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常州石岡国庁・頼義、最後の顛末を聞くの事

頼義が目を覚ましたのはそれから三日後の事だった。頼義は自分が常陸国(ひたちのくに)の国府にある受領(ずりょう)邸宅の一室に寝かされていることに気がついた。どうやら結局また「八幡神」の力を使い果たしたために「接続(コネクト)」が切れて気を失ってしまったらしい。このザマではまた金平にしこたま叱られることになりそうだ。そう思って彼女は深いため息をついた。体調は肩の斬り傷が痛む程度で、別段異常は感じられない。頼義は軋む身体を起こして人を呼んだ。


すぐさま屋敷付きの女房が駆けつけて湯桶やら薬湯やらをせっせと運び込んできた。頼義はその内の一人を捕まえて坂田金平(さかたのきんぴら)の所在を聞いた。女房が言うにはどうやら大殿の言いつけで相模国(さがみのくに)まで使いに出ているらしく、戻るまでにはしばらくかかるとの事だった。


さらに重ねて頼義は下総(しもうさ)千葉郡の「妙見堂」がその後どうなったかを尋ねた。女房はその事については何も知らなかったので、頼義は直ちに国庁へ参上し、父である常陸介(ひたちのすけ)頼信(よりのぶ)に事の次第を報告すると同時に下総の現在の状況を聞きに行った。あいにく父も多忙のため不在であったが、代わりに国庁の役人が下総についての事の顛末を詳しく教えてくれた。


公式の報告によれば、下総国千葉郡にて新しく創建されたばかりの妙見社は不意の出火により全焼したとの事だった。被害は大きくなかったが、ちょうど堂内で祭礼に立ち会っていた前上総介(さきのかずさのすけ)平忠常(たいらのただつね)卿が被害に遭われ、幸い一命はとりとめたものの全身に火傷を負い、今も伏せったままでいるという。



「それとは別に、奇妙な報告が上がっておりましてな」


「奇妙とは?」


「はあ、なんでもその焼け跡から、一人の遺体が発見されたそうで。不思議な事というのは、そのご遺体が()()()()()()()()()であったのだそうな」


「……なに!?」



役人は頼義の驚きように逆に自分が軽く驚いたほどだった。確かに奇妙な話ではあるが、おかしな事といえばこの役人の目には、彼女が「死体が忠常卿に瓜二つ」であるという事よりも、「()()()()()()()()」という事実の方に驚いているように映った。



「して、()()()()()()()忠常どのはその後いかに?」


「さあ。ご自宅に引き込まれてご隠棲されているものと思われますが」


「左様、か……」



頼義はそれっきり難しい顔をして黙りこくってしまったので、役人の方もそれからどうしたものか対応に困ってしまった。


そうこうしているうちに、父頼信と坂田金平が時を同じくして戻って来た。頼義は改めて父に現状の報告をし、今後の事を話し合った。


父が言うには、平忠常は確かに健在で、今は自宅にて療養をしているものの、もはや政務に携わる事は叶わないと言うことなので、正式に隠遁し、実務からは遠ざかるとの事らしい。代わりに上総介、下総介には新たな人材がすでに入庁し、先日つつがなく印鑰(いんやく)も引き継がれ、政務を開始したところであるとの事だった。


後任の人物は共に藤原北家の方が就任されたとの事だった。遠く離れた京の都にいながら、左大臣藤原道長はこの坂東で起こったどさくさに紛れてちゃっかりと自分の縁者である人物を東国の要所に配する事に成功したらしい。結局自分たち鎌倉党の息のかかった人物をねじ込めなかった碓井貞光(うすいのさだみつ)公はたいそう地団駄を踏んだという。頼義はそれを聞いて、元「頼光(らいこう)四天王」の肩書きを持つこの武将が歯軋りしながら悔しがっている様を思い浮かべて、不謹慎ながらも少し笑ってしまった。いずれまた、あのどこかとぼけて憎めないところのある好々爺然とした老将に挨拶に行かねばなるまい。


金平の方は、その碓井貞光の一行が箱根の碓井荘まで戻るのにくっついて鎌倉まで穂多流(ほたる)の君を送り届ける役目を負ってくれていた。穂多流はそのまま頼義の元に家人(けにん)として仕えると言って聞かなかったらしいが、いずれにせよまずは一旦家に帰り、ご両親である平直方(たいらのなおかた)公ご夫妻を安心させてやりなさいと言う頼信の配慮に従って、渋々ながら帰国の途につく事に賛同した。


穂多流の()()()()顔が容易に想像できる。頼義は不思議な事にあの素っ頓狂な少年との別れに少しも寂しさや悲しさを感じていなかった。無情なわけではなく、なぜかあの子とはまたすぐに会う、という奇妙な縁の強さを感じ取っていた。だから、今あの子と別れる事は悲しくない。



「さて、これからどうする?まだ……終わってねえんだろ?」



金平は頼義に聞く。どうやら彼も察していたようだ。



「そうですね……しかし、忠常どのはもうすでに隠居の身。これ以上事を起こさないのであるならば無闇に藪をつつく必要もないでしょう」


「だけどよう、『鉄妙見(くろがねみょうけん)』はどうするんだい。結局見つかってねえんだろう?」



頼義は頷く。今回の騒動の元凶とも言える呪われた宝具「鉄妙見」の坐像は千葉妙見社の焼け跡からは発見されなかった。そのまま焼け落ちたのか、それとも忠常がまだ隠し持っているのか、あるいは見知らぬ第三者が持ち去ったか……真相は闇に葬られたままである。


「今は待つ……しか無いようですね。このまま何事も起こらなければそれで良し、もしまた()()()()が出回るようであれば……」


「要するに『鉄妙見』が焼け落ちてるならそれで良し、あるならあったで、どっかのマヌケが尻尾を出すまでは動けねえって事か……。なんかこう、スッキリしねえなあ。モヤっとする」


「そうですね、私もそう思います。だから……」



頼義は金平に言った。



「とりあえずは、今我々にできる事から始めましょう」

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