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総州手下浦源頼信陣幕・頼義、忠常と相対するの事(その二)

「は?」



平忠常(たいらのただつね)が反射的に聞き返してしまう。頼義は笑顔のまま



「鎌倉の平忠通(たいらのただみち)様のお屋敷を襲撃して焼き討ちにした後、秘蔵の『鉄妙見(くろがねみょうけん)』を掠取(りゃくしゅ)するとは、いい大人のする事にしてはいささか()()()の度が過ぎるのではありませんか忠常どの、いえ……千葉小次郎(ちばのこじろう)!」


「…………!」



金平は思わずニヤリとする。



(うちの大将、やりやがる……!)



てっきり餌になりそうな言葉をチラつかせて搦手(からめて)から相手の反応を伺うものだと思っていたら、よもや単刀直入にいきなり核心をついてくるとは。どの様な答えを準備していたかは知らないが、これは流石(さすが)に忠常も思いもよらぬ先制攻撃だったろう。



(なかなかどうして、この若さで駆け引きの()()をよくわきまえてやがる)



金平も胸うちで感心しながら忠常の反応を待つ。だが返ってきた忠常の答えは予想外のものだった。



「小次郎の事をご存知でおいでですか頼義どの」


「え……?」



さすがに頼義にもこの返答は想定外だったらしい。まさか忠常がアッサリと千葉小次郎の存在を認めるとは!



「なぜ私を小次郎とお間違えになったのかは存じあげませんが、千葉小次郎は確かに私の家中の者です。『八束小脛(やつかこはぎ)』という金堀師(かなほりし)の集団を取りまとめている男なのですが……」



頼義は呆れてしまう。小次郎どころか八束小脛との関係までアッサリと公の場で告白するとは。



「ああ、確かに彼らに対して心無い風評が立っているのは事実です。特殊な職能に特化するうちに独自の習わしや風体をしているために誤解を受けやすいのですが、あの者たちはみな優秀な技術者なのです。彼らたちに対する(いわ)れのない偏見や差別を取り払い、共存して行く道を探るのもまたこの坂東(ばんどう)を統べる者としての責務。頼義どのも一度下総(しもうさ)までお越しになって彼らの働きぶりを是非ご鑑賞下さい。ちょっと変わったところのある連中ですが、皆気のいい仲間ですよ」



そう語る忠常の顔はやや陰って見える。土蜘蛛(つちぐも)、八束小脛などと呼ばれ、夷狄(いてき)として制圧されて行く彼らの身の上を心底案じている様に見えた。



(その()()()()()()に三度も殺されかけたんだがな……)



金平は心の中で皮肉に笑う。



「左様でございましたか……これはやくたいもない事を申しました。ご無礼お許し下さい。して、つかぬ事をお伺いいたしますが、忠通様はその『千葉小次郎』の面体(めんてい)をご覧になられたことは……?」



頼義がもう一つ切り札を切る。忠常が小次郎本人であるということをあくまでしらばっくれるつもりならば、両者の顔が瓜二つどころか「全く同じ」である事実はどう説明をつけるつもりだろうか。



「顔……ですか?」


「はい」



忠常はまた困った様な表情を見せる。さあどう答える?



「実は……お恥ずかしい話ながら、()()()()()()()()()()()()()()()



忠常はこれまた馬鹿正直に真相を語った。



「彼らには独特の風習があると申しましたが、彼らは成人になるとみな人前では青銅の仮面を被って過ごします。なんでも、鉄や金を熱して溶かし、形打つ時に出る熱や火花から顔や目を守るためにつけたものの名残なのだそうで、こと小次郎にいたっては長年の鉄打ちの影響で顔の所々にひどい火傷の跡が幾重にも重なっており、到底人前にお見せできるものでは無いと(かたく)なに(おもて)を外すことを嫌がりますので。顔など、いかようであっても私にとって彼は掛け替えのない『仲間』だというのに……」



目を伏せてそう語る忠常の言葉を耳にして頼義は混乱した。彼の口ぶりを聞く限り、嘘を並び立ててとぼけているわけでは無い。彼女の鋭敏な耳は人間の些細な心の動きも逃さずに聞き分けるだろう。人は嘘をつけば必ずなにがしかの体調の変化を起こす。唾が出なくなったり、動機が激しくなったり、少なくとも事実を語っている時と同じ平静さで人は嘘をつくことはできない。そんな微細な変化も頼義の耳は捉えるだけの鋭さを持ち合わせていた。


しかし忠常の言葉からは嘘をつくことによる緊張も動揺も察することはできない。彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


では彼は本当に千葉小次郎では無いのか?忠常自身、小次郎の顔が自分と「同じ」であるという事を知らないという事なのか。



(忠常どのもまた利用されている、ということなのか……?)



小次郎と忠常は別人物……確かにそうでなければ、忠常に小次郎につけた額の傷が無い事の説明がつかない。むしろそうである方がよほど自然である。仮にも宮中に仕えたこともある人物が東国の夷狄の頭目であるなどと言ったら大半の人は笑い飛ばすだろう。



「いかがなされました?お顔の色が優れぬ様ですが……」



一人考え事に夢中になっていた頼義は忠常の呼びかけでハッと正気にかえる。



「失礼、どうやら飲み過ぎた様で……少し風にでも当たってまいります」



頼義は笑って忠常の元を離れる。酒など一滴も飲んでいないが、頭の中でいろいろな事がグルグルと目まぐるしく回転して本当に酔った様な気分になってきた。ここまでの情報を整理するためにもいったん座を離れて頭を冷やす必要があった。


陣幕の外には手下浦(てかのうら)の波打ち際がすぐ目の前に(のぞ)んでおり、冷たい潮風が頼義の火照る頰を冷ますように吹き付けた。地形の入り組んだ内海は四方から波が押し寄せ複雑な波形を水面に刻む。



「……本日は私ごときのためにかような過分なるおもてなしをいただき、誠に感謝申し上げます。これからも皆々様と末長いお付き合いをお願い申し上げまする。つきましては、ささやかではございますがほんの手土産がわりに……」



高らかにそう(そら)んじる忠常の声に続いて「おおう」という歓声が陣幕の中に響き渡る。また忠常が臨席の貴族や武士たちに金品を派手に振舞っているのだろう。忠常はその無尽蔵(むじんぞう)とも思える財力を駆使して地元の武士どころか中央の貴族たちまで手なずけようとしている。時が進めばいずれは戦さなど起こさずともこの日本中の全ての土地を金の力で買収しかねないほどの勢いだった。



「ヤロウのあの財力……本当に『鉄妙見』が金を生み出してるとでもいうのか?マトモじゃあないぜあの金満ぶりはよう」



金平が陣幕の向こうを伺いながら吐き捨てる様に言う。外に出てから頼義は一言も口を開かず考え事に没頭している。金平も忠常の発言を思い起こしながら事実のありかをなんとか探ろうと励んだが、案の定途中で考えがまとまらなくなり、くすねてきた酒瓶をあおっって大きな息を吐いた。


頼義は黙ったまま動かない。

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