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下総千葉郡千葉妙見社・頼義、忠常、一騎打ちの事(その二)

青白い光の矢は周囲の空気を巻き込み渦を描きながら平忠常(たいらのただつね)の胸元へまっしぐらに進んで行く。行く手を阻む骸骨兵(がしゃどくろ)を次々と吹き飛ばして光の矢は進む。



「なめ、る、なあああああ!!!!!!!」



鬼の咆哮で忠常は光の矢を迎え撃つ。構えた大太刀が赤黒い稲妻を纏っていく。稲妻はまるで刀身に浮かび上がった血管のように脈動しながら太刀の一振りへの力を収束させて行く。そして忠常はそのまま手にした大太刀でもって迫り来る光の矢を唐竹割りに切り裂いた。



「!!!!!!!!!!」



光の矢は忠常の振り下ろした一刀をまともに受けたが、真っ二つに切り裂かれることはなく、そのまま力任せに太刀を押し返して忠常を貫こうと加速する。忠常は全身の筋肉を隆起させ、血管から血を噴き出させ、鼻からも口からも、あらゆる末端から血を流し続けながら光の矢の攻勢を叩っ斬ろうと力を込める。やがて、



「うおおおおおおおおっ!!!!!」



絶叫と共に忠常は頼義の放った光の「破魔矢(はまや)」を撃ち破った。


切り裂かれた光の矢は散り散りになって空中に霧散して行く。そこで力尽きたか、忠常は片膝を折り、手にした大太刀を地面に突き刺して支えにしながら辛うじて倒れ込むのを防いでいた。



「く……、この、お……」



忠常は再び立ち上がろうと全身に力を込めるが、その意思とは裏腹に神経をズタズタに切り裂かれた肉体は言うことを聞かずに痙攣を繰り返すだけだった。


対する頼義の方も、光の矢を打ち込むことに全ての力を集中した反動か、腕をだらりと落とし、震える膝を支えながらそれでも意識を集中しようと必死になってもがいている。


お互い、先に動いた方が決定機を打てる。どちらが先に体を動かせるかで……勝負は決まる!



「くっ!!」



金平と光圀(みつくに)に足止めを食らっている片目の方の「千葉小次郎(ちばのこじろう)」は忠常の加勢に行くことも叶わず焦慮した。いくら隙をついても、目の前にいる二人の戦い慣れした歴戦の古兵(ふるつわもの)相手では出し抜くことが叶わない。ましてや金平たちは小次郎を討ち果たす必要も無い。ただ二人の一騎打ちを邪魔させないよう足止めさえさせればそれで十分である。先程自分たちが八束小脛(やつかこはぎ)たちにしてやられた戦法を、今度は自分たちが駆使している。後は自分たちの大将が敵の大将にとどめを刺せば、それでこの戦は終わりを告げる……!


先に動いたのは頼義の方だった。頼義は閉じていた目を少しずつ開く。金平はそれを見て(しまった……!)と心の中で歯噛みした。彼女の身体は先程の一射でその霊力のほとんどを使い切っている、ならば、頼義が「八幡神(アレ)」の力を開放するであろう事は自分もわかっていただろうに……!


金平の脳裏にまたあの時の鎌倉で初めて千葉小次郎たちと一戦を交えた時の光景が浮かんだ。あの森、鎌倉の「鶴岡(つるがおか)」の森で「八幡神」の力を使い切って倒れた頼義の、死人のようだったあの顔。金平の背筋に寒気が走る。


金平が彼女を止めに行こうと動く。その動きを千葉小次郎が素早く先回りして剣を振るって押しとどめる。金平は光圀と共に小次郎の攻撃を防ぐので手一杯になり、再び立場が逆転した。今度は金平が頼義の元に近づきたくても小次郎の攻撃によって足止めを食らっている!



「くっ、そおおおおっ!」



金平は焦りのあまりに大振りに剣鉾を暴れさせる。だがその雑な動きは簡単に小次郎に見切られ、頼義との距離を一向に縮ませられない。そうしている間にも頼義の目は完全に開き、「八幡神」の青白い光輝く瞳が中天を見つめた。



「金平……大丈夫、私を……信じて!!」



頼義の全身に青白い燐光が集まる。瞳の光は輝きを増し、(もとどり)のほつれた長い髪が宙を泳ぐように乱舞する。頼義は真っ直ぐに平忠常を見つめて「七星剣」を矢がわりに「龍髭(りょうぜん)」の聖弓に(つが)えた。


忠常もまた再び大太刀を握り直して最後の力を振り絞って立ち上がる。



南無(なむ)八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)来臨急々(らいりんきゅうきゅう)(にょ)律令(りつりょう)!!」



頼義の詠唱と共に「七星剣」が放たれた。光の筋となった聖剣は一直線に忠常を貫き、その胸元に七星剣の刀身を深々と食い込ませた。



「…………!!」



忠常は声を発することもできずに虚空に向かって目を大きく見開いて硬直した。そのまま後ろへ二歩、三歩と退がり、ドン、という音と共に妙見堂の大柱に自らの身体を体当たりするようにぶつけ、その体を支えた。



「平忠常の中に潜みし新皇良門(しんのうよしかど)御霊(ごりょう)よ、今度こそ黄泉路(よみじ)をくぐりて黄泉(よもつ)比良(ひら)(さか)へ降りたまえ。今ここで忠常の中にある『鬼道』を断つ!!」



頼義の言葉と共に忠常の全身が青白い炎に包まれた。忠常は初めてそこで苦悶の絶叫を上げて暴れるが、七星剣に貫かれた身体は妙見堂の柱に縫いとめられて動くことも叶わない。



「が……がっ、がああ……」



炎が妙見堂に燃え移る。青白い炎はたちまち紅蓮の業火となって本堂の棟をあっという間に包み込んだ。



「そんな、そんな、そん、なあああああああ!!!!!」



最後まで苦悶の声を上げながら忠常の全身がみるみる黒く炭化して行く、その末端から崩れ落ちた肉片が真っ黒い炭の粉となって散って行った。



「!?」



頼義はそこで初めて驚きの表情を見せる。



「バカな……!?貴様は、()()では……!?」



頼義の言葉が終わらぬうちに、炎の中で「平忠常」の身体はその全てが黒い炭の粉となって崩れ落ち、散って行った。


後には何も残らず、ただ妙見堂だけが紅蓮の(ほむら)に包まれて激しい音を立てていた。

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