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下総香取郡香取神宮・頼義、取引を持ちかけられるの事

肉芝仙(にくしせん)」と名乗った少女に肩を叩かれた頼義は、その瞬間すぐに自分が何をされたのかを理解した。肩を固定していた包帯を解く。副え木を外し、左腕をグルグルと回してみる。左腕は問題なく動かすことが出来た。



「…………!!」



先の戦で、敵の術中に陥った大宅光圀(おおやけのみつくに)の一撃によって砕かれた左の鎖骨が、肉芝仙の手が触れただけで一瞬にして完治してしまったのだ。頼義は無意識に襟元をはだけて傷跡を確認する。斬られた痕跡は肌に残ってはいるが、骨に関しては全く問題なく復元されているようだった。



「わわっ」



露わになった頼義の胸元から視線を避けるように穂多流が反射的に後ろを向いて目をそらす。紳士である。



「どうかにゃー?まあ、とりあえず今から手伝ってもらう事に対する前金がわりで()。ほれお前さまも」



そう言って肉芝仙はぴょんと飛び上がって金平の肩を叩く。



「いてえ!?」


「おっと、別に強く叩く必要はなかったでつ(・)。まあいいでつ(・)。それにしても主従揃って同じ箇所を怪我()()るとは仲の良いこって()ね」



悪態をつかれながら金平も思わず肩に手をやる。同じく光圀によって斬られた肩の傷が完全に塞がれていた。頼義ほどの重症ではなかったが、それでも完治するには数ヶ月を必要としていたハズなのに。



「肉芝仙……と言いましたね?正直、あなたの真意がつかめません。あなたは千葉小次郎(ちばのこじろう)に協力して将門(まさかど)公の魂をその血脈に宿らせた。そして今もまた将門公の魂を転生させた平忠常(たいらのただつね)の坂東制圧に力を貸している。それなのに何故我らに利するような事を……?」


肉芝仙はふむふむと言いながら何度もうなずきかえす。



「訂正する所は多々あるが、まあいいで()(たち)かに(ゆえ)あって小次郎に『術』をほどこ()たのは(わっち)であるが、別段(わっち)は忠常どもの味方というわけではないぞよ。もちろん、お前さま方に手を貸す義理もない。ただな、小次郎のバカめが神宮(ここ)で余計な事を()でか()たおかげでにゃー」



忌々しげに少女が吐き捨てる。



「境内が血で穢されて()まった神宮は今霊力が著()く落ちておる。下総(ちもうちゃ)の守りの要である聖域がこの様ではいずれ如何なる災いが降りかかるとも知れぬ。ほれ、現に今こうしておる間にも、香取の地鎮めの力が弱まった事を察知した魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもが積年の怨みを晴らさんとこちらに殺到しておる」



少女が上を見上げる。



「そこの杉の上に登って四方を見回してみるが良い。有象無象が大挙してこの聖域を滅さんと押し迫っておるで()よ」



肉芝仙が指し示したのは神宮の伽藍(がらん)を遥かに超えるほどの背丈の杉の大木だった。とはいえ「登れ」と言われても手がかりになる枝葉も無くまっすぐに伸びる大樹を登る術など頼義には無い。



「じゃあボクが」



そう言って頼義が止める間もなく穂多流(ほたる)がヒョイっと飛び上がって杉の太い幹に取り付いた。身軽な穂多流はあれよあれよという間にスルスルと幹を登っていく。あの高さに臆することも無く、(とび)の「残雪」と競い合うように一息で登り切ってしまうと。頂上のひと枝に足を挟んで手をかざして坂東平野を見回してみた。



「わっ!!」



見回した瞬間、何を目撃したのか穂多流は驚いて思わず身を引こうとして体勢を崩した。急にバランスを失ったお陰で、穂多流が足を絡めていた枝がポキリと折れた。



「わわっ、わっ!!」



穂多流は真っ逆さまに落ちていく。



「穂多流!?」



上方での異変を察知した頼義が叫ぶ。そうしている間にも穂多流は真っ逆さまに落ちて来る。途中必死になって枝を蹴り、葉を掴みして落下速度を殺そうともがくが、地面への激突を避けるまでには至らない。



「おっと」



肉芝仙が手をかざす。すると穂多流の身体が一瞬だけふわりと速度を落とした。穂多流はその瞬間を逃さず咄嗟に突き出た枝に両手で捕まり、体操選手のような蹴上がりで見事枝にその身を預ける事に成功した。



「ほっ」



と穂多流が息をついた瞬間に枝が折れた。



「ぐえっ」



穂多流はそのまま地面に落下したが、その下にたまたまいた金平がクッションとなって穂多流を助けた。正確には穂多流を受け止めようとして金平が真下で待ち構えていたものだが、落ちてきた穂多流が反射的に金平に向かって足を出してしまったので結果「飛び蹴り」が見事に金平の顔面を直撃する形になった。



「わっ、わっ、ごめん大丈夫!?ワザとだから許して」


「ワザとなんかいこのガキ!!」



金平がガバリと起き上がる。相変わらずタフさにかけては金平は鬼と遜色ない。



「大丈夫ですか穂多流!?何を見たのです、あのように慌てふためいて」



頼義が穂多流を介抱する。穂多流はハッと息を飲んでから彼女の袖を掴み、



「あっ、頼義さま、ま、ま、ま……」


「ま?」


「魔物が……!薄ぼんやりとした姿の異形のモノたちが……四方八方からこちらへ……!!」


「!?」


「ほう、なかなかこの子は見所があるで()ね。アレが見えるとは良い事なのか悪い事なのか……」


「おい、どういう事だよ!?」



金平が肉芝仙に吠える。少女は臆する風でも無く、



「先にも言うたであろう、神宮(ここ)の霊力が落ちている今、この地に蔓延(はびこ)る悪霊どもを鎮めるモノはおらぬ。放っておけばこの地全体が悪霊どもに蹂躙されてしまうので()


「なんだとお!?ここらにゃあそんなに悪霊が跋扈してやがるってえのか!?」


「お前さま、この坂東の地を舐めるなよ。天に九怪地に八妖、この地ほど悪鬼羅刹に愛された土地もないわい。迷惑な(はなち)なので()


「悪鬼羅刹の地……」



頼義が本能的につぶやく。



「ふむ、香取の神ちゃまに恩も義理もないが、間接的とは申せ(わっち)にもその責任の一端はある。というわけでこの血の穢れを祓いに来たので()が、思った以上にヤツらの騒ぎがが大事(おおごと)なっておって、正直(わっち)一人ではちと()()()()でな。そこでせっかくお前さまが通り過ぎるところであったから一つ手を貸してもらおうと持ってな。いや、正確には……」



肉芝仙がギロリと片目で頼義を見据える。



八幡神(はちまんしん)、お前さまの中にいるその神霊にな」

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