常州鹿島神宮前・穂多流の君、七星剣を語るの事(その二)
「天から落ちて来た剣……?」
頼義が穂多流の君に聞き返した。
「ええ、なんでも昔『平良文』というお方が鎌倉の地に流れ着いた時にその剣を納めたものなのだそうです。その方は妙見菩薩様と七つの星に導かれて鎌倉へやって来て、そこで根を下ろしお殿さまになったのだとか」
頼義を相手にすると穂多流は女の子口調になるらしい。しかしまたしても平良文の名前が出て来た。穂多流の聞きかじった話から推察するに、おそらく良文は「鉄妙見」とこの「七星剣」を持って遠く上野国から相模国鎌倉の地まで「鉄妙見」を付け狙う追っ手から逃れるために流れ着いたものと見える。そしてこの地に土着し、子孫を増やし、その末裔である貞光と忠通にその二つの秘宝を託されたのだろう。だとすればこの「七星剣」も「鉄妙見」と同じく多胡氏の羊太夫によって作られた「呪力持つ秘宝物」なのかも知れない。
「ちょいと失礼」
そう言って金平が頼義から七星剣を取り上げ、スラリとその刀身を鞘から抜きはなった。
細身で反りの一切ない直刀である。柄は短く一握り半しかない。鍔もつけられていない事もあって、あまり実戦向きには作られていない印象のある拵えである。金平はどちらかというと「太刀」というより合戦の際に大将が振るう「指揮杖」のような感じを受けた。もしかしたら神事などの式典用に打たれたものなのかも知れない。
「妙だな。本当にこいつは『七星剣』なのかあ?」
金平が目をすぼめながら七星剣の刀身をジロジロと眺め回す。
「『七星剣』っていやあ、その刀身に『七つ星』なり『三連星』なりが刻まれてるはずだぜ。俺も詳しくは知らねえが、たしか法隆寺をおっ立てたナントカって皇子が携えていたヤツにはそんな風な象嵌が誂えてあったってオヤジから聞いた事があるぞ」
金平はそう言いながらなおも何か透かし彫りの一つでもないものか、その刀身を舐め回すように眺めていたが、七星剣の刀身は傷一つなく白銀の表面を輝かせているだけだった。金平の家は古くから製鉄に関わる一族なだけあって、金平も刀剣に関する知識はそれなりに豊富である。金平が言ったのはおそらく正倉院に安置されている「厩戸皇子」が所持していたとされる刀のことを指しているのだろう。
「言い伝えでは『相応しい者が相応しい時に手にした時にのみ、その刀身に七星が光り輝く』んだってよ。兄ちゃんじゃ無理だな。あはははは」
金平相手だと途端にガサツな男言葉になる。金平は(このクソガキ)と思いつつ刀を鞘に納め、頼義に返した。それにしても、なぜ平良文は身近な鎌倉に根を下ろす気になったのだろう?もし「鉄妙見」と「七星剣」を簒奪者の手から守ろうとするなら、もっと遠くの、誰も足を踏み入れないような土地まで逃げ果せれば良いものを、と金平は訝しんだ。
「そりゃあアレだよ、たぶん『鎌倉』という土地自体に引かれたんじゃないかなあ」
穂多流がケロリとした顔で答える。
「どういうことですか、穂多流どの?」
頼義が尋ねる。穂多流はたちまち身をくねらせて
「あのですね、たぶんウチのお屋敷があるあの辺りに初めから赴くつもりだんじゃないかしらって穂多流は思うんです。きゃー恥ずかしー!」
頼義に顔を近づかれて穂多流は嬉しそうに周囲をとたとたと駆け回る。金平はいい加減めんどくさくなって穂多流の襟首をつかんで猫のように摘まみ上げる。
「だ・か・ら、どういうことだってんだよ?」
「いてーな離せよケンカ売ってんのかコラ!やるぞコラ調子こいてんじゃんぞデカブツかかってこいやコラ!」
小さな穂多流は空中でバタバタと手足を暴れさせながら金平に向かって啖呵を切っている。話が進まないので頼義がとりなしてようやく穂多流は説明の続きを始めた。
「あの土地もまた『星が落ちて来た土地』だからですわ」
穂多流がにっこりとしながら頼義に言った。
「あの『七里ヶ浜』が『星の落ちて来た地』であると……?」
「ええ、元来あの地は『七里ヶ浜』ではなくて『七星ヶ浜』と呼ばれていたのだそうです。伝えられていくうちにいつしか『星』の字が『里』と書き間違えられて今に至ったのだとお父様から教わった事がありますわ」
「……『七里ヶ浜』ではなく『七星ヶ浜』であると……?」
頼義は七里ヶ浜の思わぬ地名の由来に驚きを隠せなかった。なるほど七里もないあの海岸がなぜその様な地名をつけられていたの不思議ではあったが、あの夜空に無数に輝く星、その一つが落ちて来た特別な「聖地」であったとは。
「なるほどなあ。それであんな所にワザワザ集落を作って乏しい資源の中で鉄をこさえてたってわけか」
金平が妙に納得したような顔をしながら呟いた。
「何か知っているのですか、金平?」
「ん?ああ、お前さんの持ってるその『七星剣』な、おそらくそいつは……『隕鉄』だ」
「隕鉄?なんですかそれは?」
「信じられねえ話だけどよ、世の中には『空から落ちてくる石』ってのがあるんだとよ。で、その石に含まれる鉄を抽出して刀や祭器を作るってえのが昔からよくあるんだわ。当然ながらそう言ったものには地上で採れた鉄とはひと味もふた味も違う『魔力』が秘められているものだからな」
金平の途方もない話を聞いて頼義は思わず天を見上げた。あの遠い空の彼方からこのような剣を作れるほどの石が落ちてくるなどにわかには信じられない。と、言う事はあの空の向こうにも今自分が立っている世界とと同じような「大地」が存在するのだろうか?それはあるいは「常世」とも「補陀落」とも呼ばれる、神々や神仙の住まう別天地なのかもしれない。
「そういった『聖地』は結構あちこちにあるらしくってな。特に製鉄の盛んな土地には同じような伝承を持つ社を多く見かけるらしいぜ。ほら、前にも言ったろ、鉄の産地には『妙見神』が祀られてるって。妙見様は星の神様だ。つまり、そういうこった。もしかしたら、良文は『七星ヶ浜』で『鉄妙見』とそいつを天に返そうとでもしたんじゃねえのか?」
「天に……」
「ま、なんにせよとっつぁんからそいつを預かったのはお前だ、もしとっつぁんが運良く生き残ってたらその時返してやりゃあいい。それまではせっかくの『鬼狩り』の宝具だ、ありがたく使わせてもらやあいいさ」
そう言って金平はがははと能天気に笑い飛ばした。頼義は貞光公の「形見」となるかもしれないその宝剣を強く握りしめ、だがこの剣を振るう時はいつか必ず来る、という奇妙な確信を抱いていた。




