第百二話 更なる変革
中庭の世界は狭い。
それは世界の広さを認識し、その上で中庭でしか活動出来ないデウスであれば尚更だ。虐げられる彼女達は一ヶ所に集まり、徒党を組んで僅かながらの抵抗を行う。
それは何処の場所でも変わらない。例え指揮官が清廉潔白を掲げていても、下の人間が屑であれば彼女達に対して不当な扱いをする事もあるだろう。だからこそ、俺は中庭で集まっている彼女達の姿に目を見開いた。
そこに込められたのは純粋な驚きだ。こんなにもデウスは居たのかという衝撃が襲い掛かり、その空間に足を踏み出す事を躊躇してしまう。
中庭に居る人数は三十人を超えている。それだけならば既にこれ以上の人数を確認しているのだが、実際に全員を視界に収めた訳では無い。
初めて、俺は三十人を超えるデウス達を視界で捉えたのだ。そして、俺が捉えたという事は相手側も此方を捉えた事を意味する。
彼女達の視線に乗せられている内容は殆どぼ場合において困惑だった。中には俺達が撃墜させた子も居る筈なのに、俺の姿を見てもまったく負の感情を乗せていない。
少々の疑問が残るが、交流するという意味では一先ず障害が減った訳だ。かといって実際に会ってから何を話すのかを明確に決めていたのではないので、口が開くまでには少し時間が掛かった。
双方の間に広がるのは僅かな緊張である。相手側からすれば命令する側の人間が突然現れたのだから当然だ。
俺の両脇にはワシズとシミズ。そして後方には彩が睨みを利かせている。俺に万が一でも怪我をさせないようにという配慮は有難いことだ。
「あー、突然お邪魔して申し訳ない。暇だったからこの基地の中を歩いててさ……」
後頭部を掻いて困った笑みを浮かべる。
明らかに善良そうな人間の振りをしてみたのだが、それに答えるデウスの数は皆無だ。しかし、まったく反応が無かった訳では無い。互いに顔を見合わせて呟くように言葉を交わす様には困惑が滲み出ていた。
やがて、一部のデウスが前に出る。その顔はやはり知らない者達ばかりで、けれども美人であるのは確かだ。
「申し訳ありませんが、何処の所属の方かお聞きしてもよろしいでしょうか?我々は何も通達されておりません」
「え?……指揮官殿に何も話を聞いていないのか」
「はい。本日の秘書担当からの通達が一切有りませんでしたので……」
成程、と頷く。
どうして彼女達が俺達を知らないのか理解した。同時にその秘書に関しては少々抜けていると判断しなければならない。今回は俺達だったから良かったものの、これが実際に軍の高官であれば怒鳴られる程度は済まないだろう。
背後の彩は小さく無能がと呟いている。流石に酷い言い様だとは思うが、完全に否定出来ないのが悲しい事実だ。
苦笑しつつ、それじゃあと俺は続ける。
「先ずは自己紹介から。俺は只野・信次。軍には所属していない」
軽い自己紹介は更にデウス達を困惑の底に落とした。
何せ軍に所属していない人間が此処に居るのだ。研究所の人間であるかもしれないと考える事が出来るだろうが、それならば誤解させないように最初に言うだろう。
加えて、俺の周りには岐阜に居ないデウスが三人も居る。俺を護るように立っている時点で関係者であるのは言うまでもなく、複数の視線が彩達にも注がれた。
それら全てに対して一切表情を変えずにいられる彩達は流石としか言えない。個人的な贔屓が入っているが、格が違うのだ。
「因みに、俺の周りに居る子達も全員軍属じゃない。正確には一人だけ元軍属が居るけどね」
「……そのお言葉だけ受けますと、脱走兵と認識しなければならないのですが」
「――――間違いではないな。私は確かに軍を見限って抜けたよ」
一番前に出ていた茶髪のデウスが恐る恐るといった体で質問をし、それを俺が答える前に彩が答える。
その瞬間にデウス達の目には羨望が浮かんだ。此処でもそれは変わらないのかと思いながら、徐に前に出た彩は堂々とした態度で立つ。
彼女本人は脱走兵扱いであるが、その事実は表の情報とは違う。そもそも裏側では今も彼女の軍籍は残り続けている状況であり、戻ろうと思えば即座に復帰も可能だ。
だが、彼女は二度と軍に戻らない。追われる事になっても逆に追い返すと態度で示す彼女は、脱走する勇気を持たないデウス達には羨望の的だろう。
正直に言えば脱走兵の部分で全員が捕まえに来ると思っていたんだが、予想外の反応だ。
「質問を一つ良いですか!?」
緑髪のまだ中学生程度のデウスが勢いよく手を上げる。
どんな質問かは正直予想は立てられるのだが、質問者の目は彩に向いていたので何も言わない。何処のデウスも個性は消して生活しているらしいのだが、どうやら仲間同士であれば別のようだ。
彩は無言で顎を動かして先を促す。中々に堂に入った姿だけに、過去にも似たような出来事があったのだろう。十席同盟の頃ならば質問責めにされていても不思議ではない。
「えっと、先程そちらの男性が全員を紹介したのですが、どのような関係なのでしょう!?」
「……どうします?」
しかし飛んできた質問に、彩はいきなり俺に助けを求めた。
そのあからさまな変化には溜息を吐いてしまうが、やはり予想出来なかった質問ではない。こうして紹介した時点で関係性を尋ねるのは自然なもので、彩が困ってしまったのはどう説明するかについてだ。
互いに秘密を共有している仲と堂々と宣言するのは先ずアウト。かといって上下関係が存在する間柄だと説明しては、やはり軍属のイメージのあるデウス達は脱走の意味について複雑な思いを抱くだろう。
脱走を推奨する訳では無いが、世界には無数にデウス達を受け入れてくれる者達が居る。だからこそ、此処での選択をミスしてしまうと後々にしこりを残してしまう。
――となれば、説明する内容については出来る限りデウスにとっての理想であった方が良いか。
「そうだな……まぁ、家族みたいなもんだ」
此処で恋人と宣言するのは悪手である。やはりデウスにも恋愛という二文字があるに違いないが、同時にそれは肉体関係を連想させやすい。
純粋であればそうならないかもしれないが、どうしてもそれは不可能だろう。だから、敢えてもっと和やかな形に収めるのが一番の解決である。
恋人同士になりたいかと言われれば勿論否定しない。これは俺の素直な気持ちを少しボカして出しただけだ。
されど、それは他のデウスにとっては衝撃的なのだろう。黄色い声を上げる女性陣達に、口笛を吹く男性陣の姿を視界に収めながら努めて前に出た彩を見ないようにする。
それでも見えてしまうものはある訳で、彼女は小刻みにではあるが震えていた。その様子は他のデウスにも簡単に目が付いてしまうもので、どうしたのかと注目が集まるのは自然である。
「彩、抑えて抑えて」
「抑えてますとも!ええ!!そりゃもう!!」
振り返った彼女の表情は喜色に染め上げられていた。いや、染め上げられ過ぎていると表現した方が良い。
それだけ嬉しいのだろうが、もう少し表に出す顔は選んでもらいたいものだ。可能な限り彼女の甘えを受け入れている所為か、最近はどうにも極端に振り切れる事が多い。
そうなったのは紛れも無く自分の責任である。だから言葉にせず、彼女がいきなり抱き締めてきても無言で俺は受け入れた。
再度デウス陣からは無数の声が上がるものの、もうこうなればヤケである。
「あの……ちなみに何ですけど、両脇の方々との御関係は」
「娘的な存在ですかね」
「嫁候補」
「右に同じく」
瞬間、場が氷結したのは言うまでもない。
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