相州鎌倉平忠通邸・紅蓮隊、鬼を探して彷徨うの事
「鬼狩り……紅蓮、隊?」
大宅光圀が金平を見上げながらその名を繰り返す。
「おうよ、この世に蔓延る悪鬼羅刹をことごとく討ち払って三千世界に太平をもたらす正義の味方サマよ」
金平が胸を張って威張りちらす。そんな大層な集団だったか。頼義は彼ら「紅蓮隊」の面々と初めて出会った時の姿を思いだす。
(あれはどう見ても『愚連隊』だったような……)
頼義はあの時のことを思い出して胃がキリキリと痛みだしてきた。初めて出会った頃の金平たちは手のつけられないような無法者集団で、あちらこちらに喧嘩をふっかけては騒動の大元となっていた。当時あの連中のお守り役として隊長を押し付けられた時、彼らの無法ぶりに散々振り回されたものだった。
「なるほど、噂には聞いていたが、本当に実在したのだな。都と帝を『陰の世界』から守護する防人たちか……」
光圀は金平の顔をまじまじと見る。さしもの剣の達人も魔物を斬るのは初めての事だったらしい。何者をも一刀両断にする己の剣技が通じぬ相手に初めて出会い、かつその魔物を素手で殴りつけて退治するこの大男と、不思議な神通力で魔を照らし出した頼義に、光圀は少し興味を覚えたようだった。
「その通りよ。お前さんも一味に加わりえってんなら歓迎するぜ。なんせ人手不足だ、腕の立つ奴は一人でも多く欲しい」
「紅蓮隊」に勧誘しているつもりなのだろうが、金平が言うと盗賊の誘いにしか聞こえない。
「お断り申す」
光圀は即座に拒否の意を示した。
「拙者は今は頼信公に仕える身。そのような不逞の輩の集まりに加わる暇はない」
「なんだとコラ、だれがフテーのヤカラだコノヤロウ!!」
単純な金平はすぐに頭に血が上って烈火のごとく怒りだす。そういう所が「フテーのヤカラ」なのでは、と思いつつも頼義が穏便にとりなしたためこの場は事なきを得たが、金平はまだ憤懣やる方ない様子である。対する光圀の方はまるで気にも止めていない。おそらく彼も金平を小馬鹿にする意図などは無く、単に思った事を率直に言ってしまう性分ゆえの言動だったのだろう。
(やれやれ、これはこれでまた面倒な御仁なこと……)
頼義はため息をついた。
そうこうしているうちに夜明けが近づき、東の空が白じんできた。おそらくは平忠常の手の者による呪詛を受けたらしい忠通卿は、今は穏やかな寝息を立てて休んでいる。とはいえまだその顔は青白く、無理に起こして事の次第を聞き質すのも憚られる容態だった。屋敷の主人である直方卿もようやく姿を現し、ことの顛末に驚き慄いていた。
「さ、さて、いやどうしたものか……」
直方卿はさも困り果てたように眉間に皺を寄せる。この人物は人柄はすこぶる良いのだが、こうした荒事や突発的な緊急事態への対処にかけてはいささか「頼りない」きらいがあった。今も今後の対応について決断に苦慮している様子である。
「恐れながら……」
頼義が膝を進めて直方に進言する。
「私めには加持祈祷の類に関しての知見もござりませぬが、これほどの強力な呪法なれば、術者は存外この近くに潜んでいるやも知れませぬ。仮に呪詛を行なったのが忠常どのの手の者だったとしても、果たして遠く上総国からここまで人を死に至らしめるほどの強い『念』を送れるものなのでしょうか」
言ってはみたものの、頼義自身その説に全くの確信があるわけではなかった。だが単純な「力学」で考えるならば、強い力を行使するにはより近い距離で行う必要があるように思えたので、とりあえず一つの意見として言ってみたまでである。
「このまま忠通どのの快復を待つだけでは埒があきませぬ。ここは一つ、我ら『鬼狩り紅蓮隊』にお任せ下さりませ。上手く敵の目論見を露見できれば上々、できなければまた次の手を講じましょう。まずは行動を」
直方はそう言われてもなお判断をつけかねている様子である。おそらくこの人物は二番手として指揮官の補佐に回る分には有能なのだが、いざ自分が決断する立場を迫られると途端に思考も判断も鈍る性質なのだろう。
それでも最終的には頼義たちの単独行動を認め、忠通卿が意識を取り戻すまでという条件つきで領内の探索を許可した。
頼義たちはすぐさま行動を起こした。馬を二騎借り、異邦者が隠れ潜めそうな場所、あるいは加持祈祷に向いていそうな霊験あらたかな場所などを探して回った。しかし陰陽師でもない頼義たちにはそれらしい場所など見当もつかなかった。
「くそっ、季春がいりゃあこんなに苦労もしねえだろうが……」
金平が馬上で毒づく。陰陽師であった「鬼狩り紅蓮隊」の一人、卜部季春は「浄玻璃鏡」と彼が呼ぶ不思議な宝具でもって様々な奇跡を行うことができた。その鏡は遠くの者と会話をし、鏡に捉えた像を焼き写し、また羅盤として方位や吉凶を計測するなど、まるでできない事など無いかのような万能ぶりであった。彼はその能力でもって情報収集や相互連絡など後方支援に八面六臂の大活躍を見せていた事を頼義は思い起こし、つくづく惜しい人物を失ったとその早すぎる死を嘆いた。
「お、そういえばよう、あの時……」
「はい?」
金平に抱きかかえられるように馬に同乗している頼義は顔を上げて金平の方へ向ける。
「ああ、いや、何でもねえ。今度時間がある時にゆっくり聞くわ。それにしてもどうしたもんかな、こう闇雲に走り回っても手掛かりみてえなもんが見つけられる可能性は低そうだぜ」
隣を並走する光圀も黙ってうなづく。時間は限られている。もっと効率的に結果を出せなければ、このままでは手詰まりになってしまう。
「何かこう、呪術や儀式を行うのに相応しい土地の条件とか、お二人は聞いたことはありませんか?」
「うーん、確かに神社仏閣ってえのはなんか他の場所とは違う『何か』を感じることはあるが、それがどういうものなのかは具体的には知らねえなあ」
「うーん。光圀どのは?」
「……これは、呪術とはちとかけ離れた話かも知れませぬが」
光圀が訥々と話し出す。
「水が川となって流れるように、また人間の体内に血が巡っているように、この大地にも『気』と呼ばれるものが流れ巡る場所と、そうで無い場所とがあるのだと聞いたことがござりまする。『気』の通る道の上では草木もよく生長し、清浄な力に溢れるのだと。そういった、大地に『気』の通る道を『龍脈』などと呼ぶそうで。父が昔建築方として勤めていた時、良くそのような話をしておりました」
「気」という概念が何を示すものかはよくわからないが、川に対する水、人体に対する血に対応するものなのであろう。要は大地にも同じように「力」の流れる道筋があるという事か。
「道、道ですか。なるほど、ならば……」
金平は頼義が次に何を行うかを容易に察知できた。金平は咄嗟に片手で頼義の目を塞ぐ。
「ダメだ。その『力』は使うな」
金平は静かに、しかし力強くそう言った。頼義は再び自分の身体に「八幡神」を降臨させて、その神通力を使うつもりなのだろう。だがその力は彼女の肉体に大きな負荷をかける。
(いや、心配しているのはそんな事じゃねえ、俺は……)
頼義の目を塞ぎながら金平が苦悶の表情を見せる。しかし
「大丈夫よ金平。私を信じて」
目を押さえつけている金平の手に頼義はそっと手を重ねる。それ以上の言葉を重ねることもないのに、不思議と金平には彼女の思いが真っ直ぐに伝わってくる。そう言われてはそれ以上抵抗する意味もない。不安は残るが、金平は頼義を信じる事にした。
頼義が目を開く。その姿はもう頼義ではなく「八幡神」という別の存在に書き換えられている。自らの中に異界への「道」を持っている頼義はその「道」を通って顕現する「八幡神」の力で、同じような異界への「道」を見つけ、それを開いたり閉じたりと自在に操れるのだという。
「ほう、なるほど。見える、中々に豊かな土地よな」
声色も口調も別人のものと化した頼義がつぶやく。
「あそこだな。あの森の中に強い『気』の流れが集まっておる。やるとするならば、あそこであろう」
頼義は東の地平線に広がる鬱蒼とした森を指差した。




