相州鎌倉平直方邸・平忠通卿、鉄妙見菩薩像について語るの事(その二)
「我が祖父の名は『平良文』という。高望王の五男で、将門公の叔父にあたるお方だ。祖父は将門公と共に実兄である平国香公と常陸国の所領を巡って衝突しておってな、上野国の染谷川という所で両軍相討ったのだが、初戦は将門・良文軍の惨敗だった。自害一歩手前というところにまで追い込まれ、七騎のみで命からがら『引間』という地にまで逃げ延びた将門公と良文公は、そこの『七星山息災寺』に祀られている『七星鉄妙見菩薩』に必勝祈願を行ったところ、見事逆転勝利を果たしたのだという」
平忠通卿は先ほど出た「鉄妙見」の出自をそこまで一息に語る。
「その『染谷川の合戦』での勝利に気を良くした将門公と祖父は、畏れ多くもその『鉄妙見』を祀られていた寺社から取り上げて己がものとしてしまったのだ。『鉄妙見』からどのようなご加護とお導きがあったのかはわからぬ。だがそれ以来将門公の覇業は勢いを増し、瞬く間にこの坂東八洲を平らげるまで至った」
「だが将門は最後には敗れたんだろう?俵藤太率いる押領使軍に」
「そうだ。最終的に将門公は『鉄妙見』の加護を失って敗北する運命となった」
「その原因はアンタの爺さんがそれを盗んだからか?」
「……そうだ」
忠通の顔に暗い影が指す。忠通は痛む身体を無理に引き起こして金平と正対した。
「二人の間に何があったのかは知らぬ。ただ最終的に祖父は将門公と袂を分かち、結果『承平の乱』においても反乱軍に加わることは無かった。将門公から『鉄妙見』を奪った良文公は群馬の三嶋神社に仏像を納め、続いて武州の宗像神社や秩父へと次々に『鉄妙見』を移し、最後にここ相州の村岡郷に自ら居を移し、『村岡五郎』と名乗って『鉄妙見』を守護しておられたのだ」
金平は考える。それだけ頻繁に居場所を移していたという事は、その後も執拗に「鉄妙見」を狙う者がいたという事だろうか。
「その『鉄妙見』ってえのはどんな仏さんだったんんだい?」
「先ほども言ったが、取り立てて目を引くような逸物ではない。型に鉄を流し込んで鋳造しただけのお粗末なものだった。ただ……」
「ただ?」
「その『鉄妙見』に関して、一つ言い伝えられている『秘密』がある」
「なんでえそりゃあ」
「うむ、曰く『鉄妙見』は黄金を呼ぶ仏像なのだと」
「黄金を呼ぶだあ?」
金平は思わず壁に立てかけた自分の得物である剣鉾を見遣った。砂鉄を吸い付ける近江鋼の刀身のように、『鉄妙見』も金を引き寄せるとでもいうのだろうか。
「金気、財宝運を引き寄せる、というような縁起物という意味ではない。『鉄妙見』は自ら金を生み出す事ができたのだそうな」
「はあ?そりゃどんな法螺話だよ、そんな事ができるなら向かう所敵なしじゃねえか。金を自分でせっせとこさえてくれるヤツがいるなら軍資金には事欠かねえ」
「そう、その通りだ。事実、将門公はその底知れぬ財力でもってこの坂東を征服した」
「いや……そんな事が……じゃあ何でアンタの爺さんはそれをやらなかったんだよ?金が生み放題ならそれこそ天下だって取れるぜ」
「もちろん、そのような事実は無かったからだ。言ったように仏像からは何の霊験も見られなかった。おそらくその伝説も口伝てに広まるうち話に尾ひれがついたものであろう」
「まあ……だろうなあ」
金平は天井を見上げて息を吐く。言い伝えは与太話だとしても、その伝説を信じて「鉄妙見」を付け狙う盗賊どもは後を絶たなかったと見える。
「いや、その言い伝えには『裏』がある」
「裏?」
「そうだ……『鉄妙見』には将門公の残した隠し財産の在処が記されていた」
「!?」
「仏像の霊験があって財を貯めたものか、財があったからこそそのような言い伝えが広まったのか、いずれにせよ将門公が『承平の乱』に備えて蓄えていた莫大な軍資金がこの坂東の何処かに隠されているという伝説は当時からすでに噂されていたらしい。その話を信じて、過去多くの人間がそれを求めてこの地を彷徨ったものか知れぬ。その財宝の在り処に関する手がかりがあの仏像には隠されていた。祖父は死ぬまでずっとその『秘密』を守っていたのだ。おそらく忠常たちもその『伝説』を嗅ぎつけたかして、それであの仏像を盗んだのであろう」
そこまで言って忠通は再び目を瞑り沈黙する。なるほど、黄金を生み出す魔法の仏像というよりは隠し財産の在処の手がかりという方が現実味はある。それが事実かはさておき、それがために仏像の奪い合いでいざこざが起こってもおかしくはない。
「財宝の在処がその『仏像』に隠されていたというのは事実で?」
「わからん。そもそもあの仏像は秘仏で、人の目に触れる事は滅多にない。儂も見たのは元服の時の一度きりだった。父もその秘密が事実かどうかは伝え聞いていなかったらしい」
そんなあやふやな根拠で屋敷を焼き討ちにするほどの行動に出るものだろうか。滝夜叉と名乗る女のあの執念、怨念と言ってもいい苛烈な姿は、到底「金銭欲」などという卑俗な動機だけでは成り得ない、そんな感じがした。
「仮に隠し財産の存在が事実であるならば、それを平忠常たちの手に渡すのは面白くない。ただでさえ情勢は忠常に天秤が傾いておる。その上将門公の遺した莫大な軍資金が加わるともなれば事は由々しき事態となろう。その前に事実関係を洗い、早急に手を打たねば。担ぎ上げられた傀儡とはいえ、忠常のような人が良いだけのぼんくらに天下を握られるようでは我ら坂東武者の名折れとなろう」
苦い顔をして忠通がつぶやく。自分に比して年齢も若く実績も持たない若輩にこの坂東を制されるのは我慢ならぬと言った風である。
「……あの男はそのような生易しい人物ではござらぬ。ゆめ、甘く見られまするな」
それまで後ろに座したまま一言も言葉を発していなかった大宅光圀が突然口を挟んだ
「あの男は見目こそ善良で人畜無害を装っておりますが、受けた恩は三日で忘れ、被った恨みは七代忘れぬ蛇のようなヤツ。一度欲しいと望んだものは手段を選ばず何としてでも手に入れようとする、浅ましい悪虐非道の男でござりまする。あやつが欲得抜きで事を起こすとは思えませぬ、そんな男がこうまで本格的に行動を起こしているとなると、あるいはその『鉄妙見』の伝説、真実なのやも知れませぬ」
光圀の目が、ギラリと光った。




