常州国府石岡・頼義、父の幕下に入るの事
八束小脛の追撃を振り切った頼義と金平は駅路を伝って父頼信のいる常陸国国府を目指した。
金平はふと空を見上げる。夜中は見当たらなかったが、日が射すとほぼ同時刻に例の鳶らしき猛禽が付かず離れず飛んでいるのが見える。思えば鎌倉を出立した時も、武蔵国を通り過ぎた時にも空には鳶が飛んでいたような覚えがある。この地域ではよくいるものだと見過ごしていたが、もしかしたら当初よりあの鳥に見張られていたのかもしれない。
「一応味方らしいんだが、どうにもうさん臭えなあ、あの野郎は」
金平は一人呟く。金平に抱きかかえられるように鞍にまたがる頼義が「何ですか?」と聞いても金平は曖昧な返事しかできなかった。
鳶の守護のおかげか、常陸国の国府である石岡までは追撃を受ける事なく無事に到着した。二人は早速国庁へのぼり頼信への面会を求めた。すると庁員は練兵場へ向かうように二人を案内する。たらい回しにされるようにして二人が町外れの兵庁舎に着くと、そこには臨戦態勢で待機している正規兵の軍団が広場一面に整然と並んでいた。
歩兵、弓兵、騎馬、輜重隊……どう見ても暴動の鎮圧へ向かうと言う規模のものではない。明らかに遠方へ遠征へ向かう装いだ。
「こりゃ驚いたな……大殿はどうやら迎え撃つどころか忠常に向かって打って出る心算らしいぜ」
金平は呆れたように軍勢を見回す。どちらかというと兄頼光に比べてはいささか武勇の誉に乏しいきらいのある頼信公だが、一旦事を起こせば兄にも劣らぬ剛勇の将である事を金平も良く知ってはいた。が、それにしても昨日の今日でこの大掛かりな軍装を整えるとは、あるいは頼信は忠常との会見よりも先にすでにこの戦支度を始めていたのではないか?金平はそう勘ぐった。
「いずれにしても、まずは父上に事の顛末をご報告しましょう」
頼義たちは馬から降り、赤い幟を立てた伝令隊らしき武者に声をかけた。
「お頼み申す。常陸国守名代頼信大介様にお目通り願い奉る。当方大介様が嫡子、前左馬助頼義、上野国より帰参致し候、お目通り願い候」
頼義が朗々と口上を述べると、頼義の顔を見知った家中の者が急ぎ取り次いでくれた。父は相馬御厨で纏っていた軍装そのままに馬上の人となる直前だった。その隣には先だって鎌倉で別れた四天王の一人、碓井貞光がこれまた甲冑一式を着込んで並んでいた。彼の後ろには碓井家の旗印である「九曜紋」の幟が立てられた一軍が控えている。一旦箱根の所領に戻った後、自軍を率いて頼信と合流したのだろう。あの会見からまだ十日と立っていない。その事からしても、頼信が相馬御厨での会見より前に既に忠常とは一戦交えるつもりでいたことは明白であった。
「父上、頼義只今上野国多胡郡より帰参致しましてござりまする」
「うむ」
恭しく平伏する二人に頼信は相変わらず素っ気なく返事をする。その態度を見て金平が顔を上げる。
「……恐れながら、大殿におかれましては申し上げたき議がござりまする」
「金平、控えよ」
「うるせえ!おい大殿さんよお、アンタあの『羊太夫』が忠常と内通していた事、初めから知ってたんじゃねえのか?それを知っててウチの殿さんを送り込んだってえのか?」
「いかにも。羊太夫は当家に因縁ある身。いずれ確執は生じようという予測はあった。八束小脛どもが千葉小次郎なる輩に手を貸している以上、羊太夫が忠常に利益供与を行なっている事は容易に想像がついた」
「だったらなんで初めからそう言わねえ!?アンタ自分の子供が殺されても構わねえってえのかよ!?」
「その程度の窮地であたら無駄に命を散らすような者に武家の棟梁など勤まらぬ。いっそその場で死なせてやったほうが幸せだ」
「な……て、テメエ!!それが親の言う事かよ!!」
「金平!!黙りなさい、陣中であるぞ!!」
「黙ってたまるか莫迦野郎!!俺はよう……!!」
「帰ってきたではないか」
「ああ!?」
「現にこうして無事に帰って来た。それで十分ではないか。そなたの護りあっての功績、誇る所こそあれかように喚き立てる事態でもあるまい」
「無事じゃねえ……!無事じゃねえんだよ大殿。光圀のおっさんは……」
「光圀が、いかがいたした?」
「……羊太夫の屋敷において八束小脛どもの急襲に会いました。光圀どのは我らを逃がすために……」
「死んだか」
「……わかりませぬ」
「左様であるか……」
流石に頼信も光圀の訃報は思わぬ衝撃だったようだ。
「……あれは、お前たちも聞いたやもしれぬが忠常と遺恨があってな。今回多胡に向かわせた際にも彼奴には羊太夫に含む所ありと伝えてはあった。あの者はそれでも妻の行方と父の仇の所在が知れるならばと、端から死を覚悟しての此度の任務であった」
「!?」
「奴がここにおらぬという事は、いたのだな?千葉小次郎を名乗る忠常が、そこに」
「……はい」
「ならば父の仇、妻の仇を目の前にして尻尾を巻いて逃げ帰る男ではあるまい。悲願が成就したか否かは知らず、何れにせよあの者の人生の目的は果たせたという事だ」
「……父上、千葉小次郎はやはり平忠常本人でございました。しかし忠常は父上と会見されてから上総に向かったはず。どのように急いでも我らより先回りして上野に入る事はかないませぬ。あの時、父上と会見した忠常は何者だったのでしょうか……?」
「何者も何も、忠常本人であった事は間違いない。あれの顔はこの私が一番良う知っておる」
「しかし、上野であった小次郎もまさしく忠常本人でございました。まるで忠常が千葉小次郎と分離して同時に存在しているかの如くに」
「つまり、そういう事であろう」
「は?」
「まさしく、忠常と小次郎は同じく一人の存在。それが二人の人間として存在しているのだ」
頼信の説明に、金平は全く理解が追いついていなかった。




