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下総香取郡多古郷・頼義、小次郎と酒を酌み交わすの事(その二)

金平は頼義の言葉に思わず口に含んでいた酒を吹き出した。



「あっ、こら金平!またいつの間にかお酒をくすねて飲んでるー!もう、これは小次郎どのに差し上げるものなんだから飲んじゃダメでしょう、ホント飲んべえなんだから」


「バッ、バカ!お前そんなことより今の……!!」


「なによう」


「なにようじゃねえよバカ!い、今なんて言ったお前、コイツが『将門』じゃねえだと!?」


「そりゃあこの人は『千葉小次郎(ちわのこりろー)殿(ろの)なん()から将門(まらかろ)公のわけないじゃ()ない。バッカねー頭にウジでも湧いてるのかコラ」


「酔っ払ってんのかオメエは!?」



そう怒鳴ってから金平は今更ながらに気がついた。頼義は茹で上がったように顔が真っ赤になっている。たった盃一杯しか飲んでいないのにこの体たらくとは。知らなかったがどうやら彼女は酒に対して全く耐性が無いらしい。



(そんなザマで鬼たちと一杯飲み明かそうなんて大口たたいてやがったのかコイツは……)



金平も思わず呆れ顔になる。



「よっぱらってなんか()いもん、ちゃんとくちだってまわって(りゅ)()しょう。ほら武具馬具(ぶるばる)武具馬具(ぶるばる)三武具馬具(みるるばる)……」


「言えてねえじゃねえか!!」


「いえ()るもん!」


「言えてねえ!!」


「…………」



突然始まった夫婦漫才(?)に小次郎も羊太夫(ひつじだゆう)も呆れ顔で沈黙する。仇敵を目の前にして緊張感のかけらもないのかコイツらは。



「そうじゃなくて!!コイツは『平忠常(たいらのただつね)』の中で転生した『平将門(たいらのまさかど)』じゃねえって事なのか!?そうなのか!?」


「そう()すよー、さっきからそういってるじゃ(ゆら)ない、あははは」


「言ってねえだろう!っていうか酔い醒ませ、正気になれ!どういう事だか説明しやがれコラ!!」


「ふう……だってコイツ、『私』の事を知らなかったからなあ」



直前までひどい酩酊状態で正体を無くしていた頼義が突然正気に返ったような()()()とした口調になった。閉じていた目がゆっくりと開き、「八幡神」の青白く光る瞳が小次郎を見つめる。



「…………!!」


「まこと貴様が『平将門』であるならば、この『私』の事を知らぬはずがあるまい、なあ?なにせ歩き巫女の口を通じて将門に『新皇』の称号を授けたのは他でもない、この『私』なのだから」


「!?」


「な、なんだとお!?お前……いや、『八幡神』が将門に『新皇』と名乗らせたってえのかよ!?」


「そう()すよー」



また元の酔っ払いに戻っている。



「おい戻るな!いや元に戻れ!いやもうなに言ってんだ俺も!?おーい!!」



金平は酔いの回った頼義の襟首をつかんでブルンブルンと首を回す。それは返って酔いの回りを早めそうな気がしないでもないが。頼義は口元を緩めて笑みを浮かべながら寝入ってしまっている。



「……おい『羊』よ、これがアレか?お前が言っていた『八幡神』というやつか?コイツの身体の中にある『道』を通って降臨する異界の……?」


「さよう。儂の出自も起源も知っておった。間違いなくこやつの中にいるのはあの『誉田別尊(ほむたわけのみこと)』の祖霊よ。こうして今目の当たりにしても信じられぬがな」


「ほう……あの宇佐(うさ)の大神か。なるほどこれはぬかったわ。はは、このような事で露見するとは、まこと、世の中は何がどう転ぶかわかったものではないなあ」



千葉小次郎は面白がるようにくすくすと笑うが、その声には少しも面白いという空気は無かった。



「で、オメエが将門ではないとして、じゃあオメエは誰なんだ?ってえ話になるよなあオイ。この際だ、潔くスパッと正体を明かしてもらおうかニセモノさんよお」



懐で無防備に寝入っている頼義を抱きかかえながら金平は剣鉾の切っ先を小次郎に向ける。小次郎は目と鼻の先にある刃に恐れこともなく平然と答えた。



「ニセモノとは無礼千万。俺こそは『将門』の名を継ぎ、『新皇』の称号を継いだ正式な後継者よ。志半ばで倒れた先帝の、()()()の遺志を、その偉業を、この俺が受け継ぎ、そして果たす。俺が、俺こそが『平新皇将門』そのものよ!!」


「……ああ、そうか、そういう事だったか。千葉小次郎、そなたの正体見破ったぞ」



金平に抱きかかえられていた頼義が目を覚まして()()()な言葉で口を開いた。酔いはすっかり冷めているように見える。



「あれ?なんで私こんな格好してるの?」



きょとんとした顔で頼義が独り言のようにつぶやく。頼義は自分がどうして金平に抱きかかえられるように身体を預けているのか、状況がわかっていないようだった。酔っ払っていた間の記憶はまるでないらしい。



「なっ……!目ェ覚ましてんなら早く言えバカヤロウ!!」



金平が慌てて頼義から離れて後ずさる。勢い余って後ろに座っていた穂多流を下敷きにして押しつぶしてしまう。



「いたあ〜い!!なにするんだようバカバカ〜!!」



穂多流が身体中をさすりながらぽかぽかと金平の頭を叩く。頼義はそんな二人をまるで無視して、自分が酔っ払っていた時の醜態なぞ()()()にも出さずに小次郎に向かい合って言葉を続けた。



「あなたは……将門公のご嫡男、太郎(たろう)良門(よしかど)公であられますね。承平の乱でお父上とともにお亡くなりになられたはずの」



その名を言われた瞬間、千葉小次郎……平良門と呼ばれた男が邪悪に顔を歪ませた。

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