下総千葉郡千葉妙見社・三軍、相乱れるの事
頼義と金平が力を合わせて振るった「七星剣」は、その刀身から七つの光の束が迸り、天翔ける龍のごとき光芒を描いて大宅光圀の身体を貫いた。もがき苦しんでいた光圀は光の龍に七度貫かれてその動きを止めた。そしてゆっくりと音もなく崩折れて行く。
七星剣の勢いは止まらない。光圀を貫いた七つの光は再び七星剣の元に集まり、その刀身の周囲を灯火に集まった羽虫のような軌道でゆっくりと旋回して行く。
頼義が再びその聖剣を振るう。七星剣にまとわりついていた光の束は再び様々な軌道を描いて今度は穂多流を襲う骸骨兵を薙ぎ払い、次々と真っ黒な炭の粉に変えて行った。
「!?これが、七星剣……!?」
「…………!」
二人の千葉小次郎が忿怒の形相で頼義を睨みつける。頼義は間髪を容れずさらにもう一振りを本殿の壇上に立ち尽くす小次郎に向けて放とうとした。
「危ねえっ!!」
その頼義を金平が身体ごと押し飛ばす。咄嗟の金平の行為に頼義は横に吹き飛び、受け身も取れず地面に転がった。何事かと金平に問いただす前に、今さっきまで自分のいた場所に何十本という数の手槍が地面に次々と突き刺さっていく音を頼義は聞いた。
「!?何者!?」
再び金平が頼義を抱きかかえて飛び退く。その先にもさらに手槍の急襲は続いた。穂多流が頼義を助けようと動きかけたところを、同じく手槍の雨が穂多流を襲い、その動きを封じた。
上空から殺気が礫のように落ちて来る気配が聞こえる。頼義はバサリ、と大きな音を立てて羽根を翻す八束小脛の存在を捉えた。
「羊太夫……!テメエこの野郎っ!!」
金平も背後から不意打ちした凶賊の正体が羊太夫率いる八束小脛たちだと気づいた。空中から鳶の姿で殺到する異形の暗殺者たちの群れの向こうに、皺だらけの顔で無表情にこちらに顔を向ける羊太夫の姿が見えた。
「このクソだらあがあっ!!最後まで邪魔しくさりやがって、あの時ぶっ殺しといてやりゃあ良かったぜこのクソ野郎!!」
金平がガラの悪い口調で悪態を吐く。その間にも空を飛ぶ鳶の姿の八束小脛は容赦なく手槍の雨を浴びせる。その攻撃は頼義と金平を襲い、穂多流を襲い、そして二人の千葉小次郎にも分け隔てなく撃ち込まれた。
「……!羊の、貴様!?」
「討て、討て!『鉄妙見』を簒奪する者、そのお力をほしいままにして私服を肥やす者、その御神体を汚す不届き者、誰であろうと構わぬ、殺せ、一人残らず討つべし!!」
羊太夫が血を吐くような絶叫をその暗黒の広がる大口から発する。八束小脛は頼義たちにも小次郎たちにも容赦なく襲いかかり、三つ巴となった戦場は混乱をきたした。
「老いぼれが!それほどまでに『鉄妙見』が惜しいか、そうまでして金を欲するかこの亡者めが!!」
小次郎の一人が怒りに任せて剣を振るう。その太刀は八束小脛を斬り裂き、叩き潰し、周囲にいた骸骨兵たちを巻き込みながら竜巻のように近づく者すべてを破壊して行った。
頼義たちは三人で互いに背を向け、周囲を取り囲んだ八束小脛たちを相手取って剣を交えていた。空からは鳶の八束小脛、地面には蜘蛛のような姿の八束小脛、圧倒的な数の異形の集団に囲まれながらもまだ持ちこたえられているのは、小脛たちも頼義たちだけを相手にしているわけではなく、小次郎の使い魔である骸骨兵の横槍も受けながらの攻撃であるため、互いに攻撃が分散しているためだった。だがそれも時間の問題だろう。頼義たちの背後から小次郎が悪鬼の形相で周囲を吹き飛ばしながらこちらに殺到して来るのが見える。
「…………!!」
このままでは小次郎たちと八束小脛たちとの間で挟み撃ちとなる。この乱戦で真っ先に全滅するのは自分たちであることは明白だった。両者はもう目前まで差し迫っている……!
「さて、ここらがちょうどいい頃合いかねえ」
どこからともなくとぼけた声が頼義の耳には聞こえたような気がした。と同時に空を切る音を響かせながら一本の矢が一直線に飛来し、突撃してきた小次郎の左目を貫いた。
「がっ!?」
小次郎の足が止まる。その隙を逃さず金平は頼義と穂多流を抱えて転がるように挟み撃ちの地点から離脱し、安全な距離を取ろうと逃走を図る。八束小脛も骸骨兵もそうはさせまいと動いたが、その動きを一斉掃射された矢玉に押し戻されて動きを止めざるを得なかった。
「おっと、不意打ちとは卑怯なりとか言ってくれるなよ。『鬼』相手に戦さを構えるんだ。どんな手だって使わせてもらうぜ。なあ金平」
そう言いながら碓井貞光が髭まみれの薄汚れた姿でニンマリと笑って見せた。
「貞光どの!?」
「〜〜〜!!テメエ、やっぱり生きてやがったかこのクソじじい!!」
悪態をつきつつも、金平の顔にはなんとも言えぬ安堵の表情が浮かんだ。
「コラ、相変わらず目上に人に対する敬意がねえなこのクソガキは。おう、野郎ども、ここ一月ばかりさんざにおもてなしいただいたお礼だ。めいいっぱい暴れてきやがれ!!」
貞光の言葉に呼応して茂みから百人ばかりの野伏のような連中が姿を現して一斉に矢を掃射した。貞光も、配下の武士たちも一様に髭は伸び放題、着物は垢と泥にまみれて異臭を放つほどである。
「ははは、一同引き連れて下総を隅々まで回ってみたが、土良し水良し人も良し、鬼が蔓延ってるトコだけは困りもんだが、なあに今ここで一匹残らず駆逐してやりゃあ後腐れも無かんべえ。忠常よお、この土地はお前さんが治めるには荷が勝ちすぎるってもんだ、お前さんが死んだ後の事は俺らに任せとけえ!!」
しれっとこの土地の簒奪を宣言する貞光に「忠常」と呼ばれた千葉小次郎は渋い顔でこの老将を睨む。利根川での撤退戦の折、散り散りになった貞光軍はそのまま相模に帰還したものかと思いきや、大胆不敵にもそのまま下総国内に潜伏したまま今日まで時を過ごしていたらしい。開戦時には千人以上いた部隊が、今では百人を越えぬほどにまで数は減っている。しかし逆に言えば百人近い人数で今日まで捕まることもなく悠々と敵国内に潜伏していた貞光たちのしたたかさに金平は驚きを通り越して呆れてしまった。
状況は混乱を極めた。妙見堂の小さな境内に頼義一派、平忠常と千葉小次郎、そして羊太夫率いる八束小脛の三軍が互いに相乱れて壮絶な潰し合いを繰り広げている。もはやまともな陣形も戦術も無く、野犬の群れ同士がいがみ合うようにあちこちで小競り合いが続いていた。
そんな中で最初に有利を取ったのは頼義たちだった。碓井貞光の巧みな手引きによって頼義たちの一軍は挟み撃ちの状態からするりと抜け出し、逆に八束小脛たちを妙見堂の本殿の方に押し付けることに成功した。
今度は逆に八束小脛たちが挟み撃ちの形になったが、この状況で一番不利になったのは忠常たちだった。骸骨兵たちを目の前にした八束小脛は、そのまま頼義たちへの攻撃を止めて一斉に忠常、小次郎たちの方へと殺到した。今度は小次郎たちが本堂を背にして追い込まれる形になる。
形成は一向に拮抗したまま変わらなかったが、その隙をついて八束小脛たちが一人、また一人と本殿の観音開きの正面扉にすがりつく。そのうちの何人かは小次郎の手によって斬り伏せられたが、次から次へと殺到する小脛たちの数に抗しきれず、とうとうその重い両開きの門扉が鈍い音を立てて開いた。




