第百話 厳正
初めてのヘリの中は快適とは言い難かった。
元から軍用であるので快適さとは無縁であると解っていたのだが、それでも硬い椅子は尻を痛めるし、落下の危惧を考えないではなかった。
操縦そのものが自動であるのも俺の不安を煽る。乗っていた俺以外の者達は全員平静を保っていたので俺も何とか表に出さないように振舞っていたものの、それでも膝が少し笑っていたかもしれない。
眼下に見える無数の街を飛び越え、搭乗時間は僅かに一時間程度。見えた基地は明らかに人気の無い場所にあり、明確に日常と非日常が線引きされているのだと解る。
唯一の繋がりは大規模な橋くらいなものだが、それも今は警備の人間が間に挟まる事によって区別されていた。
その上空を通過し、屋上のヘリポートに着地する。空中を飛ぶ感覚は慣れないもので、地面に着地したと同時に感じる独特の安心感は絶大だ。
全員が静かに降り立ち、そして直ぐ目の前には複数人のデウスが居た。その全員が女性である事に何も感じない訳では無いが、一先ずは敬礼する彼女達が言葉を発するのを待つ。
「本日は此方にお越しくださり、誠にありがとうございます。早速ではありますが、我々の指揮官が貴方達をお待ちです。案内致します」
「解った。武器は何処に置いておく?」
「指揮官からは構わないとの命令を受けています」
基地の外とは違い、彼女達の姿は皆紺のジャケットに同色の少し幅のあるズボンだ。
ヘルメットのような装備をしていないので顔も見え、様々な綺麗処が此処には集まっていた。しかしそれはほんの一部程度で、実際はもっと多種多様な美形が居るに違いない。
男性タイプも居るとはいえ、女性としての割合の方が多いので指揮官は時折ハーレムを築いていると噂される。
実際はハーレムを築くどころか奴隷扱いなのだが、その点については特に何も言いはしない。此処で文句を吐いても何も変化しないし、今の俺達の居る場所は限りなく敵地寄りなのだから。
屋上に取り付けられた扉を潜り、エレベーターで二階へ。内部は新しく、この基地が新しい部類に入るのは一目瞭然である。
道中には他のデウスの気配は無い。外に出ているのか、自室で待機をしているのか。
どちらにしても不気味だ。普通の一般兵すら見えないというのは罠かと勘繰ってしまう。しかしそれについて誰も何もツッコまず、これが普通なのだと案内をするデウスの背中が語っていた。
歩き続けた時間は体感で十分程度だろうか。室内にも関わらず歩き続け、三人のデウスは一つの扉の前で止まる。
上部の金属プレートには執務室の三文字。それだけでこの中に居る人物が誰なのかが解るものの、少なくとも現状においては此方側が立ち位置的に有利ではある。
相手が余程の馬鹿でない限り、俺達に対していきなり脅迫から始める事も無い筈だ。もしもそれをしたならば、俺は無言で退室する所存である。
デウスのノックの音に太い声が応える。
それが恐らくは指揮官なのだろうと思いつつも、中に誘導されて入った時に見た顔は俺の想像していたものとは違っていた。長野の指揮官殿の例があった為に今回も若い人物なのだろうと考えていたのだが、実際の本人の顔はあまり若いとは言えない。
経験が顔から滲み出ている。正にベテランと表現すべきスキンヘッドの大男は、腕を組みながら目を閉じて俺達の事を待っていた。
執務室の前には黒革の三人掛けソファがある。執務机との高さに差があるので急遽誂えた感じが否めないが、これまでずっと歩き続けていたのは事実。今更ながらに足の痛みが座れと訴えてきたので、そのままソファに座り込んだ。
これは酷く失礼な行為だが、相手側の非の方が遥かに酷い。開幕撃たれないだけ感謝してくれと、指揮官に舐められないように睨みつけた。
「……先ずは、来てくれた事を感謝する。そして同時に勝手に試させてもらった事については謝罪しよう」
腕を組んだ指揮官はその目を開き、力強く俺を見る。
威圧しているようにしか感じられない眼差しだが、本人は至って真剣だ。嘘等一片もありはしないと言葉にせずとも表す姿は、されど今の俺達にはまるで意味を成しはしない。
一度そうやって裏切られたのは事実だ。長野の指揮官の言葉を思い出しながら、俺は考えていた言葉を述べた。
「我々は謝罪を受けにこの場に来たのではありません。長野側の提案を受けたからこそ此処に居るだけです。……そのようなお言葉を言われましても、信用出来ると思いますか?」
「確かにその通りだ。言い訳をさせてもらうのならば、私達は君達の存在を疑っていた。本当に上下関係だけではないデウスとの繋がりを構築出来たのかと」
「その言葉は既に聞きました。ですが、敢えて言うのならば私は彼女達の存在を家族と認識しています」
相手の言葉は既に一度他から聞いた内容だ。それ故にばっさりと切り捨てるが、疑いがまったくの無駄である事を象徴するように家族を強調させる。
その言葉に背後で彩達が動いた気配がした。一体何をしているのかは不明であるものの、馬鹿な真似ではあるまい。
此処で変な行動をすればそれだけ相手側が余計に疑う。百足での一件でもそうするように、胸を張って堂々と言い切るのがこの場での正解だろう。
相手の視線に籠っている感情に変化は無い。謝罪の言葉を吐きながらも、相変わらず此方を見定めているようだ。
窮地に陥らせるという行為が失敗に終わっただけに完全に信用は出来ていないのだろう。
軍という場所なら多種多様な人間が居る。腹に黒い物を抱えている者が居ても不思議ではない。
行動と結果から人柄を探るしかないのだ。後は裏を洗って俺の経歴に変な箇所があるかどうかを調べるくらいだが、このご時勢では経歴不明も無数に存在する。
昔よりも戸籍を調べるのも苦労する筈だ。信用する相手を見つけるというのも非常に難しいのだろう。
だが、それは相手の都合である。確かに此方にとってもプラスに働く要素はあるものの、他者との繋がりはトラブルの素となるもの。
最悪な形となってしまった以上、出来る限り事務的な対応をするのが吉である。
「Z44。お前からはどう見えた」
「……さて、何とも。僕も会ってからまだ数時間程度だ。決めるには材料が不足している。聞くならば何故か一緒に行動しているPM9の方が良いよ。ね?」
「ね、じゃねぇ。勝手にこっちを巻き込むなよ。……まぁ、こいつらには特に問題らしい問題は無いな。信次は一人で逃げなかったし、ZO-1も保護を最前提で動いてた」
「だ、そうだ。良いんじゃないか?」
岐阜側は何の情報も手に入らなかった。ならば他に俺達とは関係の無い存在に評価してもらうしかない。
となればPM9からの評価しかないのだが、彼女の登場は何処の陣営からも予想外のものである。評価するにしても突然過ぎて裏を感じてしまうのは必然だ。
逆にZ44はPM9の言葉に成程と納得している。そこには十席同盟としての信頼があるからなのだろう。
軍内の存在が信用出来なくとも、自分と共に戦うチームは信じる。十席同盟そのものの仲は複雑ではあるが、少なくとも互いが互いの性格を理解しているのだ。
その上でZ44はPM9の性格を熟知していて信じているのだろう。確信していないのは不安要素がある事を否定していないからか。
「まぁ、最早この状況だ。Z44の実績とPM9の実績から信じるとも。……それに何も命令せずにZO-1は君を守ろうとしている。もしも不当な扱いを受けていたのだとしたら、この瞬間を利用しない手はない」
この場でなら彩を護れる存在は複数存在する。だから彩が此処で俺に対して不満を暴露しても良いのだが、そうせずに純粋に守ろうとした。
それが一番目の前の指揮官には効いたのだろう。ならば最初からそうしろと思わないでもないが、敢えて何も言わずに俺は無言を貫いた。
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