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下総香取神宮・謎の少女、紅蓮隊に挨拶するの事

常陸(ひたち)の国府から下総(しもうさ)千葉郡方面に向かうのであれば、通常ならば東山道の武蔵路(むさしじ)を内海の沿岸沿いに進むのが近道であるが、頼義はあえて前回平忠常(たいらのただつね)征討の際に利用した鹿島側から利根川を再び渡河する道を選んだ。なるべく敵の目に晒されない様に迂回路を取ったということもあるが、一番の理由は先の戦いの跡を再確認するためだった。


敵について何か少しでも攻略の手がかりになるものがないか、また忠常軍が占拠していた香取神宮の現状の確認もしておきたかった。何より気がかりだったのは、あの時殿(しんがり)を務めてそのまま帰って来なかった客将碓井貞光(うすいのさだみつ)の安否とその消息だった。


頼義は万が一にもとわずかな期待を込めての捜索だったが、不思議な事に金平は彼の生存を微塵も疑っていないなかった。



「そりゃオメエ、曲がりなりにも元祖『鬼狩り四天王』の一角だったお人だぜ。見た目はとぼけたおっさんだがよお、こと戦場(いくさば)での生き死にのかかった駆け引きという点じゃあ、いかな千葉小次郎(ちばのこじろう)といえども一枚も二枚も足りねえっって所だな」



金平はかつて自分が駆け出しの「鬼狩り」だった頃、先任の惟任上総介(これとうかずさのすけ)とともにあの貞光公にはさんざん鍛え上げられたのだという。その割にはまるで親戚のおじさんの様な気安さで接していたのがまた不思議だった。惟任に対してはまるで閻魔様の前に引き摺り出された罪人の様に恐れおののいて縮こまっていたというのに。



「こ、惟任の事はどうでもいいだろうがよう!……コホン、ま、まあそこがあのとっつぁんの()()()()()()でな、そうやっていつの間にか気心を許して構えを解いた隙に抜け目なく懐に入り込んで情報を収集したり弱点を突いたりと、そりゃあもうエゲツねえのよ。だからよ、とっつぁんについては安心してていい、どうせ腹が減ったらどっかでひょっこりと顔出すこともあるだろ」


「そんな野良犬みたいな……」


「そんな上等なもんかよ、ありゃあ蜥蜴(とかげ)とか山椒魚(はんざき)の類だ。千切っても千切ってもまたちゃっかりと生き残る、そういうやつだよとっつぁんは」


「あはははトカゲだってトカゲ〜。残雪トカゲ大好物だからきっとおじさんに会ったらついばんじゃうね」



穂多流(ほたる)が能天気に大口を開けて笑う。その左肩には下総側に上陸してからというものずっと(とび)の「斬雪」が止まって羽根を休めている。残雪は一声「ぴぃ」と鳴いて穂多流に甘える。



「もうここで得るものは無いようですね。先へ進みましょう」



香取側の河畔、前回籠城戦を展開した船着き場の周辺をひとしきり調査した頼義たちは何の手がかりも得ることなく、次の目的地である香取神宮へ向かった。先の戦いにおいて忠常はこの神社を防衛拠点として境内に陣を張り、神宮そのものを盾として頼義たちを待ち構えていた。あの鬼のことである、利用するに当たって神職の人々にどれほどの迫害をもたらしたものか知れない。


頼義は昔住吉や熊野、石清水八幡宮といった聖域を蹂躙し、破壊の限りを尽くした鬼たちの残虐無比な所業を思い出す。香取神宮が同じ様な目にあっているのかと思うと彼女の胸は痛んだ。


利根川の川岸には向こう岸の鹿島神宮の宮司が奉幣(ほうへい)の使いを送る時に利用する参道が香取神宮に向かって伸びており、その起点には川、というより内海一帯を見守る様に石造りの鳥居が慎ましやかに建てられている。頼義たちはその鳥居をくぐって参道を進んだ。


こちら側から向かうと、丁度本殿の裏側にたどり着くことになるので、表参道に出るには二の鳥居で直角に曲がる必要がある。そこまで辿り着いた所で、一行は奇妙なものに出くわした。


朱塗りの二の鳥居のてっぺんに白装束の巫女らしき少女が足を組んで座っている。あの大きな鳥居にどうやってあそこまでよじ登ったのかというのも異様だが、ニヤリと口の()を釣り上げながらじっと頼義たちを見下ろすその雰囲気もまた少女らしからぬ威圧感というか()()()()()()を漂わせていた。



「神宮はいま物忌中である。血の(けが)れが祓えるまで何人たりとも立ち入ることは(あた)わじ。今しばらく待たれい」



そう言い放つ少女の持つただならぬ気配に頼義も金平も本能的に身構える。見た目姿はか弱い少女の(なり)だとしても、それがその見た目通りであるかどうかは分かったものではない。二人は京で酒呑童子の配下の鬼たちとの戦闘でその事を嫌という程思い知らされている。もしこの少女が何がしかの「異形」の者だったとしたら、どこからどの様な不意打ちを食らうとも限らない。金平は鳥居の上の少女から視線を外す事なくジリジリと腰を落として行く。



「こんにちはー」



そんな二人の緊張感を全く読み取る事なく穂多流が少女に向かって挨拶をする。金平も頼義も穂多流の場違いな声に一瞬つんのめってしまった。



「すごいねー、どうやって登ったのー?いいなあ見晴らし良さそう。残雪、ちょっと見ておいでよ」



そう言って穂多流が相棒の鳶「残雪」を空に放つ。



(そうか、なるほどコイツ、そうやって相手の気勢を削いでから鳶を使って急襲しようってえんだな。ガキのくせして中々……)



金平が思わず穂多流に感心する。鳶は一度天高く舞い上がると、鳥居の上を大きく旋回して、その羽根を大きく広げて鳥居の上に座っている少女に向かって急降下していった。



(よし……!)



少女は何の警戒もしていない。もし彼女が千葉小次郎配下の「鬼」であるならば、必ず何がしかの反応を示すだろう。


ところが、残雪は少女に襲いかかるわけでもなく、その隣に優雅に舞い降りると地上を見下ろしながらノンビリと羽繕(はづくろ)いをし始めた。



「なああっ!?」



気勢を削がれたのは金平の方だった。戦闘を開始すべく身構えていた全身から一気に力が抜ける。それは頼義も同様だった。



「ほほほ、『鳥居』とはよく言ったもので()ね。でもここでフンをしてはいけませんよ、神様(かみちゃま)のバチが当たりま()からね」



舌ったらずな言葉で少女がしゃべる。金平も頼義も呆れた様にお互いに顔を向ける。



「ようこそ下総(ちもうちゃ)へお越()くださいま()た。源頼義(みなもとのよりよち)どの」



金平たちの後ろでいきなり声がした。二人が驚いて振り返ると、そこには今さっきまであの高い鳥居の上にいたはずの少女がそこにいた。



「な!?え?な、なにぃ!?」



金平は慌てて鳥居の方を見る。そこに少女の姿は見えず、鳶の残雪がひとりポツンと止まっているだけだった。



「!?」



金平はさらに驚いて頼義の方を見る。金平の気配を察した彼女はかぶりを振る。決して彼女は金平の死角をついて飛び降りたわけではない、頼義にも彼女の気配はいきなりそこに現れたとしか感じ取れなかった。初対面なのにいきなり「源頼義」となを呼ばれたのも驚きだが、少女のこの超常的な振る舞いにも驚きを隠せなかった。



「よ()()、お前さまはなかなか良く分かっていま()ね。それに比べてお前たちはじぇんじぇんダメで()。ダメダメで()。そのようなザマではとうてい小次郎には及びもせぬであろうな」



唐突に舌ったらずの少女は千葉小次郎の名前を持ち出した。



「!!……テメエ、やっぱり忠常の手の者か!?」



金平が手にした剣鉾(けんほこ)を構える。



「何という短絡。一見(いちげん)して相手の力量も、敵か味方かの区別もつかぬとは愚か者にもほどがある」


「やかましい、正体を現しやがれ!テメエは鬼か!?それとも八束小脛(やつかこはぎ)の一人か!?」


「ふむ、まだわからぬか?ではこんなのはどうかにゃー?」



少女が口元を何やらモゴモゴさせるといきなり足元から真っ白な煙が登り立ち、少女の全身をくまなく覆い隠した。



「!?」



金平が思わず後ずさる。鬼の中には毒を撒き散らすものもいた。金平と頼義は警戒しながら身構える。煙が晴れて行き、再び少女の姿が現れた。



「なな、なんだとお!?」



再び少女の姿を目にした金平が大口を開けて絶叫した。

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