第百三話 軟禁
立ち位置で言えば、只野信次のこの基地内での扱いは客人である。
表ではそう設定され、そしてセキュリティも同様だ。デウスへの周囲への情報拡散が遅れてしまったのは一重に伝達が遅れてしまっただけであり、それが無ければ中庭のデウスも疑問を交えながら客人として挨拶しただろう。
只野達の起こした接触は中庭に居るデウス達に衝撃を与えた。
人間である只野は家族としてデウスとして接し、デウスは彼を愛すべき人間として接している。
これまでもその例がまったく無かったという訳では無い。指揮官とデウスとの間に恋愛が芽生える事はあったし、中には整備士との間に恋愛珍事は起きていた。
しかし、そのどれもが本来であれば軍において異端である。その者達は何かしらの理由によって仲を引き裂かれ、結果的に最後まで共に居続ける事は不可能に終わっていた。
今回も彩達がデウスに所属していたのであればそうなっていたのは間違いない。
只野という人間が指揮官となり、傍に彩達が居れば仲が引き裂かれるのは必然だったろう。彼等が胸を張って明確に仲の良さを伝えられたのは、軍属とは別になったからだ。
軍に居るデウスでは人間と明確に愛し愛される事は出来ない。それを身をもって知っている彼等からしたら、只野達の生き方は羨ましさで溢れんばかりである。
自分もそうしたい、そうなりたい。人と結び付き、求め合う番となり、人類という種族を守護するだけの理由を作りたい。
デウスの本能はどれだけ虐げられても変わらないし、変える事を許さないのだ。それがある限り、どんなに裏切られても明日の希望を願ってしまう。
そんな彼等を利用する指揮官達は多く、解っているから無茶を強いる。
「なんというか……普通だったなぁ」
自室に集まった彩達の前で、只野は酷く率直な思いを吐露した。
期せずしてのデウス達との交流は、只野にとって少なくない収穫を齎している。軍内のデウス達の日常的な姿や、人類の守護者であろうとも零される愚痴の数々。
待遇改善を訴えたくとも訴えられない日々は苦痛の連続で、それでも明日に希望を抱いてしまう。
まるで人間と変わらない。只野がそう評してしまうのは自然なもので、やはり人の形をして思考をする時点で人間的な悩みは発生するのだ。
無数の悩みを聞いた。無数の文句を聞いた。それと同時に、戦場で人助けをして喜ばれたと嬉しそうに話すデウスの姿も確かに存在している。
皆が皆、文句はあるのだ。しかし、文句を抱きながらも希望を感じている理由は決して本能だけではないと只野は半ば以上確信した。
本能的な設定による部分は存在する。同時に、軍の外部で発生した事件で他者に感謝の言葉を述べられた事もまた、彼等が希望を感じる一助となっていたのだ。
まだまだ、デウスは人を護ってくれる。そう確信出来るだけの理由が持てた事実に、只野は一先ずの安堵を得た。
しかして、このままでは駄目になってしまうのも理解している。現状維持では最悪な方向に行ってしまうのは、火を見るよりも明らかだ。
「ルート把握は完了しました。突破するのは難しいですが、不可能ではありません」
「施設群、把握。破壊可能」
「やろうと思えばこの基地のデウスを味方に付けるのも悪くないかもね。一緒に引き入れられれば脱出も簡単だろうし」
三人からの言葉はどれも脱出を肯定するものだ。
只野は彼女達の言葉に無言で頷く。安心を覚えるのにはまだ早いが、少なくとも不可能という言葉から離れられただけ僥倖といったところだろう。
監視の目が何処に無いかも不明だが、この部屋に存在しない事は彩達の探知によって判明している。
軍であればそれを欺く術があるかもしれない。だが、それに関して必要以上に警戒しては何も進まないのは事実。
そもそも此処は半分以上敵地なのだ。警戒をどれだけ高めても不利である以上はどうしようもない。
「よし、全員に情報を共有しよう。俺の分はこの端末に出してくれ。流石に元の地図は無いから彩にその辺は任せてしまうが……」
「解りました。では判明した情報を全て纏めて簡単な図を構築します」
「ワシズとシミズも協力よろしく。それじゃ、俺は俺で何か出来るか探してみるよ」
地図を構築する作業に只野は何も手伝えない。
そうなれば必然的に他にやるべき事を模索する必要が出てくる。その只野に彩は無理をしてほしくない想いが湧きあがるものの、それで止まる男ではないのも十分に理解していた。
ならばと視線でワシズに護衛を頼む。受け取ったワシズも即座に頷き、彼に朗らかな笑みを向けながら近付いた。
「一人だけってのは寂しいじゃない?私も付き合うよ、渡せる情報も殆ど無いしさ」
「何が起きるかは予測出来ませんので、護衛として付けてください」
只野としては三人で全力で作業をしてもらった方が効率が良いとは思うが、並行して何かをするのであれば分散させた方が良い。
只野が起こすデウスの異常現象は既に彩達全員が知るところだ。指揮官達もそれを認識し、十席同盟もそれを確かめようとしている。彼女達の提案に素直に頷き――と、ここで唐突に只野は思い出した。
「……あれ、そういえばPM9はあの後どうなったんだ」
部屋に向かってからPM9の姿は一切見ていない。
此方に別れの言葉一つ送っていない事からまだこの基地内には居ると思うのだが、彼女の性格を考えると何も言わずに去ってしまった可能性も否めない。
それについては、彩がああと興味が無いように只野に教えた。
現在PM9はZ44と共に行動している。位置だけではそれだけしか解らず、調べようとしても彩の探知に気付いた本人達によって既に阻害されていた。
只野達が行ける範囲からは逸脱している現状において、PM9との意図的な接触は不可能だ。
故にこそ、PM9と話をするのは不可能に近い。そうするにはPM9側から此方に来てもらわねばならないのである。
「PM9と会話をするのは既に難しいか。なら、向こうから何らかのアクションが起きるまでこの基地内のデウスと交流を深めるのも悪くはない」
「構いませんが、何処にスパイが居るとも限りませんよ」
「構わんさ。既に彼等の指揮官は俺達について知っているし、マキナ側の者達もある程度は調べてあるだろう。隠す理由がもう存在しない」
現状において、最早彼等の抱えている情報は周囲にある程度拡散されている。
調べれば簡単に解る程度の情報しかないだけに、どれだけ調べられても只野にとっては少なくとも痛手にはならない。指名手配にされる事も既に想定の範囲内なのである。
故に、彼は最早止まる理由が存在しない。出来る限り攻め込み、仲間を増やす。
それこそが彩の未来を変える事に繋がるのだと彼は思っているから、動かないという選択肢は存在しないのだ。
溜息を吐く彩の姿に申し訳無さを抱きつつも、一先ずは今日は終わりと全員寝床に向かう。
スイッチ一つで明るさの変えられる部屋に少しの感動を抱きながら、そのままベッドへと横になる。
明日にはどんな未来が待っているのだろうか。常に抱える不安は、しかしてデウスであれば希望でしかないだろう。
そのポジティブさには倣いたいところであるが、ネガティブが根底にある彼ではどうしてもデウスのようにはなれない。
未来は変えられる。――――否、変えねばならない。
胸に刻まれた悪夢。忘れてはならない光景の数々を脳裏の描き、意識を喪失させていく。出来れば自身の行動によって彩が死ぬ未来が無くなってほしいと願いながら。
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