常州石岡国府官庁・頼義、鬼狩りとしての決意を表するの事
石岡に建つ常陸国庁の一室で、常陸介頼信とその子頼義は顔をしかめて長い時間黙りこくっている。その場に同席している坂田金平もまた同様に沈痛な面持ちで一言も発せず腕組みをして壁にもたれかかっている。唯一藤原則明こと穂多流の君だけが場の空気も読まずに能天気に笑いながら相棒の鳶「残雪」とふざけ合っている。
「きゃっきゃっ、くすぐったいよ残雪、耳を甘噛みしちゃあ」
「…………」
「あっ、こら、こんなとこでウンチしちゃダメだってばあ。もうしょうがないなあ。あはははは」
「喧しい!!遊んでるんだったら外行きやがれ、会議の邪魔するんじゃねえガキ!!」
イライラするあまり金平が穂多流に怒鳴りつける。穂多流は一瞬キョトンとした顔を見せたが、みるみる目に涙を浮かべて大声を出して泣き出した。
「金平、心中は察しますが子供相手に大人気ないですよ」
穂多流を慰めながら頼義が金平を叱る。金平はいよいよ面白くなく、どっかと大きな音を立ててその場で胡座をかいてまた壁にもたれかかる。
「ふーんだ、バーカバーカ」
穂多流は調子に乗って金平に悪態をつく。
「こら、穂多流も大人しくしていないと本当に追い出しますよ」
頼義は平等に穂多流も叱りつける。彼女もこの少年(?)の扱いにだんだん慣れてきたようだ。頼義はなんだか自分が弟をあやしている姉のような気分になってきた。小さいのとでかいのと、まあ手のかかる事。
頼義は国府の長官邸宅に暮らしている本当の弟たちのことをふと思い出す。自分が「男子」として元服してからはほとんど顔を合わせる機会もなくなってしまった。あの子たちは自分のことをまだ覚えているだろうか?頼義はそんなとりとめもないことを思い浮かべて、今は今後に関わる重要な会議の途中であったことを思い出し、自分も疲れて集中力を失っていることに気づき、自分自身も叱りつけた。
所領である常陸国領内に私怨で攻め入り、国土を荒らした報復として下総へ派兵した頼信率いる常州国軍だったが、芳しい結果は残せず、ほとんど相手に損害を与えることもなく退却の憂き目にあった。
頼信は京の太政官に向けて「平忠常追討」の正式な宣旨を受けるべく働きかけたが、その返事は何度送っても「不許可」の三文字で突き返された。
「忠常め、朝廷には相当に色を付けていると見える。幾ら書状を書いても梨の礫よ。左府どのは尽力してくれていたようだが……」
頼信の最大の理解者である左大臣藤原道長は宮中にあってただ一人忠常追討に関して積極的に働きかけてくれたようだが、その甲斐もなく中央における忠常の処遇は「放置」のままであるようだ。
「へっ、流石は栄耀栄華を極める左大臣様って所かあ?忠常の賄賂も歯牙にも掛けねえとはたいしたもんじゃねえか」
金平が皮肉に笑う。
「いや、道長殿の元にもしっかりと忠常の『付け届け』は行っているようだぞ。それはそれでありがたく頂戴しておいて、その上でなおあのお方はシレッと当人の討伐を主張しておいでのようだ」
その話を聞いて金平も頼義も左大臣の面の皮の厚さに呆れ返ってしまう。もっとも、それくらいの剛胆さでなければあの若さで最高権力者の地位にまで登りつめる事などできないのだろう。
「さて、手詰まりじゃのう……業腹ではあるが、今は雌伏の時と観念して耐えるしかあるまい」
父がらしくなく弱気な発言をする。とはいえ現状を鑑みれば今は耐えるより他はない。春が来れば休ませていた田畑もまた起こして種を蒔かねばならない。ただでさえここ数年続いた紛争の煽りを受けて常陸国の税収は著しく低下している。この上さらに派兵を重ねて民に負担を強いれば着任したばかりの頼信への民衆の心象も悪くなる。
しかし国内の立て直しを図っている間にも忠常はますますその勢力を伸ばして行くだろう。忠常……千葉小次郎は「鉄妙見」の力を使って金銀財宝を無尽蔵に増やし続けるに違いない。その際に流される生贄の血の量などあの「鬼」にとっては些かの痛痒も感じまい。このまま忠常の伸長を手をこまねいて眺めていればいずれ奥羽諸侯も懐柔され、上総・下総との挟み撃ちになっていよいよ万事窮す、となりかねない。同盟国たる相模国も北からの流通を押さえられている以上干上がるのは時間の問題である。
さてさて、いかがしたものか……
「父上」
頼義が口を開いた。
「かくなる上は、忠常を討ち、同時に常陸国を立て直す、などと言う都合のいい手立てを講じるのは不可能と判断いたしまする」
頼信は「息子」の言に苦い顔をしながらも同意する。
「もはやこれ以上の軍を率いての派兵は叶わないともなれば、この場は一旦、忠常の討伐は棚上げにするのが宜しいかと存じまする」
「なんだとお!?あの野郎を見過ごせってか!?そりゃあできねえ相談だろう!」
「だが金平、現状我らに忠常を打つだけの戦力は用意できぬ。違うか?」
「う……」
「曲がりなりにも忠常は正式に任命された国司。それを討つともなれば中央からも相応の横槍が入りましょう。押領使として朝廷の後ろ盾が期待できない以上、このまま戦闘を続ければこの常陸も相模も実り無き無明荒野と成り果てましょう。父上、ここは臥薪嘗胆、苦汁を飲んで国内の再起にご注力くださいませ」
「…………」
「クソっ!!そんな理屈じゃあねえんだよ、いま、アイツを倒さなかったらまた人が死ぬんだぞ、俺たちだけでも……」
「分かっているではないか、金平」
「あん?」
「忠常の討伐は叶わなくとも、千葉小次郎の討伐はまた別の話であろう。我らは何ぞ、金平?」
「お?……おお!?」
金平も頼義の言っている意味に気づいて大口を開けてニヤリと笑う。
「そう、我らは……『鬼狩り紅蓮隊』であるぞ。鬼がそこにいるのなら、倒しに行くのが我らの役目であろう。たとえ我ら二人だけだとしても」
頼義は静かに、そして不敵に笑みを浮かべた。




