追手
ザクッ ザクッ
と5人の人影が雪の中を歩いていた。一人は他の2倍の体躯の大きさがある。
先頭は弓を装備し、二番は大型の双剣、三番目は杖に似た棍棒、四番目に茶色いオーク、五番目は武器を持たず、他の3人よりも大きめの荷物を持っている。
「くそ、匂いが身体にこびりついてる。気持ち悪い」
先頭から二番目の一人の女性が自分の身体を匂いながら不満げに愚痴をこぼす。
杖を持った3番目の女性がそれに答える。
「しょうがないでしょう、凍死するよりいいじゃん」
「お前はよく耐えられるよな、感心するよ」
二番はそう一番後を歩く仲間に向けて言うと、一番後ろの女は小さく答える。
「・・・・・・・・はい」
先頭を歩く、弓の女の脚が止まる。
「みつけたか?」
二番目の女が先頭に問いかける。
「ああ、ちかいよ」
「やっとか、よくここまで逃げてきたもんだな」
ーーーーーーーーー
俺は大きくあくびをした。強張った全身を伸ばす。あー寒い、とても寒い、
昨夜の嵐は過ぎ、青い空が頭上に広がっていた。
「これで帰れるか」
ぽっとそう声にでたが、重要な問題が片付いていないことに気づいた。
牛型のオークのコラン
アマゾネスのミル
この二人のこれからを決めねばいけなかった。
コランは悪いオークではない、それはわかっていた。しかし難しい問題だった。
村からの依頼は退治だ。
誰も傷つけていないとは言え、被害を与えたのは事実だ。しかも、それ以前にハフの村以外では殺しをしていないとは限らない。
意外なことに、一番最初に会話を始めたのは村の猟師のバンズさんだった。
「この毛皮はお嬢さんが鞣したのか?」
「は、はい」
自分達の処分を不安に思いながらも、ミルは答えた。
「傷がない、もしかして素手か?」
「はい、コランが獲ってきました」
二人だけにしては多い量の革細工、
よくもまあ集めたものだ。
コランが魔物を獲り、ミルが革を加工したのか。
少しの沈黙の後、バンズさんは再び質問を始める。
「これからどうするつもりだ。」
「え?」
バンズさんは、即答できないミルから、俺やフレイヤ、オタルに視線を向ける。
オタルは少し離れたところで、こちらを見ていた。主にコランを
「冒険者さん達も、このオークを討伐するつもりはあるのか?」
返答に困る。
俺も即答できないでいると、フレイヤがその質問に答えた。
「だから困ってるの」
「そうか・・・・じゃあ、そこらの鞣した革、でかいのを2枚、それでチャラだ」
「親父・・・・」
父の発言にリムルも驚いたように呟いた。
「どうだお嬢さん、オークさん」
「は、はい、いくらでも持っていって下さい。それで許してくださるのなら、」
「そうか、ではもう一度聞くぞ、
これからどうするつもりだ」
そう聞かれてミルは俯いた。
それもそうだアバウトな話だ。
「腹の子、もう近いのだろう?」
ミルはハッと膨らんだ腹に視線を落とす
「この辺りはこれからさらに凍えるぞ、天気も毎日のように荒れる。そんな中で産むつもりか?母子共々死ぬぞ」
コランの顔が不安に染まる、ミルはコランの肩に手を添える。
二人で視線を合わせ、無言で互いの意思を感じ合う。
「ミルを村に入れてくれ、なんでもする、ミルだけ、でも、、、」
コランは静かに、確かな意思の声でそういった。
バンズさんはコランの言葉を聞き、静かに座っていた丸太から腰を上げる。
「村長には俺から言っておく、風がないうちに山を降りるぞ、支度をしろ」
ーーーーーーーーー
山道
「意外だなバンズさん」
「あのオークさんのことか?」
「オークって魔物より嫌われてるだろ」
「・・・・確かにな、しかし今回は例外だろ、わしにでも害悪かそうでないかはわかる」
「・・・・」
「わかっとる、普通は割り切れん、存在自体が悪という奴もおるだろう・・・いや、殆どか?」
「まあな、どこ行ってもダメだなオークは」
「・・・・・昔ここの山にも雪狼というのがいてな、大きくてそれは綺麗な狼だ。ずっと昔じゃ雪山の神とも言われておった。
伐採で獲物も縄張りも減ってな、人里に降りてくるようになり、被害も出て危険害獣に指定されてた。
沢山の冒険者や、騎士が集まって討伐を始めた。牙も毛皮が高く売れるからな。
・・・・父は猟師だということもあってか、その誘いが沢山きたんだが、参加しなかった。
山神は頭がいい、自分から人を襲うことなんて殆どない、
全て魔物と区別するからダメなんだ。
向こうからすればこちらが魔物だといっとった。
よく思い出す。だからか、理由はまだあるが、あまりあの二人には嫌悪はない」
「他の理由って?」
「長くなるぞ」
「どうせ道も長い」
「・・・・20年以上も前だが、戦に参加した時がある」
「あの100年の大戦か?」
「その端の端だがな、魔王の手から離れた過激派だ。そいつらのアジトを襲った。その中にオークが数頭いてな、奴隷とされていて前線で戦っていたんだが、
一頭が、負傷した獣人族の、多分主人だったと思うが、それを守るように戦っとた。
主人を置いていけば逃げられたかもしれん、
主人は逃げろと叫んでいた。
・・・ああ・・・よく覚えとる
オークはそのまま闘って死んだ、
その後主人も殺されたが、
だから・・・なんだ」
俺は無言で聞く
「やつらにも人と同じもんがある。俺達にもあるだろオークと同じもんが」
「そうさな」
少しの沈黙、俺はバンズさんに聞いた。
「ハフの村の人らは理解してくれるかな?」
「分からん、しかし連中にオークの被害を受けたもんはおらん、危険視はされても恨まれたりはないだろう・・・・とは思う。期待はできんが」
「そっか」
「まあ最悪妊婦だけは入れてくれるだろう」
「オークが生まれてきたらびっくりするだろうな」
冗談のように発言すると、まえのリムルがとある質問をしてきた。
「オークなんですか?女の子とかはありえないんですか?」
「あー、言われてみれば、どうなんだろうな、どっちも片性種だしな」
「片性種?」
リムルは首を傾げた
ーーーーーーーー
「オ・・・タルくん?」
前から呼ばれて顔を上げると、クリシアに乗馬しているミルがオタルを見ていた。
流石に片腕が折れているオークに背負わせるのも悪いと、フレイヤと共にクリシアに乗馬させていた。
「オークが憎い??」
「・・・・・はい」
ミルの質問に俯きながら答える。
「どうしてか聞いてもいい?」
「・・・・人を襲うから、悪いやつだから」
「魔物全部が憎いの?」
「違います、オークだけ・・・です」
「魔物だって人だって人を襲うよ」
「分かってます。でも、その」
オタル言葉を続けた。
「いっぱいオークを殺してきました。
全部悪いやつでした。人を襲って、ひどいことして、子供を食べる奴、死体で遊ぶ奴も、そうしながら笑う奴もいました。
良いオークなんていませんでした。だから・・・・・・・・・」
「良いオークならここにいるじゃない、二人も」
「それは・・・・・」
ミルの言葉にオタルは立ち止まる。
静かに自分の手を見る。
そして、押しつぶされそうな表情で呟いた。
「僕が殺してきた中には・・・・いいオークもいたんですか?」
ミルはオタルの言葉に返す言葉がなかった。
同乗するフレイヤは無言でオタルの後悔を考えていた。
「おい!迂回だ!この先は雪崩おきるかもってよ」
空気を読まないフルドの声
「はあーー!お腹すいてきたんだけど!!」
「はあ!?しるか!?」
フレイヤはため息を吐き、馬を反転させてオタルの横を通る。その時にフレイヤはオタルの肩をパシッと叩く。
「オタル、殺してきたオークなんかよりご飯のこと考えなさい!肉!ステーキ、あとスープ」
「・え、えーと、、、うん」
オタルは小さく頷いた。
しかし、オタルの曇った表情が和らがことはなかった。
ピクリ
その時、オタルが停止した。
オタルの停止、異変に一番を早く気づいたのはこの中で一番付き合いの長いフルドだった。
ビュン!!
次の瞬間オタルはコランを思いっきり突き飛ばした。
突き飛ばしたオタルの腕に矢が勢い良く突き刺さる。
ポタリと白い雪に赤い血が滴り落ちた。
突き飛ばしたオタルの腕には先程の矢の切り傷ができていた。
オタルが突き飛ばしさなければ、確実にコランに命中していただろう。
その突然の奇襲に全員が驚き、停止する中、フルドはバンズとリムルを雪に押し倒し自分を覆い被せた
「フレイヤ!!待ち伏せだ!!」
「どっから!!」
「西から!!」
「東だ!」
間違った方角を言ってしまったフルドを、バンズが正す。
「東でした!すみません!」
矢が来たであろう方角を見るも木の影に隠れているのか、もしくは雪に紛れているのか、その主は見当たらない。
空かさずフレイヤが防衛のため黒帯を出す。
オタルも戦闘態勢を取った。
矢が放たれて数秒も立たず第二派がオタル達を襲った。
3人の人影が矢が飛んできた反対方向、西側の木と岩の陰から雪煙を上げ颯爽とオタル達に向かい襲撃を開始した。
うち一人は魔法陣を転開、数十個の火球が縦横無尽に襲う。
フレイヤの黒帯が波のように使い、2発目の矢と共にそれをかき消した。
自分の魔法を軽々と消したフレイヤの固有魔法に、火球を出した人影は驚く。
しかし火球をかき消した煙と雪煙を突き抜け二人目の人影、フードがめくれ黒い長髪が風に揺れ、フードから見えた肌はミルと同様のアマゾネスの肌色。
コラン目掛け、弓のようにフルドの剣の何倍もある双剣を構えて特攻する。
その瞬間、双剣のアマゾネスとコランの間にオタルが立ち塞がった。
双剣のアマゾネスは意に返さず双剣を振るった。
他のものには見えないような早技、
アマゾネスは右手の剣を縦に、左利きの剣を右脇から左へとほぼ同時に振るう、
オタルはその二つを剣撃を素手での回し受け、綺麗に刃の腹を受け剣撃を曲げて流す。
「!?」
アマゾネスは対処できぬまま、そのままオタルの流れるような受けからの両手による掌底がアマゾネスに直撃した。
脚の雪が跳ね上がるように雪煙が舞う。
アマゾネスの身体に衝撃が走り、特攻の時よりも早い速度で跳ね飛ばされ、火球魔法を打った仲間に向かう。仲間は避けるまもなく飛ばされた。双剣のアマゾネス衝突した。
そして、別方向から遅れて襲ってきた、大柄な人影、防寒着を脱ぎ捨てあらわになった正体はオーク。
茶色の肌のオークがオタルに向けて巨大な戦斧を振るう、斜めに振られた戦斧が空を切り地面に当たり雪煙を舞わせる。
オークの戦斧はオタルに当たることはなかった。
二振目の戦斧を軽々と避けたオタルの拳が息を終わらせずに茶色のオークの顔面に向かい放たれた。
ガンッと凄まじ音を響かせて茶色のオークは吹き飛ばされた。
その音にフレイヤは違和感を覚えた。
以前オタルがオークの群れを全滅させた時の音ではなかった。頭蓋の割れる音が聞こえない。
茶色のオークはオタルの拳が当たる刹那、戦斧から手を外し顔とオタルの拳の間に当てたのだ。
まだ茶色のオークを倒せていないことを直感的に理解したオタルは追撃を図る。
「!?」
しかしオタルの追撃、茶色のオークの胴体に拳がめり込む撃ち飛ばされる。さらなる追撃を図ろうとするが成功することはなかった。力が抜けたかのようにその場に膝を突く。
どうにか起き上がろうとするが思うように立つことができない。
飛ばされた茶色のオークがゆっくりと立ち上がる。
ダメージは甚大なようで、口と鼻からは流血が見て取れた。
「毒!?」
フレイヤは先程の矢に毒が塗られていたと察した。
「ダメ!コラン!」
ミルの制止を張り切り、ドスドスと茶色のオーク目掛けてコランが突進する。
「コラン!!」
茶色のオークはダメージが残る中、コランの突進に応戦しようと腰の剣を抜くが、空かさずにフレイヤの黒帯が、腕や身体を拘束。
コランの振り上げた拳が茶色のオークの顔面にガンと音を立てて直撃した。
そのまま馬乗りになって殴り続ける、茶色のオークは首をくねらせて避けるが、すぐにフレイヤの黒帯に束縛され、コランの二撃目の拳が直撃する。
(こいつも馬鹿力)
フレイヤも拘束に念が入る。矢を防御しながら、拘束、
他の二人も拘束を試みる。
魔法は使わない、雪崩の危険を感じたからだ。
「オタル!大丈夫!」
フレイヤは、ミルを残し、クリシアから下馬し、オタルに近寄る。
火球がオタルとコラン、フレイヤ目掛けて飛んでくる。とっさに黒帯と魔法陣の盾で回避する。
双剣のアマゾネスとの衝突により飛ばされた仲間が双剣のアマゾネスの下敷きになりながらも火球を打ってきたのだ。
双剣のアマゾネスはまだ意識が戻っていない。
一方、フルドとリムル、バンズは、狙撃してきた敵に反撃を試みていた。
フルドが盾となり、後ろにリムルを追わせて、矢が飛んできた方向に突撃していた。
バンズは当たりを、動かずに当たりの警戒に努める。
狙撃を行った仲間はアマゾネスの女は動揺していた。
腕の立つ仲間、そして、あの茶色のオークが簡単に返り討ちにあったいたからだ、
同時にこちらに突撃してくる男二人、フルドとリムル、後方にこちらを警戒する男バンズ、雪の下に身を隠しているが、下手に動けない状態。
しかし、この距離ならば、打たれてからでも避けられると考えた弓をもったアマゾネスは、とりあえず、こちらに向かってくるフルドに向けて矢を放った。
後ろを追うリムルはフルドが陰になって見えないが、人間の胴ならば二人でも貫通できるだろうと慢心していた。
バシュッとやが放たれた。
そして、アマゾネスは驚愕した。
弓がフルドの左胸に当たる。
バギン!!
しかしその矢はフルドを貫通することもなく、身体に当たった反動で別の方向に弾かれた。
凄まじい威力にフルドも後ろに弾かれ、後ろのミルがそれを支えた。
「!?」
弓のアマゾネスは理解ができなかった。
強度な防具でも装備していたかのような現象、しかし、フルドの左胸から肩にかけて、革の衣服は破かれ皮膚が露呈していた。金属類の防具は何一つなかった。
いや、金属類だとしても、アマゾネスには貫く自信があった。
(そこか)
バンズが狙撃者の場所を特定する。大型の石弓を構える。
再び立ち上がり突撃するフルド
後ろを追うリムル
距離が縮まる
そしてバンズの石弓が放たれる。
ビュオンと風切音が鳴る。
アマゾネスが潜伏していた地点の木に矢が直撃して大量の雪が落ちて舞う。
(視界が)
弓のアマゾネスが弓を構えると同時に、雪煙の中きらフルドが飛び出してアマゾネスに向けて剣を投げた。同時に放ったアマゾネスの弓がフルドに当たるが、同じように弾かれた。
(!?)
空かさず当たる寸前の剣を横に避けた瞬間、アマゾネスの目に今までフルドの後ろに隠れていたリムルの姿が現れる。その姿はすでにボウガンを構えてこちらを定めてた。
至近距離からの発射
リムルの石弓が放たれた弓が、アマゾネスの右股に直撃した。
ーーーーーーーーーーー
ズズズズ
地面が滑る。
積雪がひび割れ、厚い雪の層が斜面を流れ始めた。
「雪崩だあ!にげろぉ!!!」
バンズの声が雪崩の流れる音にかき消される。
オタル達の足場も滑り始める。
「!クリシア!!!」
フレイヤが叫ぶ。
クリシアがミルを乗せたまま雪を蹴り、駆け出した。
「!?」
茶色いオークの黒帯の拘束が解ける、解けた黒帯がコランに纏わり付いた。近くを通り過ぎるクリシアからも黒帯が伸び、それがコランの黒帯と結ばれてて、クリシアの疾走に引きずられるようにコランはクリシアに引っ張られた。
ゴオォオオと地面が滑る。先日の吹雪で積もった人の身長など優に超える雪層が、白煙ともにオタルたちを襲った。
先に双剣と魔法使いのアマゾネスの二人が巻き込まれる。
魔法使いはとっさに障壁を貼るが白煙に消えてしまった。
フレイヤはクリシアを走らせた後にオタルのそばに寄り黒帯で自分とオタルを包むように間一髪、防御壁を張った。直後二人を雪煙が包み込んだ。
「くっそ!!」
フルドは雪崩から逃げるように雪原を走る。
するとリムルがついてきていないことに気付く。
後ろを振り返ると、リムルが先程太ももを射ったアマゾネスを肩に肩に抱えて走っていた。
「リムル、そいつは置いてけ!!」
「動けないんです!!」
彼女の受けた矢は彼女が同様に使っていた毒と同じような毒が使われていた。
猟師がよく使う、薬草と虫の毒を混ぜたバンズの毒、致死率は低いものの一時的に相手を麻痺させる毒、
彼女はその毒が早くも効き始めていた。
リムルは肩に彼女を背負い必死に逃げる。
雪崩を横に逃げるバンズが遠くの二人をみる。
「横だ!!!横に逃げろ!!」
しかしその声は雪崩の音でかき消される。
「置いてけ」
リムルに背負われたアマゾネスは振り絞る声でそういった。
しかしリムルはそれを無視して走る。
「クソッ」
と葛藤を終えたフルドがリムルへ近づき、アマゾネスもう片方の腕を肩に担ぎ、共に走るー
「すみません!」
「走れ走れ!!!」
奮走虚しく後ろから追ってきた雪崩が二人を包み込む。
雪崩は斜面を流れ流れ、途中にある崖の激しい斜面をオタル達巻き込みながら滝のようにを落ちていった。