作業はおよそ十分は掛かった。最初に関節の稼働を一つ一つ確かめ、次に全体を動かす。
そしてブラックボックスのシステムを立ち上げて虚ろな瞳に光が灯った。顔を動かして最初に俺を見て、此方に微笑みを向ける様子に先ずは一安心かと息を吐く。
そのまま彼女は立ち上がり、内部に保管してある自身の武器を取り出す。その速度は前の時点とあまり変化は無いようだが、彼女が少し顔を歪めた様子から恐らく良い結果とはいかなかったのだろう。
「全体の把握を完了しました。現時点では性能の四割低下を確認。全力で戦闘を行うのは難しいでしょう」
「出来ればそうならない方が良い。私達としても極力味方同士の潰し合いは御免だ」
「ブーメランですが」
おっと、そうだったな。
そう放つ指揮官の表情に申し訳無さの色は無い。まるでこれでチャラだとでも言わんばかりの態度は、それはそれで清々し過ぎて何も言えない程だ。
こんな程度は所詮悪戯に過ぎないとでも思っているのだろうか。もしもそう考えているのであれば、この指揮官の性格は随分と狂っているのだろう。かなり一般人寄りの人間を死の恐怖に陥れている事実は、裁判でも行えば一発で勝訴を取れるくらいだ。
そうしなければやっていられないのが実状なのだろうが、それでも言葉くらいは取り繕ってほしかったのが本音である。
全身を確認し終われば、別のボディに変わった全員は身体を慣らす為に中庭へと向かう。
その中庭は基本的に多数のデウスが存在しているようで、今日も今日とて十数人のデウスが好きな事をしている。
俺達の姿が見えた事で彼等は喜色を浮かべた表情を浮かべるが、同時に指揮官も此処には居るので即座に表情を仕事用の無へ切り替えた。
それは一仕事人だった俺としては早いと言える程だ。上司の前では公私混同をしないという態度の示し方は基本的ではあるが、こうして揃えて変わる所を見ると機械的にすら見える。
その変化の差は不気味に思えてくる程だ。そう設定されているのだとしても、人間の常識がどうしても違和感を抱いてしまう。
「今日はお前達は非番なのだから肩の力を抜け。プライベートを見た程度で心象が悪くなるなど有り得んさ」
「はッ、ありがとうございます」
指揮官の言葉にデウス達は一度の言葉の後にまた各々の活動に戻る。
だがしかし、そこには確かな硬さがあった。上司が居る時特有のあの微妙な空気感が場を満たし、俺達も何を言えば良いのか解らない。
決して信用が無い訳ではないのだろう。ただし、それはプライベートに影響する程ではないというだけだ。
明確な線引きがされている状態は仲良しごっこの無さを見せているものの、それは決してデウスが求めているものではないのは確か。その様子を見て、指揮官は何もせずに振り返った。
「私が居ては此処は気不味いままだ。仕事もあるし、そろそろ去るとしよう。診断結果は昼に誰かを向かわせて知らせる」
「解りました。それでは」
「ああ。ではな」
そのまま去っていく姿に哀愁は無い。これが日常なのだと示す様に、どうしても俺は理解が及ばなかった。
誰かが死ぬような場所で公私混同は出来ない。それは解るし、納得も出来る。その全てを否定する程自分は馬鹿ではないつもりだし、デウスもその点は解っているだろう。
居なくなった事を確認したデウス達は喜色を浮かばせて此方に近寄ってくる。出される話題は無数に存在し、それを全て処理するには一日では足りないだろう。
そんなデウス達の話題に出来る限り答えながら考えてしまう。
この公私混同をしないという態度こそが、軍の虐待を加速させてしまう最初の切っ掛けだったのではないかと。
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