相州鎌倉平直方邸・頼義、襲撃者の正体を知るの事
「丑の月、丑の日、丑の刻……ですか」
「うむ。偶然、と言ってしまえばそれまでだが、その死に様までが符合しているとなると何やら因果関係があるのでは、と疑いたくもなる」
碓井貞光は一層渋い顔をして言った。
「例えば……『呪詛』とようなものの一種だとしたら?」
「あり得る話ではある。都の陰陽師までとは行かずとも、こんな地方にもこういった人を呪い殺す術や、またそれをはね返す呪術に長けた方術師などがおるやもしれん」
「金平、このような呪術に心当たりは?」
頼義は金平に話を振った。十代の頃から「鬼狩り」の一員として様々な怪異に接してきた彼ならば、あるいは何か知っているかもしれない。
「わからん。季春が生きていればこういった事には詳しかったんだが……」
金平は同じ「鬼狩り紅蓮隊」の一人であった卜部季春の、カワウソのような顔と素っ頓狂な物言いをする青年の姿を思い出す。確かに、陰陽寮に出仕する正式な陰陽師であった彼ならばそういった呪詛の類に関する知識は豊富だったであろう。しかし彼はもうこの世にいない。
「忠常が呪詛を行なったという証拠でもありゃあこちらとしてもお上に訴えて奴を処罰することもできるんだがなあ。まあもし奴が実際呪詛を行っていたとしても証拠が残るようなヘマはしねえだろう」
現代人である我々には、今の貞光の言葉には違和感を感じるが、当時の律令制において「八虐」と呼ばれる禁止事項の一つである「不道」の中には「人を呪う事」が含まれていた。この時代、人を呪い殺そうとする行為は犯罪行為として実際に罰せられたのである。
「まあ、呪詛うんぬんに関してはさして問題では無い。その件以降同じ目にあった者もおらぬしな。それよりももっと面倒なモノがあってのう」
「面倒?」
「うむ……時にそなたら、ここに来るまでに何者か出会ったりするような事はなかったか?」
「!?会ったどころじゃねえ、都合三度は殺されかかったぞ俺たちは!アイツらの事なんか知ってんのかとっつぁん!?」
金平が立ち上がって怒鳴る。貞光と忠通は(やはり……)といった風で顔を見合わせた。
「其奴らの風体は?」
「異形だ。恐ろしく手足が長え。まるで猿みてえに器用に足でものを掴んで移動する。顔はよく見えなかったが金属の面を着けていた」
金平がざっと連中の特徴を述べる。貞光たちはさもありなんとかぶりを振った。
「そうか、やはりお前たちにまで既に手をかけておったか『八束小脛』の奴らめ」
「八束小脛……?それが連中の名ですか?」
「そうよ、その名の通り八束(約56〜60センチ)程もある長い手足を持つ異能の集団よ。暗闇で物を見るのに長け、森の中でも洞窟の中でも自由自在のその身体を動かす、平忠常の子飼いの戦闘部族だ」
「忠常どのの!?確かに『鎌倉党に与するものは殺す』というような事を言っておりましたが……」
「ふん、おそらくお主らが『鎌倉党』に加わる手勢の指揮官だとでも思ったのだろう。手の早い事よ」
「何者なんでえ、あの連中は。まともな人間には見えなかったが」
金平があの賊たちの異様な動きと戦闘能力を思い出しながら言った。
「この国に古来より住み着く異形の者だ。人なのか、鬼なのか、あるいはその両方なのか知れぬ。奴らは朝廷に従わず各地で無法を行う夷狄よ。都においては『土蜘蛛』と称されていた」
「土蜘蛛!?ではあの『まつろわぬ民』の末裔という事ですか!?」
頼義は敵の思わぬ正体に驚きを隠せなかった。土蜘蛛……かつて幾度となく朝廷に反旗を翻し無法の限りを尽くした「まつろわぬ民」。京においては叔父源頼光以下「四天王」の活躍によりその殆どを駆逐されたと聞く。今目の前にいる碓井貞光もまた「四天王」の一人としてその死闘に加わっていたはずだ。
「まったくよ、こんな東くんだりまで来てアイツらに出くわすとは思わなかったよ。どうやらこちらの地方ではまだ連中相当数を残しているものらしい。それをどうやったもんだか、忠常の野郎がうまく手なずけて尖兵としてこき使ってやがるらしいんだ」
「忠常とやり合うにはそうした連中との戦闘も避けられぬ。いかんせん普通の人間とは勝手の違う連中だ。こちらもそれなりに装備を揃えて臨まねばどうにもならぬ。どうも奴らにことごとく先手を打たれていて、こちらは現在のところ劣勢よ」
忠通は頭をうなだれる。事は思っていたより深刻らしい。
「それについて、先だって朝廷より我が主人上野介頼信に『常総追捕使』の任を課せられてござりまする。まずは上野国より下総国に兵を進めて常陸国と上総国を分断して忠常の勢力を二分する算段にござりまする」
大宅光圀が、今度は貞光を驚かせまいとしたのか、わざわざ彼の目にとまる所にまで回りこんで言上した。
「ほ、左様か。これはまた中央にしては対応が早い。ともあれ、そうであれば事は急ぐ。儂は一度碓氷荘に戻り軍備を整えてまた戻って来よう。それまで忠通はいかにする?」
ようやく飲み干した盃を投げ捨て、貞光は立ち上がって隣の兄弟に言う。忠通は目を瞑ったまま
「うむ。ここに居ても自体は進展せぬしのう。ひとまずは鎌倉に向かい、『鎌倉党』の者共と合流してこちらでも軍備を整えるとしよう。ひとまずは……」
忠通もまた盃を投げて立ち上がる。
「党の次席である平直方どののお屋敷にでも厄介になるとしよう」