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常州国府石岡・頼信、羊太夫と源氏の因縁を語るの事

「……すまねえ大殿、言ってることがよくわからねえんだが。つまり何かい?忠常(ただつね)小次郎(こじろう)は同じ人物で、同じ人間が二人同時に存在するってえのか?」


「そうだ」


「はあ?」



金平はやっぱり頼信(よりのぶ)の言っていることがわからない。



「……もしや、『肉芝仙(にくしせん)』……?」


「へ?」


「かつて将門(まさかど)公に仕えた軍師にして妖術師、その者の仕業では……?」


「知っておったか、肉芝仙の事を」


「はい、羊太夫(ひつじだゆう)より聞かされました。なんでも承平の乱の折に将門公は肉芝仙の術によって七人の分身を影武者として使い、敵を翻弄したとか」


「うむ、聞いた話では将門公は俵藤太(たわらのとうた)こと藤原秀郷(ふじわらのひでさと)公の手にかかるまでに都合五度その命を絶たれたと言う。だが将門公はその度に別の場所で名乗りを上げて幾度も蘇ったとな。説によってはそれは息子である良門(よしかど)公が姿を似せて振舞っていたのだとも言われておったが、成る程、肉芝仙ほどの術者であるならば、そのようなことも可能であったやもしれぬ」


「少なくとも羊太夫にはそう説明されました。そして、肉芝仙は将門公に『七星転生(しちせいてんしょう)』の秘術も施したと」


「七星転生?」


「はい、将門公はその魂を血の中に溶け込ませ、子孫の中に適合者が現れた時、その者の肉体を通じて復活されると」



頼信が「長男」たる娘に顔を向ける。



「ほう……つまりその『適合者』が忠常であったと。忠常の体を通して将門公は復活し、再びその身を七つに分けて影武者として使役している。その一人が『千葉小次郎(ちばのこじろう)』であると。成る程そういう事か」



頼信親子は互いに得心(とくしん)がいったように頷きあう。一人取り残された金平は



「つまり……どういう事だってばよ!?」



やっぱりわかっていなかった。



「忠常は自身を含めて七人の影武者を使っている。そのうちの一人が『千葉小次郎』であると、そういう事です」


「なるほどそうか。要するに忠常も小次郎もぶっ飛ばしちまやあいいんだな」


「わかってるのかなあホントに」



頼義は本気で心配になってきた。心底哀れむような父の視線が痛い。



「しかし、羊太夫も良くも易々と手の内を明かしたものだな。『敵』である我らにわざわざそのような内情を喋る義理でもあるまいに」



父が疑問を抱くのもわかる。そこは頼義にも測りかねる所だった。その事さえ知らなかったらこちらは忠常に対してさらに後手に回る所だったであろう。その謎を推測する前に、頼義は父に向かって一つ質問をした。



「父上、羊太夫は我が一族を『仇敵』とはっきり申しました。家祖である経基(つねもと)様に対してひとかたならぬ『怨み』を抱いていたように見受けられます。一体『多胡(たご)氏』と我ら『源氏』との間に如何様(いかよう)な確執があったのでございましょう?」



ある程度の予測はついていたのであまり聞きたい質問ではなかったが、羊太夫の真意を探るためには聞かぬわけにはいくまい。頼信もあまり話したいそぶりではなかったが、ため息をついてまずは「源氏」の成り立ちから細かに説明しだした。



「そも、我が一族の興りは清和の帝の御孫であられた親王殿下が臣籍に降下されて『源氏』の姓を賜った所より始まる。親王は御名を『源経基(みなもとのつねもと)』と改められ、一世源氏として武蔵介(むさしのすけ)の任に封ぜられた」



頼義は頷く。そこまでは彼女も知っているごく普通の家系史だ。そこからどのようにして「羊太夫」と絡む事になるのだろうか。



「経基様は着任後すぐに現地の検注(けんちゅう)を行おうとされたのだが、その際に現地の郡司に『国司の着任前に検注を行うは先例無き事』として拒否された。その事を不服に思った経基様は事もあろうにその郡司の所領である足立(あだち)に攻め入り、略奪の限りを尽くしたのだ」



金平はそれを聞いて呆れ顔になる。曲がりなりにも皇族の一員であった者がする行為では無い。とは言えこの時代の国司、受領(ずりょう)と呼ばれる役職の者はどこもこうした傾向が強かった。国司の第一の仕事は「徴税」である。現地の収入を管理し、それに見合った税率で民から租・庸・調と様々な形で徴税を行うわけだが、それを監査する第三者機関があるわけでも無い地方においては、その税率は国司の胸先三寸で好きなように扱われていた。律令(りつりょう)に定められた税率の二倍三倍の高さで徴収するのなどはザラで、さらに高い税率で住民に圧政を敷く悪徳受領も後を絶たなかった。


「清和源氏」の祖たる源経基公もまた「受領は倒るる所に土を掴め」と後世評された如くに貪欲に土地の資源をほしいままに吸い上げる気に満ち満ちていた様子で、その事を警戒されての郡司たちの判断だったのであろう。しかし、その報復として郡衙(ぐんが)一帯を焼き払い、その財産を全て没収するなど狂気の沙汰である。当時この坂東(ばんどう)という地域がいかに無法であったかを物語る良い一例であった。



「さて、足立郡司の訴状を受けてその和解のために仲介役として買って出たのが下総(しもうさ)に居を構えていた平将門(たいらのまさかど)公であった。公は両者の言い分を聴取するために私兵を率いて武蔵に赴いたわけだったが、経基様はこれを自分を討つための侵略行為だと思い違いなされ、そのまま京に逃げ帰って『将門公に謀反の意思あり』と誣告(ぶこく)をされた。朝廷は驚いて事の次第を詮議したが、常陸(ひたち)下総(しもうさ)下野(しもつけ)上野(かみつけ)、武蔵の五カ国の国府から『事実無根』の証を立てられたために、逆に経基様は讒言(ざんげん)(虚偽の訴え)の(とが)で拘禁されてしまったのだ」


「ははは、そりゃあザマねえな。しかしなんだよ、将門ってやつはそんあに人望のあるヤツだったのか」



金平が豪快に笑い飛ばすのを頼義が伏せた眼のままキッと睨みつける。



「武蔵に限らず、国司と地元の住民との間に起こる軋轢(あつれき)は今に始まった事ではない。将門公は当時周辺諸国のこういった騒動を調停するために私財を投じて不当に搾取された私有財産の補償に当てたりと骨を折っておられたそうな。その事もあって坂東では将門公を慕う勢力も少なくはなかった」


「へえ」



頼信の説明を聞いて金平は少し意外な気もした。血も涙もない独裁者という印象だった将門だったが、そのような一面も持ち合わせていたのだ。


頼義もそこまで聞いて苦い顔をする。家祖である経基は頼義から見れば「曾祖父」に当たる人物である。その人がかように私欲にまみれた、ある意味「人間くさい」とも言えるが……俗物であったという事実に顔をしかめずにはいられなかった。



「しかし、嘘から出たまことと申すべきか、その後将門公が『新皇』を名乗り本当に坂東において謀叛を起こすに至り、経基様は讒言の罪を赦されて征東大将軍藤原忠文公の副官として坂東に再び赴いた。そして、経基様はかつて自分を陥れた将門公と五カ国の国府の者への恨みを忘れてはいなかった。その復讐の一番手に狙われたのが、上野国だったのだ」

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