表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

すぐに読める掌編シリーズ

哀れな事情

作者: 長月京子

 ああ、世の中地縛霊じばくれいだらけね。あ、背後霊はいごれいもすごいわ。

 あの人なんて、四人もいちゃって肩が凝りそうね。


貴司たかし。あたし最近肩が重いの。金縛りにもよくなるし」

「おまえ霊でも憑いているんじゃないか?」


 そうよ、私も背後霊だから。とっても不本意だけど、私はいま元カレの新しい女に取り憑いているところ。でも、誤解しないでほしいの。私は別にこの女に嫉妬しているわけじゃないのよ。生きている人同士、楽しく過ごせばいいじゃない、なんて思っているし。私が生きていた頃の彼氏にだって、ちゃんと幸せになってもらいたいから。


 だから、はっきり言って背後霊になんてなりたい訳じゃなかったの。さっさと安らかに眠りたいのよ、本当は。

 でもね、それができない理由があるの。

 みなさんが死んだ時のために、説明してあげる。

 ま、結論から先に言っちゃうと、お金は持って行きなさいね。

 それだけは言っといてあげるわ。




 そう、私が死んだのは二十七歳の春。トラックとの交通事故でドカン、と逝っちゃったの。再び目を覚ました時、私は駅のホームに立っていた。そこに三途さんずかわを渡る電車がやって来たの。

 不思議なことに私は自分が死んだ事をちゃんと理解していたし、これに乗れば死後の世界へ行けることも解っていたわ。だから何も疑わず、簡単な気持ちで乗り込んで、終点を目指すことにしたの。


ほとけさん、乗車券を拝見します」


 自分の儚い命に涙していると、電車の車掌さんがやって来たわけ。


「あの、私、切符を持っていないんですけど」

「ああ、そう。じゃあ、十万円だよ」


「は?」

「だから、十万円。まさか持っていないの?」


 私が死んだとき、柩の中に両親が少しお金を入れてくれたけど、十万円も持っている訳ないでしょ。だいたい、三途の河って六銭が相場じゃないの?

 そう思って車掌さんに話すと、軽く鼻で笑われたわ。


「困りますね、仏さん。これ、異空間通過用の特別車両なんですよ。あんな昔のぼろい舟と一緒にされちゃあ、困るなぁ。だいたい車両の運行費、維持費だって馬鹿にならないんだから。下界のように国から援助が出る訳じゃないしねぇ」

「でも、十万円も持っていないんだもの。払えないわ」


「あ、そう。じゃあ、ここで飛び降りて下界へ戻ってください」

「ええっ?」


「当然ですよ。だって運賃払えないんでしょう?」

「でも、あの。それじゃ、私死後の世界へはどうやって?」


「ああ、だから下界で地縛霊か背後霊になって、何かに取り憑いて下さい。それで除霊してもらって、供養してもらうんですよ。そしたら、三途の河を渡らずに、直接死後の世界へ行けますから」

「で、でも」


「はいはい、さよなら」


 車掌さんは容赦なく、私を電車から突き飛ばしたのよ。そもそも既に供養されて成仏しているはずなのに、どうしてなの? しかも、こんなに若い身で死んでしまって悲しみに暮れている乙女なのに、少しくらい優しくしてくれたっていいじゃない。


 本当に、全く容赦がなかったわ。思い出すだけで、腹立たしい。





 そういうわけで、不本意ながら私は今、背後霊になっているの。


「ああ、本当に肩が重いわ」

「疲れているんじゃないか?」

「そうかしら、やっぱり」


 違うのよ、違うの。私が取り憑いているの。早く気がついてよ。早く気がついて、除霊じょれいして供養くようしてほしいのよ。

 もう、鈍いわね、この女。

 私はね、変な流血のドロドロした格好までして、あなたのことを驚かしたくないんだから。

 そんな恥ずかしい、醜い事やりたくないのよ。分かるでしょ、この乙女心。


 ああ、そう。だからあなたも、もしとり憑かれたら、とにかく早くその霊を解放してあげてね。流血のドロドロした恥ずかしい格好をさせる前に、その霊に気付いて、除霊して供養してあげてね。



おしまい

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 10万円かぁ…… なかなか棺には入れにくい金額ではありますね(^^;) それにしても元カレの彼女に憑くのは本当に妬みではなかったのだろうか…… とても面白かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ