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武州豊島駅・千葉小次郎、仮面を外すの事

「お申し出はかたじけのうございますが、この話、聞かなかった事にいたしましょう」



頼義は穏やかに、しかし決然としてそう答えた。それを耳にして金平は心ならずもホッとしている自分に気づく。まさか彼女に限ってそのような事はあるまいと確信はしていたが、それでも心の何処かに「もしや……」と懸念するところが金平の胸中にはあった。


あの、青く光る瞳を思い出す。神の如き、いや神そのものの力を有している「アイツ」に、もし何がしかの野心があるのだとすれば、それを自分は止められるのだろうか……



「上、武、相の三国をいただけるというお話は中々に魅力的ではございますが、わざわざ西三国を預けるという事は、おおかた本音は坂東八州を平定した後に殺到するであろう朝廷の追討使(ついとうし)軍を足止めする盾になさるおつもりなのでござりましょう。つまり、忠常(ただつね)どのの真の目的は京の征服ではなく、東へ……陸奥(みちのおく)方面への進出と見ました」


「ほう……これは慧眼(けいがん)、よくぞ我らの目論見(もくろみ)を看過なされた。確かに、我らの当面の矛先は都ではなく、東北の蝦夷(えみし)どもの統一よ。日本(ひのもと)の半分を平らげ、彼らと共に新しい国家を築き、しかる後に朝廷と雌雄を決する。それまではせいぜい都の邪魔を防ぐ人柱になってもらおうというのがこちらの本音であったが……その若さで、しかも女子の身でありながらたいした戦略眼だ。この千葉小次郎、心より感服いたした。さすが、都を鬼の襲撃から守り通した『不動将軍』の二つ名に偽りは無かったな」



そう言って礼を取る小次郎の態度は、心なしか楽しげな風だった。仮面のせいでその表情はうかがえないが、おそらくは笑みを浮かべている事であろう。



「残念ながら将を射る事は叶わなんだが、はたして(こま)の方は如何(いかが)かな?まずはそこの長槍のお方。どうであろう、我が軍につけば褒賞は思いのまま、(いくさ)働きいかんによっては将軍も左大臣の地位も思いのままであるぞ」



千葉小次郎は剣鉾(けんほこ)を構える金平に向かって誘いの言葉をかける。



「お断りだバーカ。俺は二君に仕えるほど小器用な人間じゃねえや。俺の主人は生涯このちんちくりんのガキんちょだけだ。少々頼りねえがしょうがねえ」


「あー、またガキんちょって言ったー!自分はうすらデカちんのくせにー!」



頼義が場違いな表情で頬を膨らます。どうやらいかなる場合においても自分を「ガキんちょ」呼ばわりする事は許されざる禁忌であるらしい。



「デカチン言うなデカチンって!!……コホン、とにかくな、お前さんのお誘いはお断りするぜ、悪いな」



金平が唾棄(だき)するように言い捨てる。



「そうか。まあこちらも図体がデカいだけの木偶(でく)の坊に来られても困るでな」


「なんだとコノヤロー!!」



小次郎はあっさりと見切りをつけて金平から視線を外す。金平は虚仮(こけ)にされて怒り心頭だが、小次郎はそんな金平に構いもせず



「ではそちらの御仁はいかがかな?」



続けて奥に控えて太刀の束に手をかけている大宅光圀(おおやけのみつくに)に声をかける。



「そなたの手並み、その見事なる太刀さばき、目にするだに実に胸のすくような手練の技であった。手下に(つはもの)を持たせればさぞ縦横無尽に戦場を駆け抜けてくれようぞ。あたかも赤兎馬(せきとば)を得た(フェイ)将軍の如きに、な」


「……俺に呂布(りょふ)奉先(ほうせん)のように主人(あるじ)を裏切って他の主君に使えよと?」



光圀の目が光る。裏切りに裏切りを重ねた三国志の飛将軍、呂布に例えて自分を勧誘する眼前の仮面の男を睨みつける。


「裏切りなどと聞こえの悪い。『返り忠』とでも申すがいい。古今東西、忠義などというものは所詮その場その時で対象が変わるものよ。要は強い者に付くが吉という事だ。聡明な貴様ならわかりおろう」



小次郎は光圀に対してまるで旧来の友人であるかのような親しさで誘いかける。



「いかがかな、大宅太郎光圀どの」


「断る」



逡巡する間もなく光圀は即答した。



「これは手厳しい。一考の余地も無いとは。何故に?」


()()()()()()()()()()



光圀が答える。一触即発のこの場で冗談とも本気ともつかぬ事を大真面目に言うこの人物の心の奥底の()()()()に、金平は半ば呆れていた。



「声、声かあ。では致し方あるまいなあ。ははは、まったく、お前さんは変わらぬ男よなあ。私としてはお前さんを敵に回したくは無かったんだがな」



それまで重厚な態度を取っていた千葉小次郎が突然あっけらかんとした声で笑い声をあげる。その態度の豹変に金平も頼義も不意をつかれた格好になった。


その緊張の糸が緩んだ一瞬の隙を逃さず、小次郎が動いた。しかしそれよりも早く光圀は二間以上離れていた間合いを一気に詰め寄り、抜き打ちの一刀を小次郎めがけて振り下ろした。


一瞬だけ前に踏み出した小次郎は光圀の抜刀に反応して即座に後ろに下がる。それでも光圀の電光石火の抜刀術の前には完全にはかわしきれず、キン、という甲高い音を響かせて青銅の仮面が砕け散った。



「…………!!」



千葉小次郎は慌てて手で顔を隠す。顔面を覆った右手の指の間から血が一筋、二筋と手の甲を伝う。小次郎は切っ先を引っ掛けられて額を割ったようだ。



「クッ、流石(さすが)に貴様を前にして不意打ちの奇襲をかけるのは無謀か……」



常人ならば即死していてもおかしくない程の致命傷を負いながら、それでも小次郎は距離を取ろうと後ろに下がる。同じ呼吸で光圀もピタリとついて離れない。ダラリと下がった剣先に殺気が再び蘇る。


「貴様と茶番に興ずるつもりは無い。いつまでも遊んでないで正体を(さら)せ、千葉小次郎(ちばのこじろう)、いや……」



光圀は二の太刀を振るうべく剣を小次郎に向ける。



平忠常(たいらのただつね)……!!」

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