常州国府石岡・頼信、羊太夫と源氏の因縁を語るの事(その二)
「経基様が坂東に入られた頃には、実はもうすでに将門公は藤原秀郷公率いる押領使軍によって倒されておった。振り上げた拳のやりどころを失った経基様は行き掛けの駄賃とばかりに上野国に入国し、多胡郡の実質的な郡司であった羊太夫に対してあらぬ言いがかりをつけたのだ」
金平は頼信の話を聞きながらちらと頼義の方を見る。頼義は静かに父の話を傾聴しているが、明らかに「面白く無さげ」であった。
(まあ、無理もねえか。テメエのひい爺さんが立派などころか悪徳受領の典型みてえな悪行ぶりをこうも立て続けに聞かされちゃあなあ……)
「羊太夫は毎年内裏に参内して上駒や織物などの特産物を朝廷に献上しておったのだが、ある時期からパッタリと上京して来る事が無くなってな。経基様はその事を『朝廷に対して二心あり』と決めつけて手持ちの兵を率いて多胡の郡衙に攻め入った」
(またかよ……)
金平は何度も同じ手口で難癖をつける経基のワンパターンぶりに辟易とする。
「経基様も将門公の『鉄妙見』の噂を聞きつけていたのやも知れぬ。羊太夫のいる『八束城』を取り囲んだ経基様は羊太夫へ降伏と所有財産の引き渡しを要求した。羊太夫らは奮戦し長く抵抗したが、遂に八束城が陥落した所で羊太夫の一族郎党は皆殺しの憂き目にあったのだそうな」
「ひどい……」
頼義は唇を噛む。目の前で妻子縁類を虐殺された羊太夫の心中やいかばかりか、頼義にはその心の闇の奥深さを測ることはできなかった。
「だが羊太夫はその時死ななかったんだな。ああして今も生きているって事は」
「そうだな。言い伝えでは黄金の蝶となってひらひらと空を舞って逃げ果せたと聞く。配下の『小脛』と呼ばれた者もその姿を鳶に変じて空へ飛び立っていったと」
「ああ、そりゃあ本当かも知れねえ」
金平は多胡郡で八束小脛たちが鳶の姿から変身して襲って来るのを目の当たりにしていた。あの奇妙奇天烈な幻術も彼らの伝統的な得意分野であったらしい。
「残された羊太夫の一族の亡骸は七つの輿に押し込まれ、古塚にぞんざいに葬られたのだという。今でもその古塚は『七輿山』と呼ばれている」
「ひでえな、それでアンタんとこの爺さんの方はお咎め無しかよ」
「無かったな。表向きは将門公征伐のための補給物資の徴収という体裁で取り繕っていたようだ。もっとも、経基様の方もそれだけ派手にやった割に実入りはまるで無くて結局手ぶらで帰る羽目になったようだがな」
「へっ、結局兵を出した分経費が嵩んだだけかよ。そりゃあお寒いこって」
金平は頼信の前で平気な顔をして先祖に対して辛辣な言葉を吐く。
「……なるほど、わかりました。羊太夫は源氏から受けた迫害に対する報復の一環として忠常に協力していたという事ですね」
「まあ、そればかりでもねえだろうがな。元々羊太夫は将門公と近しい間柄だったらしいし、海の無い上野国は古くから下総国との結びつきも強い。あのジイさんだって商人としちゃあなかなかにエゲツないぜ」
頼義たちの後ろからふらりと碓井貞光が会話に割って入ってきた。
「貞光様……」
「よお、あの日以来だな。無事に生きてたか」
貞光はニヤリと笑う。
「貞光様、鎌倉の方面はあの後いかがでございましたか?」
頼義が貞光に聞く。貞光は少し顔を曇らせ
「あまり楽しい状況ではねえなあ。あちらからの海賊行為は収まっちゃあいるが、今度はあいつら合法的に東北からの物資を押さえ始めやがった」
「合法的に?」
「金だよ金。あいつら東北からの流通品をそれまでの相場の二倍三倍で買い叩いてやがる。端から端まで、金に糸目をつけずにな。お陰で陸奥の辺りじゃあちょっとした好景気に沸いてやがる。逆にこちとら北からの流通物資が完全に干上がっちまってお手上げ状態だよ」
貞光がおどけて両腕を上げる仕草をする。余裕のあるそぶりを見せてはいるが、事態は相当逼迫しているのだろう。
「で、まあ、結局のところ忠常を討つなり叩くなりしてアイツの勢力を削がにゃあこの先相模の税収もままならねえって事で、不本意ではあるが一発ここで白黒つけるためにひと戦、ってわけよ。とりあえずは私兵を率いての『私闘』って形になるがよ、上手いこと大義名分が通れば錦の御旗を立てて将門よろしくあの野郎も討伐して、その後残った房総の所領もがっちりいただけるかも知れねえしな」
最後に本音がチョロっと漏れ出てしまった。貞光もまた単に正義感で動いているわけでは無い。この坂東を制する者が誰か、そのパワーバランスを絶妙に見定めて自国への利益供与を少しでも多くもたらそうとあれこれ画策しているに違いない。
「はっ、相変わらず金儲けにせっせとご執心だな。いやだねえ所領持ちってのは、どいつもこいつもテメエんとこの利益ばかりしか考えてねえ」
金平が心底嫌がるように言い捨てる。
「まあそんなこと言うなよう。さっきの経基公の話だって、やり方はアレだが、それでも一族の繁栄を願っての行為なんだからよう」
「言ってろ業突く張り。とっつあん『鉄妙見』の事だって俺たちに本当のこと隠してやがったろう?」
「あん?何の事だい?」
「惚けんなよ。何が『将門の隠し財宝』だよふざけやがって。羊太夫に聞いたぞ、大方アンタらだってあの『鉄妙見』の奇跡を使って散々財宝を溜め込んでやがるんだろう?」
「……お前さん、その事を聞いたのかい?」
急に貞光が真顔になって金平に聞く。金平も貞光の態度が急変した事を察して言葉に緊張が走る。
「……ああ、聞いた。あの『鉄妙見』は自分自身で無限に金を生み出す『鬼』の一種だと」
二人の間に殺気が走る。頼義も不穏な空気を察して身構える。それを見ていた頼信が助け舟を出すように会話に混ざった。
「貞光どの、ちゃんと説明してやってくれ」
貞光は頼信の仲裁にニッと皮肉な笑顔を浮かべて答えた。
「そうだな、金平をからかうのはよしにしとこう。金平よ、誓って言うが俺たちはあの仏像を使って金を溜め込んだりはしていない。忠通も『鉄妙見』の正体は知らねえんだ。アイツは本当にアレが将門公の隠し財宝の地図ではないかと考えてる。あの仏像の正体を親父殿から聞いたのは俺だけだったからな」
「へっ、どうだか」
「まあ聞けよ。確かに『鉄妙見』には金を生み出す魔法の力があるらしい。だがその『奇跡』を起こすのには一つの『条件』があるんだよ」
「条件?何だよそりゃあ」
「あの仏様はなあ、タダで金を生み出してくれるほど慈悲深いお方じゃあねえのさ。その奇跡を呼ぶには供物が要る。そう……」
貞光が金平を睨みながら鼻息を一つ大きくついて言う。
「人間の生き血という供物がな」




