ミルとコラン
オタルの踏み込みで雪が舞った。大砲のように跳んだオタルが牛型のオークに迫る。
とっさに牛型のオークは女を守る為手で跳ね除けた。
一瞬で距離を詰めたオタルの拳が牛型の頭部目掛け放たれた。
「ま!待て!!」
おれの声は間に合わなかった。
俺の声と同時にオタルの拳が牛型のオークに直撃した。ガンッと音と共に衝撃波で雪煙が舞う。
雪煙から牛型のオークが殴り飛ばされて地面に転がる。
どうにか体勢を立て直した牛型のオークだが、オタルの拳を咄嗟にガードして受けたであろう右腕は見事の折れていた。
痛む隙を与える間も無くオタルの追撃で再び雪が舞った。
間に合わない、俺の足では到底オタルの追撃を邪魔することはできないだろう。
そんな時、オタル追撃を止めたのは女だった。
女の魔法防壁陣が、牛型とオタルの前に展開された。
そんな魔法も、一瞬の時間稼ぎ、オタルの拳はガラスを割るように障壁を軽々と粉砕した。
しかしその一瞬が功を奏した。
地面から黒い帯が生えてオタルの手足を拘束した。
「!?」
予測外の拘束にオタルと俺は驚いた。
フレイヤの黒帯、まさか、あの雪道をきたのか、あたりを見回すと、クリシアに乗ったフレイヤが、オタルが現れた方角から疾走しこちらに向かってきていた。
なんて馬だ、この雪道をきたのか、よく見ればクリシアの足に積雪用馬装具がつけられていた。
それでもこの積雪をあの速度で走るとは流石は天馬と呼ばれるわけだ。
拘束のお陰でようやくオタルはまともになり、こちらを振り返る。
しかしその顔にはまだ同胞に対しての明らかな殺意がのこっていた。
少し恐怖を感じつつも、俺はオタルの元へと走った。
「バンズさん、打たないでくれ!」
一応影に隠れたバンズさんに声を掛けておく。
牛型のオークとオタルの間に入る。
先に女が牛型のそばに走り寄って心配そうに様子を見ていた。
「大丈夫そうか?」
女にそう聞いた。未だ警戒はしているようだが、俺の声にうなづいた。
オタルを見る。鼻息が荒い未だ完全に落ち着いてはいないようだ。
「オタル、、このオークはダメだ、殺せない」
オタルと目が合う、無言のまま徐々にオタル目は落ち着きを取り戻す。いや、落ち込んだように目を落とした。
「ほんと馬鹿力、オタル、後で説教ね」
クリシアから降り、こちらに来たフレイヤがそうオタルに言った。
「・・・・すみません」
小さい声で謝ったオタルを横目に短い溜め息をついたフレイヤ
「拘束を解くけど、もう襲わないってちゃんと約束して」
長い沈黙のあと、オタルは静かに頷いた。
シュルシュルと黒帯が解かれ、オタルはその場にへたり込んだ。
フレイヤは牛型のオークと女の元に進んだ。
「大丈夫?怪我見せて」
女は不安げにオークの腕を見せた。
フレイヤはバックを下ろし包帯や薬を取り出す。
「これ持ってて、フルド!!!太い枝持って来て!オタル!!こっち来なさい!!」
フレイヤは怒っているのかと錯覚する程の声で俺たちにそう言った。
俺はすぐに理解したがらオタルは別だった。
自分が殴ったオークのところへ?
女や牛型のオークもえ?と言う顔をしていた。
そんな不安と驚きをよそにフレイヤは笑顔で、女とオークに言った。
「大丈夫、約束したし、あいつ治療の腕いいから」
ーーーーーー
オタルとフレイヤに、あの牛型のオークの治療を任せ、フルドは少し離れた場所で猟師親子、バンズ、リムルに事の説明をしていた。
「悪い、騙した感じで」
「まあ、構わん、別に俺自身はオークに恨みはない、あれが無害というなら殺す必要もない」
「・・・ありがとう」
フルドは理解してくれたバンズに対して静かに礼を言った。
冷たい風か音を立てて吹く、バンズは空を見つめて、眉間にしわを寄せた。
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オタルとフレイヤ、牛型のオークと女、
牛型のオークはオタルの治療を受けていた。
オタルの動作にビクつきながらも、折れた腕の補強はもう終わろうとしていた。
頭の出血も止まり、女はとりあえず一安心したようにホッと息を吐いた。
それを見守っていたフレイヤは質問を始めた。
「あなた達名前は?」
牛型のオークと女は顔を見合わせ、女が口を開けた。
「私はミル・タンパシーです。彼はコラン」
「ミルとコランね、村の作物を盗んだのはあなた達?」
「・・・・・・はい、そうです、すみません!もう・・・・、その!」
「やめて、謝らなくていいから質問に答えて」
謝罪をしようととする女、ミル、牛型のオークコランはオロオロとミルと同様に頭を下げる。
しかし、その言葉を遮りフレイヤは質問をつづけた。
「どうしてここに??」
「・・・・逃げてきました」
「何から?」
「・・・仲間たちから」
「当たりね、そのクリフォード、知ってるでしょ?詳しく聞かせて」
「え・・・は、はい」
「おい!フレイヤ!話はあとだ」
求めていたクリフォードの情報がようやく手に入れることができる寸前でフルドが遮る。
「なに?」
不機嫌そうに返すフレイヤにフルドは答えた。
「嵐が来るらしい、とりあえず牛オークさん達よ、あんたらが住んでるとこあるだろ、嵐を巻けるか?」
「・・・・はい、おそらく」
ミルはキョトンと答える。
「案内してくれ、急ぐぞ、あの猟師さんの話じゃ、すぐに荒れるってよ」
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バンズの言った通りすぐに天気は荒れ、吹雪が吹き荒れていた。
ミルとコランの案内で、オタル、フライヤ、フルド、馬のクリシア、猟師親子2人は、ミルとコランの隠れ家の山の洞窟の中に避難していた。
広めの洞窟が窮屈になっている。
「バンズさんどのくらいで止むんだ?これ」
「わからん、この季節の天気は変わりが激しい」
バンズはヒゲを撫でながらそう言った。
息子リムルは、 洞窟の中にある毛皮に興味を奪われていた。
「これ、すごいっすね、こんな、なにもないとこで加工できるなんて」
「あまり動くな、警戒がなさすぎるぞ」
洞窟に並べられた革細工に興味津々なリムルに対してバンズは空気を読めないリムルに注意する。
そこにミルがフォローするかのように口を開けた。
「その、前に革細工師をやってまして、多少の道具があれば、大体のものは・・・コランのお陰で材料には困らないので」
そう言ってミルは、隣で横になっている。コランに優しく手当てる。
コランも手を重ねてそれを返す。
「2人は出来てんのか?」
フルドは無粋な質問をする。
ミルは少し頬を赤らめて静かに頷いた。
オタルはあれから一言も喋らず、落ち込んだ顔で洞窟の隅にクリシアの隣に座っていた。
5人と3頭がいる洞窟の中で沈黙が続く。
するとため息をしてフレイヤが沈黙を切った。
「あなたアマゾネスね?」
ミルに尋ねる。
「・・・・・・はい」
「まじかよ、初めて見た」
「じゃあ続きを教えて、クリフォードとアマゾネス、知ってること全部」
「・・・わかりました」
ミルは静かに口を開けた。
ーーーー
パチパチと洞窟の中でオタル達は身体を休めていた。山の吹雪はおさまることはなく日は落ち夜になっていた。音を鳴らす風が革のカーテンの隙間から洞窟内に度々入ってくる。
山育ちのバンズとリムル、は寒さに慣れているようで静かに眠っている。
ミルはコランと共に革の寝具に入り、コランの高い体温で暖を取って暖かそうに眠る。
問題はフレイヤだった。
ミル達から革の毛布借りてはいるが隙間風や排煙の穴から入る冷気が時折フレイヤの身を震わせた。
急いでオタルを追ったためフレイヤは、まともな防寒着を準備していなかったのだ。
そんなフレイヤに革の毛布が上からかけられる。フレイヤに毛布を譲ったのはオタルだった。
フレイヤは気づき、顔をオタルに向けた。
「あ、すみません、寒そうだったので」
「あんたは?寒くないの?」
「はい、火もありますし、大丈夫です」
フレイヤは丸太に座りながら薪を火にくべるオタルを眺める。
ちらりと視線を移すとコランに抱かれ暖かそうに眠るミルが映る。
フレイヤは考え込む
「・・・・・こっちきて」
「え?」
「反対側が寒いの、風除けになって」
「で、でも」
「いいから、あんたのせいで薄着なの」
戸惑うオタルに、フレイヤは強引に地面を叩き
自分の隣に招いた。
「そこに寝て」
「・・・・」
フレイヤが毛布を開き、その場所に恐る恐る向かい隣で横になるオタル。
「こっち向かないでね」
「はい!」
オタルはフレイヤに背中を向けて横になり、フレイヤも火の方を向き、オタルに背を密着させて二人で同じ毛布に入った。
正面の火と、背中から伝わる暖かさで、フレイヤは満足げに目を瞑り、眠りについたのだった。
蚊帳の外で起きていたフルドはその光景を凝視していた。
「・・・・・さむ」
と声をもらし、フルドは身震いをしながら毛布に包まった。