赤耳勇者の敗北。
勇者は帰宅した。
家……いやココは城だ。
何百年か前は魔王城が建っていたそうだがソレはその頃の勇者と魔王の決戦で
跡形も無くブチ壊れたそうだ。
城の周囲もその影響なのか近年までは不毛の地だったのだが異世界出身の勇者の
持ち込んだ緑化の技術のオカゲで大分緑が戻ってきている。
妻は女公爵で城主でこの地の領主だ。
入り婿な雰囲気だが本人はあまり気にした様子も無い。
勇者なせいでこの世界や元の世界の管理神から時々依頼されて
仕事をしたりしている。
今日もそのせいで遅めの帰宅となってしまった。
プライベートエリアに入ると家族以外の気配がした。
どうやら客らしい……
今までココに入れる客は彼女の弟くらいだったのだが……
義弟の気配ではない……一体誰が……
妻は機嫌良く笑っていた。
極上の笑顔で……
最近はあまりあんな笑顔を見せてくれなかったのに……
勇者はため息をつく。
この日が来るかもしれないとどこかで恐れていた。
彼女の寿命は自分より長い。
彼女より先に老いて行くだろう自分はどこかで飽きられて
見向きもされなくなる日が来るだろうと……
自室に戻って執事に明日には実家に帰ることを告げた。
妻に後でそう言っておいてほしいと。
なんでご自分で言わないのだろうと思いながら退出しかけた執事は驚いた。
勇者が何の前触れもなく倒れたからだ。
ピクリとも動かない勇者に慌てたがともかく主人に注進して医者を呼んだ。
医者の施術にも妻の呼びかけにも反応は無かった。
客は「君の夢魔の能力で彼の夢に潜ってみたらどうだろう?」と言った。
妻なので夫の彼の夢には潜りやすいだろうと。
夢の中で勇者が居たのは魔王城だった。
妻と同じ姿の夢の女に膝枕をしてココでも眠っていた。
「私はアナタよ。でも夢だからね。
現実のアナタに言いにくいコトも言われたわ。愛してるって。
でもアナタに飽きられたらとても側に居られないから実家に帰りたいって。
あのお客様が新しい恋人だと思ったみたいよ。バカよねぇ」
ココで意識が無い内に連れて帰れと言う夢の自分……
夢の中でも意識が無いってどういうことなのかと疑問がうかんだけれど
彼女は今が連れて帰るチャンスだと言う。
「意識があったら多分強硬に抵抗するでしょうね。
現実を見るのが怖くてココに逃げ込んだんだと思うわ。勇者なのにね。
まだ彼を愛しているなら連れて帰りなさい。
まあ、迎えに来るくらいだから当然そうするんでしょうけど」
自分の姿をしているくせになんだか親に説教されてるような気分になった。
この女は勇者の見ている自分の一面なのかもしれないとも思う。
そうして妻は勇者を連れて帰った。
翌朝夜明け前に勇者は目覚めた。
隣にいた妻が微笑んで言う。
「あの客に嫉妬したのね」
寝返って向こうを向いてしまう勇者。
耳が赤くなっている。
そういえば初めて夜を共にした時もこんなふうに耳まで赤くなっていた。
そんな勇者がなぜか可愛くて押し倒したのは妻の方だった。
抱きついて赤い耳にキスをする。
甘噛みをしながら客の正体を明かした。
「アレは叔父だ。
母の一番下の弟でほとんど同じ歳だったから兄弟同然だった。
放浪癖があってほとんど音信不通だったんだ。
結婚したので報告に戻ってきたんだそうだよ」
振り向いた勇者は妻のスイッチが入っているのを確認してしまった。
魔王モードのスイッチが!
彼女は実は先代の魔王だったのだ!
勇者に負けたので退位して異世界まで彼を追いかけて行ったそうだ。
魔王の前からは逃げられない。
敗北が必至だったとしても……
……そうして赤耳の勇者は敗北した。
二人の朝は少しばかり夜に逆戻りしたようだった。
最近城主の女公爵さまはご気分がすぐれないそうだ。
でも、ご機嫌はすこぶる良いと言う。
「まさか二人目だなんてねぇ。
つわりがあるってコトをすっかり忘れちゃってたわ。
これじゃあ子供どころかその辺のスライムにでも負けちゃいそうだわね」
勇者はほとんど片時も離れずにかいがいしくお世話をしてるらしい。
最初の子の時には事情があってあまり一緒に居られなかったので。
何か言われると「前魔王さまに負けちゃいましたので」と答えている。
みんなそう言われるとなんだか納得したような気分になるそうだ。
どっとはらい。