最終話:風の前で戦女神の花冠は継ぐ者を予言する
以下は、ビゼルが街で聞いた話である。
騎士団の目的は、『霜巨人の口』を塞ぐ氷壁の破壊だった。
しかし先の調査隊の報告では、まだ星霜山の周辺は風が吹いている。魔晶石も形成されていた。他の地域で魔晶石が減少した分、霧人鬼が集まる。特に『霜巨人の口』周辺は、霧人鬼の密集が予想された。
そこで霧人鬼を『風の魔晶石』でおびき寄せる作戦が検討されたのである。掻き集めた『餌』を、大量に運搬していた。当然、移動中に霧人鬼がニオイを嗅ぎつけ寄って来る懸念もあった。対策として、荷を括る網に『土の魔晶石』の擬似魔術符を括りつけ覆い隠した。
これが功を奏したかは不明だが、確実に味方したのは風の弱さだった。ニオイが流れにくくなり、霧人鬼の接近が想定より少なかったのである。石畳の街道を駆け、峠道を過ぎ、昼なお暗い崖路を通り抜けるまで二十日。星霜山麓の村へ到着した時点で、治癒術で治せる怪我人が十数名だった。
だが幸運はここまでで、星霜山に着くや霧人鬼の接触が激増する。
風の魔晶石を放り、群がっている隙に離脱するが、きりがない。已む無く騎士団は物見砦へ一気に進んだ。砦に着くと外の敵を追い払う者と、建物内部の霧人鬼を退治する者に別れて防御を固めた。
霧人鬼の発生の仕組みは、わかっていない。
『霜巨人の口』で生まれるという伝説は、古来存在している。魔術師が氷壁をつくった際も、洞窟から霧人鬼が出てきた。だが繁殖地と確定してはいない。霧人鬼たちは洞窟で寝ていたところを起こされ、何事だと怒って出てきただけだったかもしれない。どうであれ、霧人鬼の研究や殲滅は主眼ではなかった。
観測により、星霜山頂付近の風向きが判明する。季節風の風上に、広い岩場があることもわかった。三方が絶壁で、一部のみ緩やかな天然の小要塞。伯爵はそこを翌日の本陣と決めた。そして三つに分けた別動隊の各百名が、『霜巨人の口』へ向かう。『霜巨人の口』まで、丸一日かかりますと部下が言った。余と貴官らは登山に来たのではない、四ツ刻で制圧せよと伯爵は命じた。
夜明けと共に打って出た本隊は、『風の魔晶石』をばら撒きつつ岩場へ駆け上がる。集まってきた霧人鬼は夥しく二万とも三万とも言われたが、人間側より圧倒的に多いことのみが確かで、正確な頭数も把握出来なかった。
充分な防護柵は組めず、周辺の藪木と楯を用い、鼠返しのように霧人鬼を跳ね返す。絶壁をよじ登ってくるそばから首を刎ね蹴り落とす。風の魔晶石と地形を利用して一箇所へ誘い込み、霧人鬼が集まると魔術で凍りつかせ、炎で巻き、まとめて崖下へ転落させた。
一方、別動隊は物見砦から三方向より出撃する。高度が上がるほど霧人鬼が現れ、戦わない術は選べなくなった。楯の防御陣形も崩れると、敵を振り払い進んでいく。風に逆らい最初に『霜巨人の口』へ辿り着いたのは第二部隊で、到着を報せる炎弾が空へ上がった。
霧人鬼との混戦状態で動けずにいると、到着した第一部隊が援護に入る。だが味方だった風が仇に変わり、付けてあった鉤爪くらいでは魔術符が氷壁に設置できなかった。乱闘の中で発火魔術符が誤爆し、人も霧人鬼も砕け散る事故がそこかしこで起こる。そこへ第三部隊も追いついた。彼らは擬似魔術符のために用いていた荷物網へ、発火魔術符を括りつけるという小さな工夫をしていた。
発火魔術符を括りつけた網は人から人へ渡され、槍や剣で全て氷壁に縫いつけ終えた頃には、武器も精神力も尽き果てる。二度目の炎弾が空に上り、退却が始まった。無傷な者は一人もおらず、悪戦苦闘しているところへ岩場を退いた本隊が駆けつけた。重傷者を隊の内側へ庇い持ち堪えていると、地響きと轟音が辺りを揺るがした。
星霜山の頂から、一際冷たい風が吹き降りる。『霜巨人の口』が開いた。霧人鬼が風に反応し動きが鈍った機を逃さず、将軍伯爵は突撃を命じる。騎士団は霧人鬼の群れの真ん中を突破し、日が暮れる前に物見砦へ撤退した。
ただちに要塞へ伝令鳥が放たれる。それと前後して、山脈は再び烈風に包まれた。馬に秣を与え、傷を癒し僅かに休息すると、騎士団は大急ぎで翌日には山麓の村まで下る。そうして山路まで戻り伯爵の弟、ヘウルカンザ率いる二個千騎隊と合流し、帰還した。
以上が、花売り娘が街で聞いた話しである。
要塞都市は、これらの話題で持ちきりだった。
質素を美徳とするソフォイでも、祝祭は三日に渡って開かれている。花が売れに売れ、ビゼルは忙殺されていた。報せは首都シャージェまで響き、王国と騎士団の偉大さを賞賛して、盛大に慶祝祭が挙行されているらしい。
その祝祭も三日目のことだった。
ビゼルが伯爵と騎士団の話しを耳に、一息ついていた正午過ぎ。現れた数人の騎士を見て、ビゼルは悲鳴を上げそうになった。酒で上機嫌の彼らは、深緋色の髪の青年を引き摺ってきた。
風吹く六叉路の花売り娘と、向き合わされた青年騎士は衆目の的となる。
――あいつらか。
騎士団が出発した日のことを、街中みんな知っている。
婚約したのかと、冷やかす声が上がった。
「そんなわけないでしょ! 名前も知りません!」
声がした方へ向け、花売り娘は言い返す。
「キュレアスだよ」
深緋色の髪の騎士は、屈託の無い笑顔で名乗った。
こいつは殊勲賞モノなんだと、周りの騎士たちは大声で言い触らす。『霜巨人の口』出撃の直前、発火魔術符を網に括りつける『工夫』を考え出したのは彼だった。だから褒美を授けてやってくれと、酔いどれたちは二人を取り囲む。
ビゼルは困ってしまった。
困りつつも考えて、金色に咲き零れるポレアリスの花房を取り、くるりと輪にして深緋色の髪へ飾る。
初めてこの人に、別れではない花を渡すことが出来た。
違うそうじゃないと野次の飛ぶ中、『戦女神の冠』と呼ばれる花を授けられた赤髪の騎士は笑っていた。
キュレアスと名乗った、少しばかり目端が利くだけの穏やかな青年。
彼は十年後、新勢力を率いてミオルヴェ王国を倒し、共和国成立の立役者の一人となる。




