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総州相馬御厨手下浦・源頼信頼義親子、平忠常と会見するの事

「遅参だぞ頼義」



会うだに最初の一言がこれである。普通の子弟ならこれだけでグレかねない素っ気なさだが、頼義は頼義でこの淡白な父親の態度を「いつものこと」と意にも介さず



「申し訳ありません。敵襲に会いました」



とこれまた素っ気なく凶事を報告する。



「そうか」と、一言答えただけで「息子」の危機を心配することも無く聞き流した頼信は、ジッと頼義の顔を眺めながら



「そなた一人か?」



と聞いた。



「いえ、金平と、相模で合流した大宅光圀(おおやけのみつくに)どのと一緒に参りました」


「いや……はて、先程鎌倉の平直方(たいらのなおかた)どのより書状が届いてな、お前に供回りとして近習(きんじゅ)の者を一人つけたのでよしなにと書いてあったのだが、一緒ではなかったのか?」


「供の者ですか?いえ、そのような……」



頼義は小首を傾げる。鎌倉を出立した時、直方卿もお見送りに顔を出して下さっていたが、特にそのような事付けは受けていなかった。どこかで行き違いでもあったのだろうか。



「まあ良い。あと半刻ほどで忠常どのが参られる予定だ。お前も参列せよ。和平の調停ゆえ、くれぐれもお相手に失礼のないようにな」



頼信が「息子」に向かってそう言う。頼義は「おそれながら」と頼信の前に進み出でて言上(ごんじょう)する。



「父上、いえ、大殿におかれましては即刻この場を下がり、急ぎ撤退を進言いたします」



陣幕の内にいた者たちが騒つく。突如現れた「息子」と名乗る少女が発した予想外の発言に、周囲は静かに色めき立った。



「いかな理由でか?先程お前が申した『敵襲』に関する事であるか」



頼信は動ぜずに頼義に問う。



「然り。上総介忠常はすでに坂東一帯の『まつろわぬ者』どもを掌握して上野国(かみつけのくに)への進軍の準備を進めておりまする。ここは一刻も早くお戻りになられて本格的な戦の準備をば……」


僭越(せんえつ)であるぞ頼義どの」



頼信のそばにいた太政官(だいじょうかん)派遣の調停士らしき人物が言葉を遮る。



「忠常どのは正式な書面によって恭順の意をこちらに示しておられる。(みだ)りに人心を惑わすがごとき発言は感心しませぬな」



都人(みやこびと)らしい、武家を一段下に見る小馬鹿にしたような口調で調停士が咎める。ここでこの調停の場が壊されるような事になればわざわざ国府から遠くこの辺境の地まで赴いた自分の立場が台無しにしかねない。そんな事を言う彼女に、この小役人は腹を立てていた。



「ご無礼を承知であえて申し上げまする。ここに参上する途中、手前ども一行は『八束小脛(やつかこはぎ)』と称する異形の者どもの襲来を幾たびも受け申した」



「八束小脛」とう言う名を聞いて、再び周りにいた者たちに不穏な空気が流れた。その名を名乗る異形の集団が坂東の各地で問題を起こしている事は皆も知るところであった。彼らは租税を納めず、略奪と破壊を繰り返し、またひとところに定住せずあちこちへと移動をしながら行く先々で反朝廷行為をおこなう、頭の痛い連中であった。



「八束小脛などの土蜘蛛(つちぐも)一党が忠常どのの軍門下に降ってその尖兵となって動いていると、そう申すのだな?」



頼信が重ねて問う。



「それだけではございませぬ。忠常どのは大殿の上野国、忌部(いんべ)氏の治める安房国(あわのくに)へも攻め入り、然る後奥州の安倍氏や清原氏などへ呼びかけて東北地方の豪族と夷狄の勢力を統一した新国家を打ち建てる所存にござりまする」



頼義が語った陰謀のあまりの「大風呂敷」ぶりに、調停士の官人も周囲にいた地元の武士団の連中も口をあんぐりと開けて呆然とした。



「た、たわけっ!畏れ多くも帝のおわす朝廷に対して、そ、そのような大それた事を、あ、あ、あの忠常如きが画策するわけがないっ!!」



調停士の男が口から唾を飛ばしながらまくし立てる。周囲の者も、この「息子」と名乗る盲目の少女が申し開きした敵の「陰謀」のスケールの大きさに呆れ顔を並べていた。



(なんとも……このような御仁が源氏の次期棟梁(とうりょう)とは……)


(見ればまだ年端もいかぬ若造、しかも女子ではないか。上野どのもさても酔狂な……)


(このような者を将来棟梁(とうりょう)と仰ぐ事になるとは、いやはや源氏も先が思いやられるわい……)



周囲から呆れたような嘲笑の声が小さく響く。頼義はそのような雑音には耳も貸さずに頼信に向かって進言を続けた。まだザワザワと小声が低く響く周囲の武士たちに向かって金平がひと睨みする。金平の場合脅しではなく、事と次第によっては本当にこの場で暴れ出して皆殺しにしかねない、そんな空気がまざまざと見て取れたので、それを察した者たちはキュッと体を縮こまらせて口をつぐんだ。



「……それが平忠常、いえ、『千葉小次郎(ちばのこじろう)』の本当の目的です」



最後に頼義がいった名前を聞いて、周囲がさらに動転した。近年この坂東各国に名を馳せる悪逆非道な蝦夷(えみし)の頭目が、事もあろうに朝廷から任命された国司である平忠常だと言うのか!?



「た、た、た……そ、そ、その……」



調停士は怒りと混乱で口が回らず、ただ脂汗を流すばかりであった。頼信はその間じっと押し黙って頼義の話を聞いていたが、最後に



「忠常どのがその『千葉小次郎』であると言う確証は?」



と聞いた。頼義は静かに答える。



「我らは先日千葉小次郎を名乗る人物と遭遇しました。その者の容貌は紛れも無く上総介忠常のものでありました。それはここなる大宅太郎光圀が間違いない事を証言いたしておりまする」



側に控える光圀がうなづく。光圀は頼信の家人として長らく平忠常と職場を共にした間柄である。その人物が見間違えるはずがない。



「しし、しかし、しかしであるな……」


「おそれながら……」



光圀が調停士の前へ出て膝を折る。



「先だってその『千葉小次郎』と称する八束小脛の男と一戦交えた時、拙者がかの者の額に一刀を浴びせてござりまする。一日二日で治る傷でなし、まこと忠常が『千葉小次郎』であるならば、その額には間違いなく拙者が打ち込んだ刀傷が残っている事でござりましょう」


「き、傷……?傷とな……」



調停士はそれ以上言葉が出ず口をつぐむ。長い沈黙の後、それまで目を(つむ)って頼義たちの話を聞いていた頼信は、そこまで聞き終わるとゆっくり目を開き、頼義に告げた。

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