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転校生は顕微鏡

作者: 春待

 私は思わず目をこすった。

 なんてこった。

 私の目はとうとう、壊れてしまったのかもしれない。


 「はじめまして。僕の名前は(けん)()(きょう)といいます。これからよろしくお願いします。」

 うたたねをしていた二学期の始業式のあと、黒板の前に立って自己紹介する男子生徒の頭が、どうしても顕微鏡にしか見えないのだ。さっきこいつが教室に入ってきたときに私は思わず「顕微鏡だ!」と大声をあげてしまった。周りの歓声のおかげでそれほど目立たなかったが、何人かのクラスメイトがこちらを振り向いた。顕微鏡頭にも聞こえてしまったらしく、首(?)がクルリと動いた。あれはきっとこちらを見たのだ。寒気がする。

 しかも席は私の隣。泣きそうだ。目覚めた後、なんだか周囲がにぎやかで浮かれているとは思っていたが、こんなのはきいていない。せめて始業式の間に起きていれば、驚きも半分になったかもしれない。私はいまさらながら、昨日の夜ずっとスマートフォンと向き合っていたことを後悔した。今日からは早く寝るようにしよう。

 ああ、今ものすごくお家に帰りたい。お家に帰ったらアイスを食べて扇風機の前で涼むんだ。そうだ、だからこんな事にはめげずに今はアイスの事だけを考えるんだ!

こうして、朝の会のとき、私の頭の中はアイスの事でいっぱいだった。隣のやつを極力視界に入れないように細心の注意を払って。

 だというのに、顕微鏡、いや、乾梶梗は容赦なく話しかけてくる。

 「部活は?」

 内心で情けない悲鳴を上げながら、やっとの事で私は

 「…文芸部。」

とだけ答えた。

 「ようちゃーん。助けてー。」

 朝の会が終わると、私は乾梶梗の席の周りがクラスメイトで埋もれてしまう前に親友のもとへ向かった。親友はただ一言こう言った。

 「よかったじゃん。」

 いや、何がだ。

 そうききかえすと、ようちゃんこと庸子はこういった。

 「いや、なかなかのイケメンじゃん、彼。まるでアニメが実写化された時の主人公のようだ。あんなのがしばらく隣の席とか、ああいうのが好みだと主張する方達から恨みを買うこと必至だね。」

 まじか。そんなふうに見えているとは。これは私の目がおかしいのか、それともようちゃんの目がおかしいのか。いや、クラスの人達の反応を見る限りきっとこれは私がおかしい。

 「…あのね、ようちゃん。あいつの頭がどうしても顕微鏡に見えてしょうがないんだけど。」

 「…マジで言ってる?ネタじゃない?」

 「…うん。」

 ………。

 重たい沈黙が落ちる。

 「…分かった。信じる。」

 長い沈黙の後、ようちゃんが答えてくれた。

 「ホント?」

 「うん。まあ、嘘だったとしても小説のネタにするだけだし。」

 「…ありがと。」

 あまりにもあっさりと信じてくれて、なんだか拍子抜けしてしまった。とても嬉しい。ようちゃんはこういうところがあるので大好きだ。なんだかとても安心した。

 「ちなみにようちゃんの好みは?」

 「言ってもきっと分からんよ。しいて言うなら花言葉は『純真』『無垢』『威厳』かな。」

 でも、ようちゃんは時々よく分からないことを言う。

 「やばい、知らない。」

 「よかった。新世界への扉には開けていいものと開けてはいけないものがあるのだよ。」

 「また今度調べる。」

 「その頃にはきっと忘れているよ。」

 …そうかもしれない。

 そういえば、もうすぐようちゃんの誕生日だ。こう次々と物事を考えられるあたり、私は結構冷静なのかもしれない。

 「ようちゃん、誕生日プレゼント何が欲しい?」

 「カネ。」

 「…こっちで勝手に用意するね。」

 「ありがと。」

 「どういたしまして。」

 二人で笑いあう。ふと、私の席の方からとりわけ大きい声が聞こえた。私達の意識は自然とそちらに向く。

 「乾梶くん、口説き文句をお願いします!」

 「いいよ。」

 ざわめきが大きくなる。ようちゃんが平淡な声で「ワオ。」と言い、私は寒気を覚えた。

 顕微鏡頭は立ち上がり、その女子の両肩を掴むとこう言った。

 「君の事を、拡大して観察したい。」

 顕微鏡頭の取り巻きが歓喜する。私はドン引いた。ようちゃんは机に突っ伏して笑いをこらえている。

 「やばいね…。…あんた、目、代わって。」

 笑い声を洩らしながらようちゃんが言った。笑いすぎてヒ―ヒ―いっている。

 「できるもんならそうしたいよ。ついでに席も代わって。」

 これからあんな奴の隣とかつらい。

 私は笑っているようちゃんの前でしばらく駄々をこねていたが、チャイムが鳴ったので、席に戻るしかなくなった。

 (なんでこんな奴がイケメンに見えるのだろう。)

 もう一時間目が始まるというのに転校生の周りには女子がキャッキャウフフと群がっている。男子達は押しのけられたようだ。もうすぐで先生が爆発するだろう。私は自分の席に着くこともできず、ただ棒立ちしていた。

 「それで、乾梶クンは、どの部活に入るの?」

 集団の内の一人が尋ねる。乾梶は私の方をちらりと見て(?)からこう言った。

 「文芸部に入ろうと思ってるよ。明日、体験入部に行こうと思ってるんだ。」

 「ふーん、文芸部かぁ。じゃあ、私も文芸部に転部しようかな。」

 ここで私は衝撃を受けた。

 (勘弁して。)

 ただでさえ関わりたくないというのに、どうしたものか。顕微鏡頭は何とか慣らすにしても、このようちゃんに貸してもらった少女漫画で見るようなイケメンレベルのモテ度のやつがきたら心休まることがないだろう。

 (よし。)

 明日から私は幽霊部員になる。せめてこいつがようちゃんの言うようなイケメンに見えてくるまで。そう決意した。

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