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常州鹿島神宮前・穂多流の君、七星剣を語るの事

「生まれつき、ですか……?」



頼義が怪訝(けげん)な顔をして聞き返す。



「うん、ボクね、なんでかよくわからないんだけど、鳥さんの『言葉』が分かるみたい」


「言葉が?」


「別に鳥さんが人間の言葉を喋るわけじゃないの。でもね、なんとなく分かるんだ、どうして欲しいのか、どうしたいのかとか……」



金平は穂多流(ほたる)の君の小さな体躯を胡散(うさん)臭い目でまじまじと眺める。鳥と会話をするという奇妙な能力もそうだが、あの軽業師(かるわざし)のような鮮やかな身のこなし、あれは到底ただの素人に成せる体術とは思えない。あれだけの運動能力を発揮するためには相当の訓練を必要とするはずだ。それをこの少年(?)は生まれついて身につけているというのか、それが金平にはにわかに信じがたかった。


金平は思わず頼義の方に目をやった。彼女も同じように彼(?)のその生まれついての能力というものに何か引っかかるものがあるようだ。



「穂多流どの、失礼を」



そう言って頼義は穂多流の君の手を取った。静かに息を整えて意識を集中する。頼義の額の奥の方に青白い「光」の幻像(イメージ)が湧く。その光が頼義の両腕を通り、穂多流の腕へと伝わり、その光が穂多流の全身を駆け巡って行く。頼義が「八幡神」の力を取り込んだ事で獲得した神威(かむい)……人間(ヒト)の中にある異界への「道」を探り当てる能力で彼女は穂多流の身体の隅々まで走査(スキャン)する。


そして頼義は穂多流の体内にある一つの「道」を見つけた。


その「道」は細く、ささやかなものだったが、しっかりと穂多流と結びついて「何処(いずこ)か」へと繋がっている。その「道」の先が()()へ繋がっているのか、頼義の意識はさらにその先へと潜行(ダイブ)する。


深く、深く、深く潜る、光なき光の奔流のその果てに、彼女は一羽の金色に輝く「(とび)」を見たような気がした。



(ああ、そういうことか……)



頼義は穂多流の不思議な能力の源泉を突き止め、それが「()()」であるかを理解した。だがそれを穂多流に教える必要はあるまい。時が来ればいずれ自然と「目覚める」事もあろう。頼義は遠のいて行く金鵄(きんし)



(また、いずれ……)



と敬礼を送り、現実世界に意識を戻した。



「ふわあ、あの、その……ボク……」



頼義にじっと手を握られ続けていたために、穂多流の君の顔はみるみる真っ赤に染まっていき、耳の端まで血を巡らせていく。緊張と()()()()のあまり、穂多流は目をまんまるく巨大に見開き、鼻の穴まで大きく開けて激しく呼吸を繰り返した。



「ああ、失礼。なるほど分かりました。確かお父上の直方(なおかた)様は平国香(たいらのくにか)流の桓武平氏のご出身でしたね。帝の古き聖なる力の一片が先祖返りを起こして突然変異のように穂多流どのの中で顕現(けんげん)したのかもしれません」


「なんだよそりゃ、ずいぶんと曖昧な言い方だなあ。もしかしたらコイツも『鬼』の一種なんじゃあねえのか?」



金平がものすごい形相で穂多流を睨む。穂多流も負けじと睨み返そうとしたが、ここは猫をかぶって



「いや〜ん、こわ〜い。頼義さまあ、あの大狒狒(ゴリラ)がいじめるんですう」



といって頼義の陰に隠れて泣きついた。



「大丈夫よ金平。この子の中に邪悪な力はありません。少なくともこの子が『鬼』になる事はないでしょう」



頼義が穂多流の肩に手をおいて金平を諭す。その影で「そうだそうだバーカバーカ」と穂多流が小声で言うのが聞こえた。



(ホントにホントに本当にクッソ可愛くねえガキだなこの野郎……)



金平はもうこれ以上真面目に怒るのも莫迦(ばか)らしくなってしまい、大きくため息をついた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




生き残った敗残の兵たちがトボトボと常陸(ひたち)国府のある石岡へと帰って行く。なんの戦果も果たす事なく味方の半数を失い、かつ敵にほとんど損害を与えることのできなかった今回の遠征は結果的には頼信軍の大敗であったと見ていい。兵士たちの顔も皆一様に疲れ切っていた。


そんな中、一人穂多流の君だけが頼義と相乗りした馬の上で上機嫌におしゃべりを繰り返していた。穂多流は頼義と一緒にいられることがよほど嬉しいらしく、次から次へと話題を振っては頼義との会話を楽しんでいた。


穂多流に席を奪われて仕方なしに馬の手綱を引きながら徒歩での移動を余儀なくされている金平も、穂多流のやまないおしゃべりの連発にウンザリしていた。できることなら頼義を静かに休ませてやりたいところだが、彼女は律儀に穂多流の話しかけにいちいち応答するため、ひと息つく暇もなく行軍を続けていた。


穂多流との会話に付き合ってこそいるものの、頼義の頭の中は今後の展開についてどのように行動を取るべきか、その事で頭の中ははいっぱいになっていた。殿(しんがり)を務めて見事にその役割を果たしおおせた碓井貞光(うすいのさだみつ)公の消息も心配である。


何より、今後再び下総に兵を出すことができるのかどうか、それ自体も不安の種だった。いくら無法地帯の坂東といえども、こう頻繁に派兵を繰り返していればお互いの領國の収穫も覚束(おぼつか)なくなる。さらに言うなら、これ以上の紛争は朝廷からの介入を許す好機を与えてしまうだろう。下手をすれば父も就任したばかりの常陸介(ひたちのすけ)の役職を剥奪され、その収益を朝廷の高官どもに吸い上げられてしまう恐れもある。それは源氏の一員として(はなは)だ面白くない予測だった。


頼義は穂多流のおしゃべりもうわの空で聞き流し、定光から受け取った細身の長剣を眺めながらあれこれと自分のとるべき道を模索していた。



「あらっ?頼義さま、どうして頼義さまが『七星剣(しちせいけん)』をお持ちなのですか?」



頼義が眺めている長剣を見て、穂多流が素っ頓狂な声を上げる。



「七星剣……?穂多流どの、この剣の事をご存知で?」


「はい、父に連れられて鎌倉の武士たちが一堂に集る会合に参加した時に父に教わりました。なんでも『鎌倉党』を指揮する者に与えられる宝剣なのだとか」


「鎌倉党を……?なぜ貞光様はそのような大切な宝剣を私なぞに……」



頼義は宝剣の白塗りの鞘を眺めながら呟いた。



「穂多流どの、この剣について何か他にご存知のことは何かございませぬか?」


「さあ……あ、そういえば、その剣は人間の打ったものでは無いというようなことを聞いた覚えが……」


「人間の手で作られたものでは無い、と……?」


「ええ、言い伝えでは、その剣は()()()()()()()()()()なのだとか……」

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