下総千葉郡千葉妙見社・鉄妙見、黄金を産むの事(その二)
次に始まった光景は「地獄」そのものだった。「鉄妙見」が生み出した「黄金」に群がった者たちは完全に正気を無くしたように互いに相争いながら金色の坐像を奪い合っていた。八束小脛が人間を、人間が八束小脛を押しのけて黄金を奪う。やがてそれは八束小脛同士、人間同士の間にも広まり、互いが互いを血祭りに上げながら一つでも多くの黄金を手にしようとする陰惨な無間地獄に堕していた。
「ああ、くそっ……せっかく生き残ったってえのに、これじゃああの時利根川で死んじまってた方がマシだったじゃねえか、くそ、くそ、クソッタレがあっ!!」
碓井貞光が声を枯らすように絶叫する。今、目の前で長年苦楽を共にしてきた大切な部下たちが魔に魅入られて浅ましい殺し合いに精を出す姿を目の当たりにして、老将は血を吐くように歯軋りをした。その姿を見て千葉小次郎……平良門の怨霊を宿した男は胸がすくと言わんばかりに哄笑した。
「ほざくがいい人間!いくら貴様らが清廉潔白なお行儀の良い事を吐かそうとも、一皮剥けば己の欲の前には獣も同然。見ろ、この黄金に群がる金銭欲の奴婢どもを。これこそが人間の本質よ、鬼といささかも変わらぬわ。いや、善意の皮を被ってその本質を包み隠すような姑息な真似をせぬだけ鬼どもの方がよほど上等というものだ!!」
「…………」
あざ笑うかのように叫ぶ小次郎、黙して一言も語らぬ小次郎……二人の「千葉小次郎」が眼前の地獄絵図を見下ろしている。周囲にいた骸骨兵が黄金に集る者を人間も八束小脛も分け隔てなく切り刻んで行く。斬られる者もお構いなしに全身を自分の血で染め上げながら手にした黄金を懐に収め、喜悦の表情を浮かべながら絶命して行く。
「これが、『鉄妙見』の呪い……という事か、羊太夫……」
頼義は境内に轟く阿鼻叫喚の声に思わず耳を塞ぎながら呟いた。羊太夫はあの坐像を「ラインの黄金」に喩えてそう呼んだ。頼義は己の中にある「八幡神」の記憶からその伝説を聞き知っていた。見る者を魅了し、一目見れば手に入れずにはいられなくなる呪いのかかったそれをめぐって数限りない悲劇を繰り返してきた忌まわしき黄金……多胡氏の繁栄は「呪い」を振りまいて得た財宝の上に成り立っていたのか。そんなものに縋ってまで己が一族の滅亡を怖れたか。
なす術も無く呆然としていた頼義たちの足元に何かがドサリ、という音を響かせて落ちてきた。
「羊太夫……!」
落ちてきたのは胸を刺し貫かれて大穴を開けた羊太夫その人だった。供物の血を捧げ切った生け贄にもう用は無いとばかりに小次郎が蹴り飛ばして打ち捨てたものだった。
「が……が……」
羊太夫はまだ生きている。もはや流す血も無いのか出血は止まっているが、その皮膚は青黒く、皺に埋もれた顔は到底生きている人間のそれには見えなかった。
「く、く……くろ、が、ね……と、とと……」
すでに言葉を紡ぐことも叶わない小さな老人は、それでも這いずりながら「鉄妙見」の方へと近づいて行く。
「……なんて野郎だ、こんな身になってもまだそれでも『鉄妙見』かよ。そんなに黄金が欲しいのかテメエはよお!!」
金平がたまりかねて羊太夫を罵倒する。頼義は金平を制して羊太夫に近づいた。羊太夫は彼女の存在にも気付かずまだズルズルと這いずりながら少しでも「鉄妙見」に近づこうと這い寄って行く。
「みょうけんさま……みょうけんさま……あれを、あれを……」
「…………」
「あれを……鉄妙見様を……」
羊太夫が力なく顔を上げ、震える声でか細く叫んだ。
「こわせ……我が物にならぬ『鉄妙見』など……いっそ消えてしまえばが良い……!!儂の、わし、の……」
「!?」
最後の言葉を振り絞って、羊太夫は事切れた。
「…………」
羊太夫が今際の際に放った一言が、の場にいた頼義たちを凍りつかせた。この老人は今、「鉄妙見」を壊せと言ったのか?
金平は小次郎の方を見る。小次郎は目の前に転がっている新たな生け贄の血を吸わせて「鉄妙見」から黄金の複製を生み出し続けている。その顔を、「鉄妙見」の、人の生き血を吸って真っ赤に染まった坐像の顔が、
笑っている。
さっきまでは荒削りな、申し訳程度に彫り込まれていただけのはずの「鉄妙見」の顔が、これ以上ないというほどに下品で邪悪な笑みを浮かべて血にまみれの全身をテカテカと光り輝かせていた。
(モット……モット……モット……)
その「声」は音に出さずとも金平はじめその場にいた正気の者全員の耳にハッキリと聞こえた。血を、生け贄を、生命を貪り食わんと欲する「鉄妙見」の邪悪な気配を、頼義たちは確かに感じ取った。
(ああ、鬼だ……)
頼義はようやく得心が行った。物言わぬ意思無き仏像。ただの物質に過ぎないこの見すぼらしい坐像は、今間違い無く異界から通ずる「道」を開き、その邪悪な「意思」を現世に振りまいている。
(これは……断じてこの世に止めておくべきものでは無い……!!)
頼義と金平は顔を合わせる。口にするまでも無く、二人が次にするべき行動は互いに理解していた。
「穂多流、羊太夫を!」
哀れに生き絶えた老人の亡骸を穂多流に預け、頼義と金平は「鉄妙見」を掲げる千葉小次郎めがけて駆け出して行った。




