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下総香取郡多古郷・頼義、小次郎と酒を酌み交わすの事

「……まったく、相変わらず他人(ひと)の都合などまるで考えぬ奴よ。所詮は人外の者という事か……まあ、俺が言うのもなんだがな」



小次郎は苦笑しながら肉芝仙の消えた虚空を見やる。続いて頼義たちに視線を移し、



「さて、まあせっかく仙人どのがお膳立てしてくれたのだ。ここでおっ始めても俺は構わぬぞ。()るか?」



千葉小次郎(ちばのこじろう)がニヤリと笑う。羊太夫(ひつじだゆう)の背後にいた八束小脛(やつかこはぎ)たちがその異形の肉体に緊張を走らせる。金平はすでに剣鉾を構え直している。



「ここでの戦闘は許さぬ!小次郎、貴様と言えどもな」



羊太夫が一喝する。その老人を見下ろしながら小次郎が再び口を開く。



「ああ?俺がお前の言葉に唯々(いい)と従う理由が何処にある?図に乗るなよ羊の、なんなら貴様から先に血祭りに上げてやろうか!?」



小次郎の凶暴な一言に配下の八束小脛たちが騒つく。今は小次郎の命に従っているとはいえ、彼らの本来の主君は羊太夫である。その二人の間に突然予想だにしない緊張が走り、異形の暗殺者たちが動揺する。



「たわけたことを申すな、この者どもが困っているではないか。ここでの刃傷はいたさぬとこの羊が保証しよう。なので、そちらもその『七星剣(しちせいけん)』を収められよ頼義どの」


「!?この剣をご存知で?ということはやはりこの『七星剣』は……」


「然り、我らが秘宝『鉄妙見(くろがねみょうけん)』と共に七星山に安置されておった多胡(たご)氏の守り刀よ。平良文(たいらのよしふみ)が『鉄妙見』を盗んだ折に一緒に運び出したものであろう」


「……左様でございましたか。ならばこの剣は元の持ち主の元にお返しするのが礼儀。良文公に代わってお詫び申し上げる」



そう言って頼義は七星剣を鞘に戻し、少しの未練も見せる事無くその直刀を羊太夫の前に差し出した。



「お、おい!?」



金平が慌てて止めようとする。せっかく手に入れた「鬼狩り」の宝具だ、むざむざ手放すのは惜しい。何よりその刀は間接的にとはいえ碓井貞光の「形見」と言っていい品だ。



「未練ですよ金平。そのような執着心を持っていては、いかな霊験あらたかな聖剣といえどもその力を十全に発揮することはないでしょう」


「でもよう……」



金平は未練タラタラである。羊太夫の方もよもやかの者がこうもあっさりと進んで返却の申し出をしてきたことが意外であったと見えてまたぞろ落ち窪んだ眼を大きく見開かせていたが、やがて声もなく口元だけでわずかに笑みを見せると



「いや、それには及ばず」



と静かに応えた。



「元より七星剣は誰の所有物でも無い。言い伝えによればその剣は自らの意志で『主人』を選ぶという。流れ流れてそなたの元に辿り着いたというのならば、それもまた運命。その居場所が知れただけでも僥倖よ、どうかその剣はお手元にお留めくだされ」


「……わかりました。ではこの七星剣、この頼義が責任を持ってお預かりいたしまする」



頼義は恭しくその刀を捧げて引き下がる。金平はホッと胸をなでおろしたが、その気配を頼義に察知されて見えぬ目で睨まれた。頼義が後ろに下がったのを合図に八束小脛たちも構えた腕を降ろして後ろへ下がる。



「ふん、ここはまあジジイの顔を立ててやるとするか。で、これからいかがいたす、まさかここで集って皆で酒盛りするわけにもいくまい?」



小次郎が顔を歪ませて笑う。本人は気の利いた冗談でも言ったつもりなのだろう。



「なるほど、それは良うござるな。羊太夫どの、そして小次郎どのよ、なれば一献、この頼義と付き合うては下さらぬか?」



頼義が大真面目にそう言って荷物から酒瓶らしきものを取り出すのを見て、さしもの小次郎も思わず体を()()()()()()()



「な、なにい?」



小次郎がらしくもない間抜けな声を上げて顔をしかめる。



「ちょうど京より持ち寄った酒が最後の一本になったでな。東国のまずい酒しか味わった事のない田舎者にはちと勿体無いが、なに大盤振る舞いだ、とくと味われるが良い。坂東(こちら)では()()()など口にする機会もあるまい」



などと軽口を叩きながら頼義は手にした猪口(ちょく)にとっておきの酒を満たしていった。金平が思わず目を丸くする。それは自分が最後に取っておいた秘蔵中の秘蔵の一本だったものを、いつの間にか頼義が勝手に取り出していたものだった。


いやそれもあるが、頼義が唐突に敵の大将相手に酒を酌み交わそうなどと言い出した事にも驚いた。同時に金平はずっと前、二人が都を去ってこの長い鬼狩りの旅に出発し始めた時に交わした彼女の言葉を思い出していた。そう、あの時頼義は言ったのだった



(まずは、彼らと一杯()る所から始めようと思います……)



あの時のあの言葉を、彼女は忘れていなかったのだ。



「さ、遠慮は無用。毒なぞ入ってはおりませぬ。多分。ははは」



頼義が上手くもない冗談を言いながら自らに注いだ盃の酒を一息に飲み干した。あああ、と心の中で叫びながら金平はその姿を見守る。とっておきの逸品を勝手に飲まれた悔しさもあるが、それ以上に今まで酒などほとんど飲んだ事も無いような頼義が無理して豪快に酒杯をあおる姿に金平は心配でたまらぬといった顔をした。



「ああ、美味(うま)い。この酒はな、製法はよく知らぬが何やら灰汁(あく)だか木炭だかを酒樽の中に沈めておくとこのように透き通った酒になるのだそうな。都でも最近知られるようになったばかりの逸品、ここで飲まずば坂東なぞという辺境では一生味わえぬぞ小次郎どの」


「……一体どういう了見だ。お互い今すぐ殺し合いを始めてもおかしくもない仇敵どうし、それをこのように膝を向かい合わせて和やかに酒を酌み交わせとは人を莫迦(ばか)にするか、それが源氏の作法か?」



小次郎の言葉には殺気がある。無理もない、誰でもこのような事を唐突に言い出されれば同じ反応を示すだろう。



「なに、これはいわば私の流儀のようなもの。いかな憎っくき敵とは申せ、相手の事を何も知らずにただ畜生のように屠殺(とさつ)するのが性に合わぬというだけの事。知ればどこかに殺し合わずとも組み伏せる手立てが見つかるやも知れぬ。それだけの事よ」


「ふふ、言うな。先の戦では尻尾を巻いて逃げた貴様が大きく出るではないか。敵を知る?戦わずにすむ手立てを探るとな?甘い事を。敵について知る事など何もない、ただいかにしてその身に刃を突き立て鏖殺(おうさつ)するか。それだけが手立てよ。それ以外に何があると言うのだ、たわけが!!」


「……なるほど、『鬼』である小次郎どのらしい言葉よの。なれど私はそなたの事が知りたい。そなたが何者で、何を望み、何をなさんと欲するのか、私は知りたいぞ千葉小次郎、いや……」



頼義が二杯目の酒を己の盃に注ぎながら言った。



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