常州国府石岡・頼信、羊太夫と源氏の因縁を語るの事(その三)
「血、血だよ。人間の生き血。あの仏像はな、金を生むためにその全身に人間の生き血を吸わせる必要があるのさ」
頼義と金平はその真実を耳にして戦慄する。人間に富と幸福をもたらすはずの黄金が、その誕生のために人間自身を犠牲にする必要があるとは!!
「な、それを知っちまっちゃあおいそれと金を作ろうだなんて思わねえだろう。普通はな」
「それは、真実の事なのでございますか……?」
「ああ、間違いねえ。なんせ俺はこの目で見たからな」
「!?」
「まあ、褒められた話じゃあねえが、ウチんとこの親父殿ってのも、まあ、そこのデカブツが言うような『業突く張り』のお仲間みたいなお人でな。人間の生き血くらいで黄金が手に入るなら安いもんだと話半分な気持ちで、重罪人の処刑がてら試しに一つやってみるかという事になっちまってな。俺はその処刑に立ち会った」
「それで……?」
「言い伝えは事実だった、とだけ言っとく。俺はあんなおぞましいものは二度と見たくもねえし、その事を人に語るつもりもねえ」
「そうですか……わかりました」
「まあとにかくだ、流石に親父殿もあの光景を目にしちゃあそれ以上金を生み出そうなんて事は思い改まってなあ、村岡郷の良文公所縁の寺社にお祓いの封印を施してもらって長らく秘仏として誰にも知られる事なく隠しておいたんだがなあ。その後の事はお前さんがたの目にした通りのざまだ」
頼義はあの焼け爛れた平忠通公の屋敷の無残な姿を思い出す。結局隠し続けてきた「鉄妙見」は千葉小次郎らの手によって奪われてしまったわけだ。すると、彼らは今でも人間を犠牲に捧げながら血塗られた黄金を作り続けているということか。
「忠通様はその後お加減は?」
相模の流通を取り仕切る「鎌倉党」の頭目である平忠通は、鎌倉にある平直方邸で滝夜叉姫の手による「丑の刻参り」という恐ろしい呪法の的となって死の一歩手間まで追い詰められた。今でもあの地獄のような苦悶の表情を思い出すと背筋が凍る思いがする。それほどまでに強力で邪悪な呪いの法だった。
「あれからまあ体調の方は回復したよ。だが今回はあちらでお留守番だ。海回りで相模国を攻め込まれるとも限らんし、のこのこ下総まで来て例の呪いにまたぞろ食らう羽目になっちゃあ堪らんからな。鎌倉で直方殿と一緒に海岸線の防備に当たっているよ」
「そうですか、それは良かった……」
そう言いかけて、頼義はある事を思い出して父に尋ねる。
「父上、つかぬ事をお伺いいたしますが、直方様のご家中に『藤原則明』という人物がおられましょうか?」
「……?いや、知らぬな。直方どののご家中に藤氏の者はいなかったと記憶しておるが」
「では直方様のご縁戚に藤原姓の方がおりましょうか?」
「さて……たしか直方どのの奥方は藤原南家の係累の出だったと聞いた事はあるが、それがいかがいたした?」
「あ、いえ……まあ。……はあ」
頼義は一人納得が行ったらしく、深いため息をついた。
「ともかく、此度の忠常討征の儀、この頼義も参陣いたしまする。何なりとお申し付けくださいませ、大殿」
頼義は父の前に恭しく傅く。金平も仕方なしに頼信の前に膝を折った。
「うむ。お前は『八束小脛』たちとの戦闘経験もある。奴らの奇襲は変幻自在、少しでも奴らのことを知るものがいるのは心強いものだ。そなたの具足一式も用意してある。良き働きを期待しておるぞ」
「はっ!!」
頼義は力強く答える。二人のやりとりを見て、隣にいた碓井貞光は微笑ましいものをみるかのように満足げに目を細めていた。
伝令の法螺貝が低い音を立てて鳴り響く。その音に呼応して二千の大軍が静かにゆっくりと動き出した。細かく隊別に別れた小隊は一つ一つの人の塊となって順番に街道を行進して行く。頼義は金平と共に騎乗して輿に乗った大将頼信を護衛するようにそばについた。
下総国府まで行程二日。忠常との最初で最後の決戦の火蓋を切るための征討軍が今、進撃を開始した。無駄口一つ叩く事なく更新する熟練兵の集団の遙か上空に、また例の鳶が一羽、見守るように軍団の真上を弧を描いて旋回していた。