下総香取郡多古郷・頼義、小次郎と酒を酌み交わすの事(その四)
「死んだ後の事は俺にもわからん。目覚めてから最初に覚えている感触は『掴まえた』という実感だった。何を掴まえたものやら、ふふ……とまれ、俺は『平忠常』という男の身体に転生した。『良門』としての記憶は余すところ無く覚えてもいた。己が何のために生まれ変わり、何をなすべきかもな。そしてその直後にまた『肉芝仙』と名乗る小坊主が現れた」
小次郎は四杯目の酒を注ぐ。頼義たちは黙って彼の一人語りに聞き入っていた。小次郎が何を思って己がここにいる経緯を語り出したのかその真意は知れない。
「仙人は俺に『七星転生』の術が成功した事を説明した。己がすでに人間の範疇から外れた化け物となった事もな。肉芝仙はさらに俺に術をかけ、その身を七つに切り刻んだ。バラバラになった五体、いや七体のそれぞれが全て『俺』の姿になった。あの仙人はその上さらに分身の何体かに異形の施術を行なって新しい『鬼』として蘇らせた。それがこの俺、千葉小次郎と名乗る『鬼』の生まれし起源譚よ」
「…………」
「姉も……『滝夜叉姫』と名を変えた五月姫も同じくとある娘の身体に転生していた。そのおかげで『親友』であった光圀とは決して晴れる事の無い遺恨を残す事となってしまったがな」
「!?まさか、光圀どのの『仇』というのは……!」
「そうだ、姉は光圀の奥方どのの身体に転生した。因果なものよな、光圀にあの女を娶せたのは他ならぬ『忠常』自身であったというのに」
そう言って小次郎は少し顔を曇らせる。その様子に頼義は少し「違和感」を覚えた。「小次郎」が「良門」であるならば、縁もゆかりもない光圀に対して何の友誼も感じてはいないはずだ。そういった感傷は「忠常」であればこそ持つものであろう。それをなぜ「小次郎」のほうがこのように「親友」の幸福を踏みにじった事に多少なりとも心暗いものを感じているのだろう?
「そうそう、光圀ならばとりあえずは死んではおらんぞ。千葉に着けば顔を見る事もあろう。あれは姉上がたいそうご執心でなあ、肌身離さずそばに抱え込んでおるよ。戯れにかけた幻術ももう解けておる頃合いだろうて」
思わぬ吉報を耳にして頼義は少し安堵する。が、果たして正気に戻ったところで自分の主君の縁者を斬りつけたという事実を彼はどう受け止めるのだろうか?それを覚えていればの話だが。
「……いかんな、どうも美味い酒に乗せられてつい余計な事をクドクドと喋りすぎたわ。ふん、とても『鬼』のする振る舞いとも思えん」
小次郎が手にした盃を壁に向かって叩きつけ、そのまますっくと立ち上がった。
「これ以上の語らいは無用。なに、先ほどのお三方のやりとりを見れば頼義どののお人柄も知れようというもの。さらなる語らいは戦場にて交わせば良い。ここでは『羊』がうるさいでな。小脛どもも手出しはすまい。早々に立ち去られよ。千葉の妙見堂にてまた相見えよう」
小次郎はもうそれ以上何も語らない。羊太夫は元より何も語らない。
「……そのようですね。では小次郎、いえ良門どの、次お会いするときはお互いどちらかは首級となっておりましょうが、共に武名に恥なきよう相勤めましょう」
「おう。ふふ、今さら俺が言うのもなんだが、貴様と飲む酒、楽しかったぞ。これで心置きなく貴様を蹂躙できるというもの。次会う時が待ち遠しいほどだ。では、行かれるが良い」
出口を塞ぐように並んでいた八束小脛たちが一斉に道を開けて出口へと導く。頼義たちは今さらながらに自分たちが鄙びた屋敷の一室にいたことに気がついた。
金平は最後まで後ろの警戒を怠ることなく小次郎から視線を外さずに退出していった。思わぬ客人の来訪が終わり、ガランとした大部屋に小次郎と羊太夫の二人だけが残された。
「さて、とんだ珍客が乱入してきたものよ。ふん、肉芝仙め、おおかた俺が香取神宮に陣取ったせいで力が発揮できずに焦ったのであろう。全知全能の聖仙を気取ってはいるが所詮は薄汚い落魄した土地神の一人にすぎん。羊の、貴様と同じようにな」
「…………」
「そのような目をするな。ただでさえ貧相な面が一層まずくなるぞ。……それにしても呆れたのはあの小娘よ。よもや単身この俺を討ちに来るとはな、軍勢を揃えぬこともできぬ父親とは違いたいした度胸ではないか。くく、いいぞ、ああいう女を力で屈服させて嬲るのもまた一興よ。あの気丈な女が泣いて懇願して俺の足元に跪く様はさぞ爽快であろう。穴という穴にねじ込んで俺の子を孕ませてやる!」
「……執着よな。それほどまでにあの女が気に入ったか」
「おうよ。俺を前にしてあのような大それたそぶりを見せる女なぞおらなんだ。欲しい、是非とも欲しいぞ」
「哀れな。鬼となりて女性との接し方まで忘れてしもうたか」
「忘れたなあ、人間であった時の振る舞いなぞ。もはや我が身にあるのは食って、犯して、殺す事、それだけが俺の存在する意味よ」
「……それをお父上は、将門公が望んだと思うか?」
「ああ?」
「外道に身を堕として手に入れた天下を亡き先帝がお喜びになられるか、と問うておる」
「貴様ごときが!薄汚い渡来人の末裔風情が我が父の名を語るな!!当然お喜びになられておるわ!あの時の父上のあの恨み、あの憎しみ、この大地が忘れ去らせようとしてもこの俺が許さぬ。父を貶めた朝廷にまつわる全ての人間どもを一人残らず喰らい尽くすまでこの進撃は止まらぬ!!」
「……左様であるか、まあ、それもまた『うとうやすかた』の一つのかたち。ならば好きにいたすが良い。我らもまた好きに生きよう」
「ふん、安心しろ。事成った暁にはちゃんと『鉄妙見』も貴様にくれてやるわ。せいぜい大事に懐に抱いて墓まで持って行くが良い」
「まことに『鉄妙見』は千葉のお堂にあると?」
「おうよ。新たに造営した伽藍にちゃんと祀ってやったぞ。これからもどんどん金を生み出してもらわねばならぬからな。あの地は生き血と怨念に染まりきった八道地獄になるだろうよ。それこそがこの『新皇』の新たなる都の中心となろう。ははは、ははははははは!!!」
千葉小次郎……怨霊であり、鬼である平良門が笑う。その足元で羊太夫が小さく囁いた。
「そうさな。それだけ知れれば十分じゃ、小次郎よ」
その言葉を合図に、小次郎を護衛するように周囲に待機していた八束小脛たちが一斉に千葉小次郎の全身をその手にした武器で八つ裂きにした。




