相州村岡郷平忠通邸「跡」・碓井貞光、敵の首謀者について語るの事
「忠常!やはりあの男か!!」
突如として傍から大宅光圀が割り込んで叫んだ。
「おわっ、びっくりした。なんでえ横からはいきなり大声出すもんじゃねえやいな。っていうかお前さんいつからそこにいたんだい、全く気づかなかったぞオイ」
碓井貞光はうるさいと言わんばかりに耳に手を当てる。びっくりしたと言う割にその様子には少しも驚いた様子はない。
「これは失礼をば。拙者、朋輩からも影の薄い男よとの評判を受けておりますゆえ」
大真面目にそう答える光圀の姿に毒気を抜かれて、貞光も思わず苦笑いをしてしまった。
「ああ、お前さんの顔は見覚えがあるぞ。多田の大殿の所にいた大宅光雅どのの坊だろう。忠常の事知ってやがるのかい?」
「はっ、確かに拙者は光雅の子、光圀にこざりまする。平忠常とは京にて上野介様の下で共に家人としてお仕え申し上げておりました」
「忠常」という名を聞いて、頼義もその名を何となく思い出した。
「たしか、武蔵介忠頼様のご子息だった……?」
「左様、忠頼どのは我ら兄弟の父である小五郎忠光の兄君に当たってな。つまり、かの忠常と我等は『従兄弟』という事になる。年はいささか離れているがな」
そう語る貞光の顔はまるで面白くもない、といった風である。どうやらよほどこの「忠常」という人物に悪感情があるらしい。身内の領内を無法に荒らされてはそれも当然か。
「まだ二十歳をいくらか越えた程度の若輩者だが、先年突如として『上総介』を名乗り出してな、何をどうしたものか瞬く間に常総一帯に勢力を伸ばし始めて、今では坂東有数の勢力となっておる」
貞光の言葉を継いだ忠通の方もこれまた渋い顔で説明する。
「そりゃまたおかしな話だなオイ。なんで高々『介官』程度の人間がそんな好き勝手に国を差配してやがんだよ。上総の国司はどこ行きやがったんでえ」
金平が口を挟む。「上総介」という役職は律令制の「四等官」で言う所の「次官」に相当する。長官である「受領(国司)」を差し置いて国の運営を好き勝手にできるはずがない。
「ふむ、その辺りはこの坂東という土地のめんどくさい所でな。上総国では国司は皇族の親王が就任するのが慣例となっておる。『親王任国』と言ってな、当然親王自身が都から任国に赴く事など無い。だからそういった国では次官である『介官』が実質的な最高責任者という事になるのよ」
「へー、そうなんかい」
金平は感心したようにうなずく。実際理解しているのかどうかは知れないが、金平の事なのでわかっていない可能性の方が高い。頼義もまたうなずく。父頼信が「介官」として赴いている「上野国」も同じく「親王任国」であるため、父は実質上野国の最高責任者という事になる。
頼義は実家に仕えていた頃の忠常の事を思い出そうと記憶を巡らせてみた。しかし、どうも頼義の記憶している限りでは忠常という人物は取り立てて飛び抜けたという所もない、凡庸な貴族の子弟という印象でしかなかった。そのような人間がなぜ一足飛びに国の最高責任者にまで上り詰めたのか。
「それがな、去年の事だったんだが、上総国の国府でおかしな事が立て続けに起こりやがったのよ」
貞光は髻のほつれ毛を抜きながら言う。
「おかしな事?」
「おう。まず最初にな、先任の上総介だった忌部昭時卿が急な病でお亡くなりになってな。で、その後釜にと三人の候補が選ばれたんだが、協議の末その内の一人に就任が決まったとたん、そいつがまた突然ポックリ逝っちまいやがった。仕方なしに残る二人の内の一人が上総介に就任する事が決まると、そいつも同じ月のうちにこれまたポックリと死んじまってなあ。結局、残った最後の一人がそのまま上総介に就任したといった具合さ」
「それが、平忠常どのであると」
「そういうこった」
「随分と都合よく立て続けに死んでくれたもんだなあ。一服盛ったか?」
金平は茶化しながら言う。しかし、こう都合良く次々と候補者が死んでくれてしまえば、残る人物に疑いの目が集まるのも無理はない。実際古今東西似たような事例はいくらでも存在する。
「当然周囲もそれを疑った。しかし亡くなられた方々を看取った薬師の面々も特に毒などを盛られた様子は見られなかったと言う事だ」
忠通の説明にもまだ金平は納得が行かない。
「その薬師共もグルだった可能性は?」
「無い。というのも、同じ事を懸念した先方が第三者である我々に薬師の手配を依頼してきたからだ」
つまり、陰謀による毒殺の疑惑を抱いた上総国府の依頼で「鎌倉党」の方で医師を派遣したという事か。その上で「その疑い無し」という結論にいたったため、晴れて忠常は上総介に就任したという事か。
「なるほど。しかし逆に第三者の介入をあえて許す事でその陰謀をより一層巧妙に隠しおおせた、という見方も出来ます。考え過ぎかもしれませぬが」
「それよ。してみると、我らもまたその陰謀の片棒をかつがされたのやも知れぬ。業腹なこった。だがな、いかんせん証拠が無い」
「何か、どこかに不審な点などは?」
「妙、と言えば妙なところは確かにあった」
忠通は自身も妙な面持ちでそう答えた。
「妙、とは?」
「その、初めに死んだ候補の御仁と、次に亡くなった候補の御仁がな、全く同じ時刻に、同じ様な様相で死んでおるのよ」
「同じ?」
「うむ。突如としてまるで恐ろしいものでも見たかの様な形相で、この世のものとは思えぬほどの苦しみようで死んでいったと」
「時刻は」
「夜中、ちょうど丑の刻だったという。それだけでは無い、最初の者が死んだのが九日の丑の日、次の者が死んだのが一巡りして二十一日の丑の日だった」
「丑の日、丑の刻……ちなみに季節は?」
「冬だ。師走、つまり……丑の月だった」