盗人1
後悔するよ
人を見かけで判断したら
後悔するよ
こういう人なんだって決め付けたら
後悔するよ
最初から関わろうとしなかったら
だから
後悔させてやれ
ミーシェは犬の芸で言う伏せの体制で何やら考え出した。目を瞑っているから寝ているようにも見えて不安になる。また放置されてないよな?
「ミーシェ?何して……」
「静かにして下さい」
怒られた。とりあえずミーシェは取り込み中のようなので邪魔しないようにしよう。
といっても何もすることがなく暇なので、剣を振っておくことにした。さすがの俺でもこの状況で練習やら特訓やらしたくなーいなどと駄々はこねない。何より好きなことはとことん没頭するタイプだ。自分で剣のあれやらそれやらを好きなことと言ってしまった……バンダナのしてやったり顔が目に浮かぶ。
金属が擦れる音がして、鞘から剣が抜ける。日光に反射して白い剣身が眩い。
俺はそいつを両手で持って正面で構えた。ゆっくりと持ち上げ、剣道のように縦に思いっきり降り下ろす。
シュゥゥゥンっ
「おおお」
今度は片手で持って、横に払い、その勢いで回転しながら体を捻り、また両手で縦に振る。
「……(ニタァ)」
気付けば一心不乱に、見えない敵と戦っていた。おそらく数分しか経っていないだろうが、俺は汗でびっしょりになっていた。手汗も凄い、剣が滑る。
ミーシェがこちらを見ているのに気付いて、剣を降ろした。
「ミーシェ、ふぅ、どうした?」
息も上がっている。最近は引きこもりぎみだったし、仕方ないか。
ミーシェはそんな俺を見て一息つくと立ち上がり、空を仰いで…………甘えるように鳴き始めた!!!
「ゴロゴロゴロゴロ」
抱き締めてもいいだろうか。いや、それをしたらきっと身体的に殺される。変態のレッテルを貼られたままさよならするのは勘弁してほしい!!必死に理性を保っていると、ミーシェが鳴くのを止めた。残念。
「碧斗さん。覚悟して下さい」
「……は?」
「面倒ですよ」
それってどういうことだと聞く前に、突如……
『アハハハハハハハっ……』
「!?」
とっさに辺りを見回す。が、俺達二人(一人の一匹?)以外には誰もいない。
『アハハハハハハハっ……』
空を見上げても……何もいない。ただただ、静かな森に女の高い笑い声だけが響き渡っている。
しばらくすると、少し離れた所に白い光のような粒が集まり始めた。それはだんだんと形になっていく。
そこには、一人の女がいた。若草のような緑の腰まである髪に、深緑の瞳。まさに清らかという感じの女性だ。女は口元にうっすらと笑いを浮かべて俺を見ている。
「こんにちは、リン」
ミーシェが話しかけても振り向きもせず、ただただ俺を凝視している。
「久しいわね、ミーシェ。こちらは?」
「あ、久坂碧斗です」
「彼は人間です」
リンと呼ばれた女はゆっくりと歩みより、俺を観察し始めた。俺の周りを回りながら隅から隅まで眺め回される。
「な、なんすか」
「ん?あぁなんでもないのよ?」
その微笑みの意味は!?満足したのか、まともに向き合った。
「私はリンスカム・エコー。リンって呼んでね。ずーっとここにいるんだけど全然飽きないの。だって皆とっても面白いんだもの!でもなんといっても、ここにはあなたのように訪ねてくる人が多いのが楽しみね。種族も力も武器も全然違うのにみーんな共通して目的の狩りをしてる。とっても面白いと思わない?特に種族の違いは面白いわ!毎度毎度、見た目で判断してはいけないってことを思い知らされるの。パッと見は一瞬で殺されそうなほど弱々しいのに中身を見たらとっても凄いとか、森を丸々破壊しそうな奴が実は木一本も折れないとか。もうそれはそれは驚きよね!力の差ってのは生まれつき決まっているからどうにもならないかと思えば意外とそうでもなかったりするし。最後まで諦めるなってこういうことを言うのかしら?突然いろんな出来事も起こるの!一番面白いのは崖っぷちに追い込まれた奴が力を発揮することね。誰でも命の瀬戸際になると凄い力を発揮するの。火事場の馬鹿力ってやつかしら?それに…………」
……どうすればいいんだ。いきなり始まった弾丸トークに着いていけるはずもなく、呆然と立ち尽くしていた。
見た目で判断したら駄目って言ってたか?それあんたのこと?ついさっき「清らかな」とか言ってしまった自分が恥ずかしい。ノリ的には立ち話が終わらない近所のおばちゃんだ。
ちらっとミーシェを見ると目があった。
「彼女は森の『ニンフ』です。ニンフとは自然に棲む精霊たちのことを言います。特に森のニンフを『エコー』と言い、リンはこの森の精霊ということです。残念なのは、リンを含め、エコーは皆おしゃべりだということですね。」
残念とか言っちゃったよ。
未だに話し続けているリンを無視してミーシェに聞いた。
「まあだいたいわかったけど、なんでこんな奴呼んだんだ?」
あの愛らしい鳴き声はこいつを呼ぶためのものだったんだろう。なんでよりにもよってこいつ!?なんか悔しい!
「こんなのでも味方につけば凄いんですよ。リンとは面識があるため、呼んだらすぐに来てくれたんです」
ミーシェはとてとてとリンに歩み寄る。彼女は今もぺらぺらと話し続けていた。ここまで喋り続けられると引くのを通り越して尊敬する。
「リン。彼の荷物を盗ったのは誰で、どこにいますか?」
リンは嘘のようにピタッと話すのを止めた。