1話 石橋を叩かない
彼女はひどく喉が渇いて目が覚めた。硬い椅子をお尻に感じる。デスクに伏した顔を持ち上げると、目の前で何十ものモニターが青い光を放っていた。
「ここは……どこだ?」
見慣れない部屋。次第に意識がはっきりしていくにつれ、最後の記憶が鮮明になっていく。確か部屋で一人ゲームをしていて、疲れてそのままソファーで寝てしまったのだった。薄明りの中で自分の服を確認すると、その時に着ていた服のままだった。
辺りを見回す。部屋の広さは十畳程度だろうか。デスクとモニターしかない無機質な空間。そして、背後に分厚い鉄の扉があった。
一つ気になることがあった。デスクの上に目を移すと、1から40まで書かれた大きなプレートが置かれていた。下には模様が描かれたスイッチが3つある。目を凝らしてよく見るとそれぞれ目、耳、ハートのように見える。計120個もの膨大な数のスイッチがそこに並んでいた。
喉は乾くが、何もする気にならなかった。具体的にとれるアクションは
①扉から外に出ようとする。
②スイッチを押してみる。
のどちらかだろうか。しかし、何の情報もないこの状況においてはどちらも賢明には思えなかった。何かをしないことによる損失が、何かをすることによるリスクより小さいと判断したまでだ。
だから彼女はしばらく待っていた。薄く青い光の中で。
「何もする気にならないんだ」
誰ともなしに呟いた言葉は、青いモニターの奥へと消えていった。
1時間と経過しただろうか。体感ではそのぐらいだが、実際にはもっと短いかもしれないし、もっと長いかもしれない。彼女はデスクによりかかり爪の間のゴミをいじって弄んでいた。喉はひどく乾くが、何も我慢できないほどではない。
何の前触れもなく、突然に40番のモニターが白く光り始めた。見ると、画面越しに数人の見知った人間たちが映っていた。彼らは同じ高校の生徒だ。モニターに一人が近づいてきて何かを喋ったが音は聞き取れなかった。
「読唇術でも持ってたら分かったかもね……」
彼らは何やら慌てているようだった。見ると、画面の奥にもクラスの人間が数人がうろうろしている。特に目的のないその動きは、巣からはぐれて彷徨う蟻を連想させる。
40個のスイッチ。クラスの人間。ここに来て一つ閃くことがあった。彼女のクラスは全員で40人だった。人間にスイッチが対応している可能性があるのではないか。
しかし、その仮説が出たからどうだというのか。だからスイッチを押してみようという気に彼女はならなかった。無関心なわけではない。彼女だってこの状況をどうにかしたいと思っている。が、スイッチを押すという行為によって、予測できない「何か」を駄目にしたくなかった。徹底的な慎重さ。石橋を渡りもしないし叩きもしない。それが彼女のポリシーだった。
さらに数時間が無為に経過していく。空腹の影が胃袋に忍び寄るころ、モニターからまたも突然に音が聞こえた。
『おーい!』
快活な美人が40番のモニターの向こうで手を振っている。彼女の唯一無二の親友、青の姿だった。