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相州鎌倉平直方邸・平忠通卿、呪いを受けるの事

七里ヶ浜(しちりがはま)だあ?そりゃあまた随分とふっかけたもんだなオイ。どう見たって七里もねえじゃねえか。せいぜい三里ってとこだな、三里ヶ浜だ三里ヶ浜。がははははは」



金平は高笑いしながら浜辺を見回す。確かに山間から扇状に広まった平地の縁に位置する海岸線は七里には届かないように見受ける。それでも言われた方は故郷をそんな風に笑われていたく傷ついたものか、頬を膨らませながら涙をこらえている。



「金平、失礼ですよ、もう。穂多流(ほたる)どの、申し訳ございません。この者に代わってお詫びを」



頼義がひざまづいて穂多流の肩に手を当てる。穂多流は泣きながら頼義の胸に顔を埋めた。さすがにちょっとバツが悪いと思った金平は



「すまねえ……」



と言いかけた瞬間、頼義の腕の中で鼻を膨らませて「あっかんべえ」と舌を出す穂多流の君と目が合った。なんとまあ、末恐ろしいヤツ。金平は少女のしたたかさと向こうっ気の強さに半ば呆れながらため息をついた。



夕日も江ノ島の向こうに姿を隠し、周囲もにわかに暗くなって来た。



「そろそろ戻りましょう」



頼義はまだもう少しいたいと駄々をこねる穂多流をなだめながら手を引いて歩く。金平もようやく酒にありつけると安堵の息をもらした。


ぱしゃり、と潮騒に混じって何かが水中に弾けるような音が頼義の耳に響いた。



「今のは……?」


「え?」



その水音は頼義の耳にしか届かなかったらしい。頼義は海の方へ振り返り



「今、沖合の方で何かが海の中に落ちたような……」



穂多流はそう言われて海岸線を見回す。遠くでキラキラと夕日を反射して煌めかせている波の間に、(つが)いの水鳥が羽ばたいていた。



「ああ、あれは善知鳥(うとう)ですわ」


「うとう?」


「北国でよく見かける水鳥です。この辺りではほとんど見ることもない寒い地方に住む子なんですが……冬空に紛れて迷い込んでしまったのでしょう」


「ほう、あまり聴きなれない鳴き声ですね。なるほど北の鳥ならば(みやこ)では見る機会もありませんか」


「ええ、善知鳥(うとう)の鳴き声には面白い逸話がございましてね、親鳥が『ウトウ』と鳴くと雛鳥が『ヤスカタ』と返すのだそうです。いつでも、どんなに離れていても。なので『うとうやすかた』という言葉が親子の結びつきの強さを表す(たと)えに使われるようになったのだそうです」



なるほど、もう一度その鳴き声をよく聞いてみれば、喉の奥でくぐもったような音を絞り出して発するその声は「ウトウ」と言っているようにも聞こえる。



「それは面白いお話ですね。穂多流どのはそのお年で博識でおられる」


「そ、そんな、たまたま知っていただけですわ。女らしいとか嫁にふさわしいとかそんなそんなキャー!」



穂多流の君は一人で勝手に舞い上がっている。



「なるほど。『ちんちんかもかも』みてえなもんか」



大真面目にそう言う金平の膝を頼義は笑顔で蹴り飛ばした。



「き・ん・ぴ・ら〜」


「い、痛えななんだよ!?」


「あなたという人はもう、なんというか、その場の空気を察しないというか……もう!」



頼義が子供のように顔を真っ赤にして頬を膨らませる。流石(さすが)にまだ意味の分からなかったらしい穂多流は今のやりとりにもキョトンとした顔をしていた。



「はいはい俺が悪うござんした。退散退散」



つきあってられんとばかりに金平は苦笑しながら屋敷に逃げ込んだ。穂多流は金平の背中に向かってもう一度「べえ」と舌を出して、そのまま頼義の手を引いて金平の通った後をゆっくりと帰って行った。


ほうほうの(てい)で帰って来た金平は、座敷でひとり酒を呑んでいる光圀と居合わせた。もう宴席は終わり膳はすっかり片付けられていたが、頼義が気を回してくれていたものか、光圀と金平の分の膳をちゃんと残しておいてくれていた。光圀は黙ったまま



「ん……」



と盃を差し出す。金平はそれを受け取って一息に飲み干した。()()()()と見たのか、仏頂面のままそれでも少し嬉しいらしくいそいそと酒を注ぐ。気がつけば二人は樽を抱えて夜更け過ぎまで黙って飲み明かしていた。


大樽の酒も底をつき、膳に盛られた肴も塩や(ひしお)まで舐め尽くしてしまった所で二人はお開きにしようと席を立った。


その刹那、人のものとも思えぬような恐ろしい叫び声が屋敷内に鳴り響いた。



「!?」



あれだけの大酒をかっ喰らっていたにもかかわらず、二人は一瞬にして()()()となって廊下を駆け出す。絶叫はまだ続いている。どうやら叫び声の主は屋敷の奥から聞こえるようだ。金平は背中に悪寒を走らせる。



「まさか……そういえば、もう日が明けて今日は……『(うし)の日』か!?」



失念していたが今は師走(しはす)の丑の月、加えて日が改まった今日は月の最初の丑の日……そして今は丁度()の刻を過ぎて丑の刻を告げる所だった。丑の月、丑の日、丑の刻……金平は一気に酔いも覚め、無手のまま絶叫の元へと殺到する。光圀の方はいつの間にか自分の愛刀を手にしてピッタリと金平について走ってくる。こちらも酔いはすっかり覚めているようだ。ようやく声のする場所と思しき部屋の前に到着した二人はそのままの勢いで御簾(みす)を蹴飛ばして中へ殺到した。


暗闇の中で誰かが体を仰け反らせて口から泡を滴らせて苦しみ暴れているのが見える。月明かりも届かぬ中ではそれが誰なのかも判別できない。舌を噛み切らぬよう二人でなんとかして取り押さえようとするが、狂ったように暴れるその力は凄まじく、手足を抑えるので精一杯だった。


騒ぎを聞きつけた家人や女房が灯りを手にして駆けつけてくる。ようやく部屋に明かりが照らされたことで、暴れている張本人の顔が露わになった。



忠通(ただみち)どの!!」



必死になって手足を押さえつけていた光圀が、その人物の顔を見て叫ぶ。絶叫の主は他ならぬ平忠通(たいらのただみち)卿だったのだ。忠通は目を極限まで見開き、顎が外れんばかりに口を大きく広げ、何かとてつもなく恐ろしいモノと向き合っているかのように虚空に向かってパクパクと何かを言いかけている。



「やめ……よ、よせ、来るな……ひいっ!!」



忠通は見えない何者かから逃げるようにさらに暴れる。その力もまた尋常ではない。光圀の身体が弾き飛ばされる。金平それでも力任せに押さえつけようとするが、抵抗する忠通の爪が金平の腕に肉まで食い込み、血を噴き出させている。


忠通はとうとう白目をむいた。



「小僧、そこを退()け、邪魔だ!」



金平の背後から誰かが叫んだ。金平は聞き知ったその声につい反射的に従って身体を忠通から引き剥がす。



高天原(たかまがはら)神留(かむづ)まり()誉田別命(ほむたわけのみこと)(もつ)八百万(やおよろづ)神等(かみたち)神集(かむつど)へに(つど)(たま)ひ、神議(かむばか)りに(はか)り給へ……!」



金平は後ろを振り向いて声の主を見る。そこには穂多流に手を引かれた頼義が紙燭(しそく)を手にして立っていた。開かれた眼は青白い光を爛々と輝かせている。



(八幡神……!!)



金平は思わず歯噛みする。今目の前にいる頼義はいつもの彼女ではない。彼女の中に存在する「神の道」を通じて、源氏の守護神である「八幡神」が、彼女の体を通して顕現したのが今の姿だ。神であるその力は大地を砕き、嵐を巻き起こす。それだけにその力を多用すれば本体である頼義自身にも大きな負担となってのしかかってくる。



「テメエ、なにしゃしゃり出て来やがんだこの野郎!すっこんでろ!!」



こんな状況においてなお神様に向かって不遜なことを言う。



「吠えるな息長(おきなが)の小僧よ。見ろ、あれを」



八幡神となった頼義が指差す。途端に手にしていた紙燭の炎が高々と燃え上がる。その先には悶え苦しんでいる忠通の影が彼女の持っている紙燭の炎で壁に映し出されている。その影、忠通のちょうど目の前に、実際にはいないはずの何者かの影が見えた!



「な!?こいつは……!?」



「影だ、影を斬れ!急がねばこやつは死ぬぞ」



その言葉に呼応して、吹き飛ばされていた光圀が電光石火の抜き打ちでその影に向かって一刀を浴びせた。光圀の一撃は鴨居を断ち割り、切っ先を土壁にめり込ませながらその影を両断した。身の毛もよだつような絶叫と共に影は忠通の影から離れ、土壁の中で暴れだす。するとその影はまるでペロリと壁から剥がれ出てみるみる(もや)のような実体となって這い出してきた。女房たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、金平が剛咆と共にその煙のような実体に向かって掌底を叩き込んだ。影だったものは小さく叫び声を上げると文字通り雨散霧消してしまい、影も形もなく消失してしまった。


倒れていた忠通卿の脈を見て取る。衰弱はしているものの幸い命に別状はなかった。



「今のは、一体……?」



光圀は刀を納めながら訝しげに自分が斬った白塗りの土壁を見る。



「けっ、正体が分かりゃあそう言うことかよ。なんのこたあねえ、誰かが式を打って『鬼』をよこして呪い殺そうとしやがったんだ。だとすりゃあこいつは俺らの領分よ」


「領分?」



光圀は金平を見返す。



「そうよ、俺たち『鬼狩り紅蓮隊』のな」

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