オタル
暗い洞窟、淀んだ空気が立ち込め、地面にはトロッコのレールが引かれている。その洞窟内を沢山の戦争捕虜や奴隷たちが掘削し、その瓦礫をトロッコに積んでは運搬していた。
ほとんどの奴隷はホルム(ホモサピエンス)ではない。肌の色、骨格、人間とは明らかに違う特徴を持つ。
魔族
と呼ばれる人類たちだ。
そしてその洞窟の奥の奥。ひたすら深いその場所で、彼はつるはしを振るい黙々と採掘を進めていた。
赤い肌、下顎伸びる牙、そして筋骨隆々な身体。
オークと呼ばれる魔物と分類される種の彼は、無言でひたすらにつるはしを目の前の洞窟の壁に打ち付け、軽々と地面を削っていく。
つるはしを振り上げ下ろす、その時、ビキリと言う音と共につるはしが折れ、地面にころがる。
「あーまた・・、怒られるかな」
そう呟き落ちたつるはしの先を拾う。
そう言って彼は落ちた鉱石の破片や石を拾い近くのトロッコへと詰めていく。数個あるトロッコ、その中のいくつかには、すでに石や鉱石が溢れんばかりに積まれていた。
まだ空きあるトロッコに鉱石たちを詰め終わると、トロッコの数は軽く10台はある。
全てのトロッコをレールの上に乗せ、一列に繋げると、それを全て押し始めた。ギィーと鉄の軋む音と共にトロッコが進み始める。
到底普通のホルム一人では押すこともできないであろう重さのトロッコが10数台、さらに、上がり勾配になったレールの上を彼は顔色一つ変えずに押しているのだった。
しばらく押していくと、ちらほらの他の捕虜たちも見え始め、そのうちの一人がオークを見つけ声をかける。
「よー、オタル、相変わらずすげー量だな」
片手につるはしを持ったリザードマンが、親しそうに声をかけると、オークのオタルは笑顔でそれに答えた。
「今日は岩が脆かったから、結構進んだんだ」
「へえ、何人分だ?これ」
「ははあ、とりあえず、半分置いとくね」
そう言ってオタルは連なったトロッコの真ん中の連結を切る。
それを見てリザードマンの男は申し訳ない顔で頭をかいた。
「ほんといつも悪いな」
「いいよ、これぐらい」
「本当ありがとよ、それにしても今回は早かったな」
「うん、今回はそこまで奥にはいってなかったから」
オークの言葉をききながら、リザードマンの男はあるトロッコの中を覗き込む。
「うえ、グロ、強そうだな」
トロッコの中には鋭利な爪と甲殻で覆われたムカデのようなモノから獣やトカゲのような魔物の死体が詰めれられていた。
カンカンと鉄を鳴らす音でリザードマンの男は話すのを途中でやめる。
鳴らしたのは近くにいた犬の獣人だ。
「おっと、じゃあ俺もそろそろ作業戻らねーと」
先程の鉄の音は見張りの兵士が巡回しにくる時の合図だ。
「うん、じゃあ僕も行って来るよ」
「ああ、気いつけてな」
オタルはリザードマンに別れを告げ、残ったトロッコを再び押し始める。
洞窟を進んでいくと、オタルに気づいた亜人や魔族たちがちらほらとオタルに挨拶の言葉を投げかけ、ある者は挨拶するように手を挙げる。
「お、オタルまた魔物やったのか」
「オタルさん、お疲れ様です!」
オタルは気さくにそれを笑顔で答えながら先に進んでいくと、鎧を着た人間の兵士達が目に移る。
数人の兵士の元へ近づくと一人の兵士が声をかけてきた。
「よーオタル、相変わらずすげぇ量だな」
オタルに声をかけたのは頬に傷のある。無精髭の兵士だった。
「どうも、ザックス兵士長」
「魔物はでたか?」
「はい、ちらほらですが、」
「それでも結構いるな、お、これか・・・・おいおい、また素手でやったのか」
「はい、つるはしが壊れると悪い・・・あ」
「おい、またつるはし壊したのか」
「す、すみません!!」
「この量掘りゃそりゃ壊れるわな、・・・まあいい、気にすんな」
「・・・すみません」
「だからいいって」
「・・・ありがとうございます。」
「素手で無傷とはね、つるはしぐらい使っていいのによ、お前らだけでも武器持たせられたらまだ捗るのにな・・・まあいい、ほらよ」
人間の兵士はそういうとオタルに袋を渡す。
「ありがとうございます、いつもこんなに」
「いいって気にすんな、ゲラルトにもだいぶ世話になったしな」
「ありがとうございます!ではまた明日」
「おう、しっかり休めよ」
オタルは受け取った袋を手に兵士に会釈をする。
兵士が手を挙げそれを返すとオタルは洞窟の奥へと消えて行った。
「いつも思うんですけど、兵士長って魔族に優しいっすね。」
兵士の後ろから若い兵士が声をかける。
「悪い奴じゃないしな、特にあいつはな」
「あれはオークの概念を覆しますね」
「どう言うわけだかな、オークってのは必ずと言っていい程凶暴な性格になるはずだが。ここ何年あいつが怒ってるところなんて見たことねぇ」
「母体が超穏やかな人だったんじゃないですか?」
「バカ、オークってのはどの種族から生れようが凶暴なオークなんだよ、」
「あーそんなこと言ってた気が」
「でも一回見て見たいもんだな、オタルが戦ってるとこ」
「あーそれ俺も興味あります」
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暗闇の広がる洞窟の中、微かな魔石の光が洞窟を青白く照らす。その中を進むオタル、すると狭い洞窟から外にでる。先ほどとは違う赤い光がオタルを照らした。
照らしたのは夕日の光。
オタルは夕日の光が眩しく感じ、手で影を作る。
洞窟の外、崖の谷間にできた谷底の空間、小さな村のような場所、捕虜居住区である。
第3居住区と呼ばれるこの場所がオタルが育った場所だ。
しばらく夕日を浴びながら奴隷区を歩く。
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オタル自分の家に着くと扉を開け、奥の部屋に進んだ。
その部屋の扉を開けると、ベットに眠るゴブリンの老人がいた。
「ただいま」
ゴブリンの老人は静かに目を開けると寝たままその声の方を振り向く。
「おお、オタル、おかえり、どうだった」
「うん、何も問題なく終わったよ」
「そうか、それはよかった」
「ほらじいちゃんご飯にしよう」
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手際よく食料を切りスープに放り込む
塩などで味を整え味見をする、
「うん、できた」
器に注いだスープとパンをゲラルトの元へと持っていく。
「さっき燻製肉もらったんだ、煮込んだから柔らかいよ」
ベットに寝ているゲラルトの体を優しく起こす。
ベットの上に机を置き、そこに料理置く
「食べて」
「ありがとう、いただくよ」
スープを飲む
「美味い」
スープを味合わうゴブリンの老人、しかし少しだけ飲んだところでスプーンをもつ手が止まる。
「食欲ない?」
「すまん、動いてないからあまり空かんのだ」
「果物ならいける?」
「すまないなオタル、世話ばかりさせてしまって」
「何言ってるんだよ、果物もってくるからできるだけ食べてね」
「ああ」
部屋の外にでるオタル、オタルの出た扉の向こうで果物を切る物音を聴きながら、その方向を誇らしげにゲラルトは見つめていた。
夜
二人の笑い声が静かに外に漏れる。
オークの少年とゴブリンの老人の会話は夜遅くまで続いた。この日は夜が更けるまで声が止むことがなかった。
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日が登かけた朝、朝ごはんの用意をしている中、慌ただしい声でリザードマンの男が訪問してきた。
「オタルおきろ!!すげーぞ!朗報だ!!」
「なに?どうしたの?リカード??」
「慌ただしいな」
「おはようゲラルトさん調子どうだ?」
「ああすこぶるいい」
「そかそか、あ、オタルーこいって!ちょっとオタル連れてくな、皆集まってる」
「うん・・・わかった、じいちゃん、じゃあ行ってくるね!これ置いとくから。ちゃんと食べてね」
「はいはい」
「ちゃんと食べないとダメだからね!!」
「ははは、わかったわかった、何度も聞いた」
「そう言わないと食べてくれないから悪いんだよ!、じゃあいってきます!」
「ああ、いってらっしゃい、気を付けてな」
老人の返しを聞くとそそくさに洞穴からオタルは出ていった。その影を誇らしく見る老人
「本当にいい子に育ってくれた、本当に誇らしい、どうかあの子に幸せを・・・・」
そして、オタルが置いていったスープを震える手で口にもっていく。
「・・・はは、食わんとまた怒られるからな、」
そうやって一口一口、少しずつ咀嚼し飲み込んでいく。
味わいながら、そして噛みしめるように、
少し飲んだところでゲラルトは横になる
老人は静かに目を瞑った。
オタル・ハッシュドア
種族 オーク
身長210cm