灰春
僕は卓球部に入った。僕は根っからのインドア派だったけど「男なのに運動部に入らないのはダサい」と僕のお母さんが言ったから。
中学高校と卓球部に入って、中学高校通して部内でいちばん下手くそだった。頭の中ではちゃんと動いているつもりなのに、実際には「ふざけてるのか?」と言われても仕方ないようなカクカクした動きしかできなかったからだ。
練習しても練習しても上達せず同じことの繰り返しの僕に、最初は練習に付き合ってくれていた仲間も、黙って離れていった。
「どうしようもなく下手だね。向いてないからやめたほうがいいよ」
誰かがそんな風に言ってくれればよかったと思う。
「卓球ラケットとか、シューズとか、お金の無駄だって思わない?」
そんなことを言うやつは誰一人いない。
「それに、キミだって時間の無駄だって思わない?」
仲間たちはみんな、薄っぺらい笑顔を顔に貼り付けて。
「せっかくの高校生活、それで終わっていいのかい?」
なんでもないかのように、僕の存在を許している。
あまり気にしていなかったけど、どうやら今日が最後の大会らしい。僕より上手い後輩なんていくらでもいるけど(そもそも僕より下手な部員なんて存在しないけど)、三年生だからということでお情けで出場させてもらえるらしい。
僕のせいで出られなかった後輩が「なんでおまえが出るんだよ」と無言で言っていた。僕は「確かにおまえが出るべきだな」と無言で返した。
僕は今、市立の大きな体育館にいる。
会場には卓球台がずらーっと並んでいて、ピンポンピンポンピンポンピンポン、不協和音が鳴り響き、時折得点した選手の唸り声が聞こえる。
僕はその二階席の応援席に座ってその様子を眺めていた。
ちなみに、僕はすでに負けていた。初戦で、完膚なきまでに、木っ端微塵に、打ち負かされた。いつものことなので今更なにも感じない。
ただ、僕と同じユニフォームを着た仲間がまだ勝ち残っているため、僕だけ帰るようなことはさせてもらえなかった。
後輩たちは二階席から身を乗り出して「ファイト!!」と声援を送る。
すでに試合を終えた女子たちも駆けつけていて「先輩負けないで!」と声援を送る。
僕は後ろの方から「がんばれー」と無言で声援を送った。
今の声援で同級生の動きが少し良くなり、逆境をひっくり返して勝利を勝ち取った。僕の周囲がドッと沸いた。
歓声がうるさすぎて耳鳴りがしたので、僕は席を立ってトイレに逃げた。
耳鳴りが落ち着いてから席に戻ると、さっきの試合に勝っていた仲間が戻っていて、その周りには人だかりができていた。
僕は少し離れた場所に座った。みんなが嬉しそうに会話する声が聞こえてくる。
「次の相手は優勝候補だな」「北高の山田は異次元だからな…」「先輩ならやれますよ」「勝ったら飯奢ってくれよ」「お前は次の相手誰?」「西校の川口」「安パイじゃん。いいな」「バカ、油断してたら負けるぞ」「はいはい」「先輩、あの……試合終わったら話があるんですが」「お、おう。わかった」「ヒューヒュー!」「リア充爆発しろよマジで」「いやぁ、お疲れ。みんないい感じだね! 昼からも気合い入れてこ!」「ハイ!!」「せんせぇ〜俺が優勝したらおっぱい見せて」「キャー」「何言ってんのこのバカ」「優勝したら考えてあげる」「うおおおおあ勝つぞおおおおおおおお」「うるせえよ」「あっはっは」「試合のビデオ撮ったけど見る?」「センキュ」「いやーそれにしても男子結構強いねー、女子もうみんな負けちゃったのに」「ね! 男子まだ全員勝ち残ってるんじゃない?」「んー、そうみたいだな」「いや、一人だけ負けてる」「あ、忘れてた」「忘れてたってお前、ひどくね」「すまんすまん」「ヒドーイ」「んなことより飯買いに行こうぜ」「近くにセブンあったよな」「じゃ、先輩、午後も応援しますからね!」「任せとけ」「じゃーねー」
イヤホンを両耳にさして、僕の夏が終わっていく。