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総州香取神宮前平忠常本陣・金平光圀、一騎打ちの事

「ほう、これは見事。まったく惚れ惚れするほどの見上げた気概よ。先程の非礼は詫びよう、それでこそ犯し甲斐のあると言うものよ」


ぬけぬけと忠常こと千葉小次郎(ちばのこじろう)が言った。


「では一騎打ちの続きと行こう。存分に死合え、殺し、殺されろ。お前も死に、光圀(みつくに)も死ね。お前たち全ての屍を踏み越えて俺はこの坂東の地に王道楽土を築いてみせよう」


「ほざ……け……徳無き覇道に何の意味がある!?無辜(むこ)の民の血と肉を供物に捧げたその先に誰がついていくと言うのだ!?」


「民?民なぞ要らぬ。俺がいればそこが我が王国よ、俺が、俺だけが王であり俺だけがこの世界に君臨する。他の者などそのための道具に過ぎぬ。一人残らず消えたところでなんの痛痒もあろうものか!


「……話にならぬな。所詮(しょせん)貴様は(オニ)よ。人ならざる者にこの坂東は……渡さぬ!!」


「元よりお前と王道について議論するつもりなど無い。いいからさっさと死ね」



小次郎の言葉と同時に光圀が再び前に出る。頼義は全身を駆け巡る激痛に耐えながら震える腕で太刀を構えようとする。その彼女の前に金平がその巨体を呈して立ち塞がった。



「おっと。ちょい物言いだ。そちらが名代を立てるってえんなら、こっちも名代を立てたって構わねえよなあ、千葉小次郎?」



頼義をかばうように仁王立ちの姿で小次郎たちを睨みつけながら金平が言う。



「金平……ダメです、ここは私が……」


「うるせえ黙ってろ。ここは俺が貰う。お前は後ろに下がってな。楽してへたり込んでるんじゃねえぞ。その足でしっかり立って見届けやがれ」


「見えないんですけど」


「じゃあ聞いてろ。感じろ。俺の『勝ち』をな。もし膝の一つでも着けてみろ。アイツらより先にお前を叩っ斬ってやらあ、甘ったれてんじゃねえぞ」


「……もう、金平は私には厳しいなあ」



頼義が呆れたように笑う。それを見て金平もいつもの様な不敵な笑いを見せた。



「金平、お前に任せます。負けたら許しませんよ」


「おう」



金平は頼義を軽く後ろへ追いやると、ズカズカと大股で小次郎たちのいる方へ向かってくる。二人の会話を見ながら小次郎はニヤニヤと笑みを浮かべて先の金平の問いに答える。



「名代を立てるのはは構わぬが、貴様がその名代だとでも申すか?馬鹿力だけが取り柄の若造が得物も持たずにこの男と死合うか?」


「おうよ、確かに俺は馬鹿力だけが自慢の猪武者よ。だからなあ、当たればタダじゃあすまねえ……ぜっ!!」



金平はその巨体を低くかがめ、片足を天高く突き上げてそのまま地面に叩きつけた。その見事な四股(しこ)は大地を震わせて両軍の陣営にまで響き渡らせた。


普段は剣鉾(けんほこ)を振るっての立ち回りが多い金平だが、その本領は無手(むで)での近接戦闘にある。父親である坂田金時(さかたのきんとき)が「相撲司(すまいのつかさ)」と呼ばれる役職に就いていたこともあって、金平は幼少の頃より相撲の稽古に明け暮れていた。その成果は今成長した巨体と相まって、素手でありながら大物の武器を携えているに等しいほどの破壊力を秘めた「武器」として金平の内に収められている。


相撲といっても現代の洗練されたものとは違う、殴る蹴る投げると何でもありの総合格闘技に近いものである。鍛え抜かれた金平の素手は岩をも砕く大鎚に匹敵するだろう。


そんな金平の姿を眺めていた大宅光圀(おおやけのみつくに)は、臆する事も侮る事もなく、ただ黙って憎しみに染まりギラついた目で金平を睨みながら剣を構える。もはや彼の目には金平の姿も誰の姿も「平忠常(たいらのただつね)」にしか見えていない。その幻想の「忠常」を討つべく、光圀はジリジリと間合いを詰めてきた。


両陣営のど真ん中、馬に寄りかかって辛うじて立っている頼義と、光圀の後ろで微動だにせぬ平忠常こと千葉小次郎を見届け人として、金平と光圀の一騎討ちが始まった。


太陽はすでに中天に向かって登り始めている。お互い日の光による有利不利は無い。二人は向かい合いながら更にジリジリと間合いを詰めていく。両者ともその技は一撃必殺、おそらく勝負は最初の一手で瞬く間に終わるだろう。そう予感した両陣営の兵士たちは固唾(かたず)を飲んで勝負の行く末を見守る。


さらに二人の間合いが詰まる。


極限にまで緊張が達した時、金平が不意に



()()()()、おっさん」



そう言って己の構えを解いてブランと脱力した。


その機を逃さず光圀が電光石火の抜き打ちを金平に浴びせる。その太刀筋は寸分違わず金平の肩口に向かって振り下ろされた。


その場にいた誰もが光圀の「勝ち」を確信した。その無慈悲な一刀は間違いなく金平を左肩から心臓めがけて切り裂いたはずだった。


だが、斬り込みと同時に光圀の身体はその場で糸が切れたように崩折れた。金平の左肩には光圀の太刀が深々と食い込んでいる。そのままの状態で金平は光圀の胴体に渾身の力を込めて直突(ちょくづ)きを当てていた。


お互い一撃はほぼ同時だった。金平は肩に食い込む太刀の衝撃をものともせず、全ての力と体重を右拳に乗せて一撃を放った。その一撃は(たが)わず光圀の正中線に的中し、その衝撃の全てを彼の全身に叩き込んだ。全体重を乗せて放った一撃はその威力の全てを光圀に叩き込み、結果彼は後ろに吹き飛ばされる事もなくその衝撃を全身に巡らせてその場で砕け散ったのだった。


長い沈黙が続く。金平は仁王立ちのまま光圀を見下ろし



人間(ヒト)の技のままであったならば、あるいは俺にも勝機は無かったかもしれねえ。だがな……」



金平が肩に刺さった光圀の太刀を無造作に引っこ抜く。



()()()じゃ俺には勝てねえよ」



そう言ってクルリと背を向け、頼義の元へと戻って行った。

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