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鉄腕オーク   作者: 利
オークと魔女と異世界人
16/70

バッシュ



フレイヤとフルドがともに彼らを埋葬している時、別の場所で、オタルは母子の体温を上げるためひたすらにじっとその場に座っていた。


普段から高い体温のオタル、さらには火の熱で温め、布や防寒着で保温する。


冷えた体には命の温もりに感じるだろうが。

オタルにとっては夏場の暑さのような感覚を与えていた。

額から喉にかけて汗が落ち、うっすらと蒸気の煙もみえる。


おかげで母子の体温はみるみると上がっていく。先に目を覚ましたのは赤ん坊の方だった。


ぐずりだす赤子の声に母親がピクリと反応を示した。


安堵と共にオタルは焦り出した。


母親が自分を見れば、怖がるかもしれない。

慌てて対処を考えた結果、オタルはただ顔を布で隠す程度のことしかできなかった。


そして、母親は目を覚ました。


目を覚ますや否や、慌てたように我が子を安否を確認し安堵のため息を吐く。


暖かい。


母親はそう感じた。

暑いくらいの暖かさ、そして、自分は何かに抱かれていることを認識する。

顔は布で隠れてあまり見えなかったが。

時折、布の隙間から見える牙、そして、自分を抱く異常な程、太く逞しすぎる腕に不安と恐怖を感じ始める。


「あ、あの怖がらないで下さい。何にもしませんから、今は、その温めるのはこうするのが良いと思って」


母親は彼が人族ではないことはすぐに理解した。

しかし慌てふためくことはなかった。

いや、したくとも、それを行う体力すらないぐらいに疲弊していたのだ。


「えーと、その、大丈夫です。一緒にいた人がもうすぐ帰ってきますから・・・・・喋れますか?」


オタルは気がついた、普通の人の反応なら、恐怖で身体が硬直する。

この母親から恐怖や不安を感じていることはわかるが、そういった反応を示さい。


それ程までにこの母親が弱っていることをオタルは再確認した。


「・・・・はい」


掠れ、消え入る声でどうにか返答をした。


「スープがあります、体を起こしますね」


「・・・・はい」


オタルは優しく母親の体を起こす。

スープを少量、カップに注ぎ、火傷をしないように回し、適温にする。


弱り、思考さえ十分に回らない母親は不思議そうにそれを眺めた。


自分の命を軽く奪えそうな、逞しく、怪物のような手が、まるで自分が赤子に接するように優しく、そして手慣れたようにスープを冷ます。


そんな矛盾したような、相反するような光景に恐怖など等に忘れてしまっていた。


適温になったスープを母親の口元に近づける。


「少しずつ飲んで下さいね」


一口、スープを口の中に染み渡らせる。


美味しい、


暖かいスープが身体に入っていくのを感じる。

そして少しずつ、スープを身体の中に入れていく。


途中、とうとう赤ん坊が泣き出した。

母親はあやしながら乳房をだし、赤子に母乳を与える。

対して出ないであろう母乳を、赤子は必死に吸いつく。


「・・・・・もう乳離の頃なんです」


「・・・・は、はい」


「最初は味付けはいりません。栄養のあるものをドロドロにして人肌より少し暖かいくらいまで冷ますんです。・・・

最初は水を多めして、徐々に消化を慣らしていくんです。」


「・・・・この子の・・・離乳食ですか?」


「はい・・・・」


「わかりました。こう見えても何度も作ったことあるんです。安心した下さい。」



「はい、ありがとうございます。・・・・・名前はバッシュと言います。バッシュ・ハント」


「・・・バッシュ君ですね・・・・わかりました」


「昼間は出来るだけ寝せてあげて下さい。夜泣きが少なくなります・・・夜泣きの時はお腹いっぱいになるとすぐに眠ります」


「はい」


母親は母乳を吸う赤子、バッシュを目に焼き付けるかのように、ひたすらに優しい目線をおくる。


「この子を、お願いできますか?」


「・・・・・・」


「身勝手な、ご迷惑な事だとはわかっています。」


「そんな、まだ・・・・・」


まだ・・・・オタルは覚悟はしていたのだ。

彼女が長くはない事、経験による直感だった。

オークに襲われ、連れ回され衰弱死した女性を何人も見てきた。


それでもオタルは願っていた。直感が外れることに、この母親が元気に赤子の世話をする姿を思い描きながら。


それでも母親は自分がもう駄目なことを悟り、この子を託そうとしている。


オタルの優しき願いが叶わないことを告げていた。


「もう・・・駄目なことはわかっています。お願いします。指輪くらいしか、お礼できるものがありませんが・・・・お願いします、この子を・・・どうか」


声が掠れ、小さくなっていく、オタルは願いを聞き入るしかなかった。


「・・・まだ、あなたが駄目だなんてわかりません。」


「優しい魔族さん、お願いします」


そして、等々母乳が出なくなったのか

赤ん坊は再びぐずりだす。


すると母親は少ない命を使い、赤子を揺らし、子守唄を歌い始めた。



〜眠る君の横顔を


優しく見つめる母の目を、


眠る君の掌を、


優しく包む父の手を


君を迎える朝の日を、


君を見守る夜の月を、


忘れないで、全ての愛が


君の刻を見守るから


この愛が、この歌が、君のゆりかごになるように


ねむれ、ねむれ、母の、この胸で、


ねむれ、ねむれ、母の、この腕で、


愛する子よ、君の夢が、幸福でありますように、


母のゆりかごで、


ねむれ、ねむれ


ねむり、さめれば、


新しい愛が、何度でも、君を迎える〜




懐かしい歌が聞こえる。


ああ、自分もこの子守唄で眠ったのだ。


あの愛しき祖父、自分を育てたゲラルトの声が、まるで側にいるかのように頭の中を流れる。


幼少の頃の記憶が、オタルの心を揺さぶった。


「駄目だよ、駄目だ、死なないで」


無意識に出た懇願の言葉、

涙でオタルの視界はぼやけていく。赤子に落ちた涙を見た母親は、ゆっくりと顔を上げる。



布の影から大粒の涙を流す魔族、母親はゆっくりと手を差し伸べて、オタルの頬にそっと手を添えた。


「・・・・魔族さん、顔を見せて」


「・・・・・・」


戸惑いながらも布を取るオタル、露わになった顔を母親は恐れず、優しく見つめた。


「・・・・お名前を教えて」


「・・・・オ、オタルです」


「・・・・・オタルさん、この子をよろしくお願いします。」


「ありがとう」


「ごめんなさい、悲しい思いをさせてしまって・・・・・でも、よかった、この子を託すのがあなたで、」


「・・・・そんなこと」


「いいえ・・・・・あなたで、よかった。ありがとう、」


「・・・・・・・」


「どうか・・・・・・・バッシュを」


母親の瞼が落ちて行く


「・・・・・よろしくお願いします」


「絶対守りますか!!だから!駄目だ、嫌だ!!」


「・・・この子とあなたの人生に・・・・幸があらん事を」




そして、オタルの頬に当たった手が、ゆっくりと落ちた。




「・・・・嫌だ、嫌だあ!」



オタルに呼応し赤子が泣き始める。


オギャーオギャーと森に赤子の泣き声が響きわたる。


「・・・・嫌だよ」


涙が赤子の服を濡らす。






「・・・・そうだよね、悲しいよね」


ゲラルトを失った自分と重なった赤子に語りかける。


「・・・・僕も悲しいよ」


オタルは溢れ出す涙を止める事は出来きない

ただ、この腕で眠る母親と赤子をひたすらに潤む歪んだ視界で見つめることしかできなかった。










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