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下総香取郡香取神宮・頼義、神宮を癒すの事(その二)

「ふむふむ、ふむふむふむ。これは結構。なかなかの良い()()頼義(よりよち)どのは文才は無いが実に武家の子らしい質実剛健なお手前で()感心(かんちん)()たで()



褒めているのかバカにしているのかよくわからない物言いで肉芝仙(にくしせん)が手を叩く。そのまま刻まれた文字に向かって手をかざすと、不思議な事に幹の樹皮に刻み込まれた文字が光を放ち、水底に沈んでいくように音も無く幹の奥深くへ消えて行った。



「これでこの樹が千年、二千年先までこの地を護ってくれるで()()()。想像以上に頼義(よりよち)どのの『念』の力が強かった故、一本では耐えきれずにそのうち枝分かれ()ていくかも()れま()()()ね、この子は」



肉芝仙がもう一度愛おしそうに木の肌を撫でる。金平にも穂多流(ほたる)にも目に見える形での変化は見えなかったが、その立ち姿が明らかに先ほどよりも一層大きく、神々しい後光さえ射しているような変化を遂げているのは感じられた。



「これならば大地の穢れを吸い上げ、浄化()、魔を祓う事まで可能かも()れま()()()頼義(よりよち)どの、この地の祖霊を代表()て改めて御礼申し上げる。ぺこり」



肉芝仙が珍しく素直に感謝の意を述べた。



「さて、ともなると先ほどの『前払い』だけではちと少な過ぎる気もするで()。ここは特大サービスでもうちょっと()()()してやるで()


「ご厚意はかたじけのうございますが、これ以上の御礼は無用にて……」


「まあまあ、遠慮する事は無いので()。もらえるものはもらっておくのが良いので()。どうせお前さまたちはこのまま千葉の地まで向かうのであろう?なれば……えいっ」



肉芝仙が地面をコツンと叩く。その瞬間頼義たちは自分の身体の重さが無くなってしまったかのような不思議な浮遊感に包まれた。それは一瞬で止んだが、なんだか周囲の景色がよく見えない。ようやく目が慣れて金平たちが目をこすりながら焦点を合わせると


目の前に羊太夫(ひつじだゆう)千葉小次郎(ちばのこじろう)が立っていた。



「なあっ!?」



突然の事で金平は驚いて思わず声を上げた。それは相手も同じだったようで、羊太夫が普段は奥まって見えない目玉をギョロリと見開いて驚愕の表情を見せた。



「なんだあ?お前たちいつの間に?どうやってここの場所をつかんだ?というか誰だそのガキは?」



千葉小次郎だけは驚きを表に出す事なく即座に反応して身構える。金平も咄嗟に剣鉾(けんほこ)を構えて小次郎の奇襲に備えた。



「こりゃ、曲がりなりにも恩人である(わっち)に対()てなんで()かその口の聞き方は。もう少()お父上を見習って紳士(ちんち)的な振る舞いというものを学ぶべきで()お前ちゃまは」



子供のように顔を真っ赤にしてくってかかる肉芝仙の頭を手で押さえつけながら小次郎は少女(?)の顔をまじまじと眺める。



「ああん?ああ、お前『肉芝仙』か。なんだその格好は気持ち悪い。初めて俺と会った時はもっと仙人らしい、()()()()って感じの姿(なり)をしていたではないか」


「ふん、お前ちゃまには(わっち)のこのキュートさが理解できないので()。これだから東夷の蛮族はダメなんで()、ぷんぷん」


「……これは、一体どういうおつもりか、肉芝仙!?」



頼義もこの異常な状況に七星剣を抜いて身構えながら穂多流をかばう。



「!?その剣は……!」



羊太夫が頼義の剣を見て小さく声を上げた。肉芝仙は羊太夫の反応には目もくれずフフンと鼻を鳴らし、



「なに、ちょびっとだけお前さまたちの旅程を(つづ)めてやっただけで()。ここは先ほどまでいた香取の地と千葉の地とのちょうど中間辺り、古来より最も古くから人が入植()ていた土地で()



肉芝仙が踏ん反り返ってなぜか偉そうに威張って言う。



「ここの土地の名を『多古(たこ)』という」


「タコ……だとお?」



金平がさらに驚いて反射的に羊太夫の顔を見る。羊太夫は先ほどの驚愕の表情から立ち直り、いつもの皺だらけの、何を考えているのかわからない仏頂面に戻っている。



「さもありなん。ここに最初に『誰』が入植()てきたのかは容易に想像もつこう。ここにこのジジイがいる事もにゃ。にゃはははは」



肉芝仙が愉快そうに笑う。羊太夫は何も言わずただ皺まみれの眼窩から頼義たちをその濁った目で覗き込んでいる。



「おい肉芝仙、どう言う了見だ?なぜ貴様がこいつらと一緒いる?叩っ斬る前に聞いといてやる」



千葉小次郎が抜き打ちに肉芝仙を斬りつける。



「こりゃこりゃ、叩っ斬る前に聞くと言っておきながら問答無用で斬りつけるでない」



小次郎に一刀両断にされたかと思った肉芝仙はまた一瞬にして別の場所にその姿を現し、何事も無かったかのように平然と言葉を続けた。小次郎の方もさして驚く様子もなく、「チッ」と舌打ちをしてまた刀を鞘に収める。



「なに、これ以上この地でゴタゴタが続くのも鬱陶()いでな、ここらで存分に殺()合ってしゅパッと決着でもつけてくれれば儲けたもの、と思って連れてきたので()。生き残った方が好きにこの地を治めれば良い。さあちゃっちゃとやるがいいで()



いきなりとんでもないところに連れ出して、とんでもない事を言い残して肉芝仙は()()()と姿を消した。その場に残響のように肉芝仙の声が響いた。



「最後にもう一つだけ特別大サービスで教えてあげるで()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()。その意味をよっく考えるで()。ではVale amicus!」



謎の助言を言い残して肉芝仙の気配は完全に消えた。残った場に仇敵同士がお互い呆然とした面持ちで立ちつくしていた。

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