3話 番号は打ち込まない
「その番号はもしかすると私の部屋にある扉の暗証番号かもしれない」
『えっ、そうなのか? 試してみたらどうだ?』
青は手放しで喜んでいたが、唯は素直に番号を打ち込む気にならなかった。
「これは、罠かもしれない。そんなに簡単に暗証番号が分かるのか? 私たちがここに閉じ込められた理由が分からないなら、うかつに動くのは危険じゃないか?」
『唯の気持ちも分かるけど他にどうしようもないと思う』
「私は、自分と青の身を危険に曝したくないんだ」
『分かった。唯がそう言うなら、あたしたちも少し相談してみる』
去りぎわに小さく手を振り、青はモニターの外に消えていった。クラスメートの間で話し合いが始まったようだ。
「私は少し慎重すぎるのかもしれないな。けど、これが私の性格なんだ」
唯は背もたれに寄りかかると大きくため息をついた。青とでさえ長く話すことは体力を使う。万年引きこもり体質には辛かった。腕を伸ばすと肩関節がこきこきと鳴った。
しばらく机に突っ伏して脱力していると、元気な声が聞こえてきた。
『おーい、唯。結論が出たぞ』
モニターを見ると青が映っている。
「どうなった?」
『番号を入力するべきだという結論になった。何人か具合の良くない子がいるんだ。ここにいたら水も飲めないし、トイレにも行けない。状況を変える方法があるなら、それを試すべきだと思う』
「けど、状況は悪い方向に変わる可能性もある」
『そうだね。後は唯しだいかな。あたしたちはその部屋にいないから番号を入力できないし。クラスの子たちも唯の意見を尊重したいって』
「そう」
『まあ、あたしも膀胱やばいんだけど!』
青は笑いながら下腹部をさすって見せた。青は優しい。具合の悪い子のために、自分を口実にして唯に行動してほしいのかもしれない。
「そう……今回だけだから」
『唯、ありがとう』
唯はこわばって重い体を椅子から起こすと、扉に近づき暗証番号を入力していった。タッチするたびに指先に冷たいパネルが吸い付く。Enterキーを押すと安い電子音が鳴り、ロックの外れる音が聞こえた。
自動で扉が奥に開いていく。
「本当に暗証番号だったのか。私たちを閉じ込めた誰かさんは親切な人みたいだな」
皮肉いっぱいに呟いて、唯は扉から半身を出した。
外は10メートルほどの廊下だった。目立ったところでは、色の違う扉が廊下に面して配置されている。左右に2枚ずつ、正面に1枚、計5枚。
息をひそめて静かに唯を待っていた。