異世界突入4
知らないこともある
見えないこともある
聞こえないこともある
感じないこともある
どうしようもないこともある
それを理解した上で現実を知って
どうにかしたいと思って
加えて覚悟を持ったなら
私はあなたが戦うための
剣になろう
ミーシェが猪を倒すのに使った『武器』は両刃の短めの剣身。特徴があるのはその柄だ。二本の平行のバーに、少し太めの横棒がついてH字のようになっている。たぶんこの横棒を握るんだろう。
改めて隣の猪を見ると、深い刺し跡がたくさんあって大量に出血している。
「これは短剣の一種で、相手を斬るのではなく突くタイプです」
「へぇー、こういう『武器』って持ってる奴いるんだな。新しいのどっかで手に入れられるか?」
「それは無理ですね」
「どっかで売ってたりしてねーの?」
ミーシェは小さい首を振る。どうやら俺は呆れられてるらしい。耳と尻尾がそう語っている。
「この世界で武器を持っているのは、私が知る限りシェルだけですよ」
「え、バンダナだけ!?」
「はい。誰も作れないし、作ろうとも思いませんから。これもシェルに貸していただいている物です。シェルがどのように手に入れているのかはわかりませんが」
ミーシェが剣に触れると、消えた。……しまったのだろう。
そして俺はミーシェの話を聞いて、急に嫌な予感がした。すごく不安になった。……武器屋が……ない……というのは……
「あのさ……」
『武器』はいい。だが他のものは?聞くのが怖い。すごくすごく嫌な予感がする、というか嫌な予感しかしない。これがあたっていたら……俺どうしよう。
「どっかに食べ物とかって売ってない?」
「はい」
「コンビニみたいなのは?」
「こんびに?」
「スーパーは?」
「super?」
「宿は?」
「そんなのないですよ」
「ふっ、そうか。死んだな」
どうしてこういうことをあのバンダナは最初に言ってくれないんだ!?こっちに来て気付かない俺が悪いのかよ!まだいまいちことの重大さが理解できてないけど、やはり俺の嫌な予感はあたってしまっていた!ここは縄文時代か?なんでお互い助け合わないんだよ!!助け合えよ、支えあえよ、協力しろよ!!仲良くしましょう!?
「ふむ、あなたが何を心配しているのかわかりませんが、『こんびに』とはなんですか?」
意外な質問。
「え、コンビニってのは…ずっと営業してて、サンドイッチとかおにぎりとかお菓子とか飲み物とか……そういうすぐに食べれる物とか、文具とか、とにかくいろんなものが売っていて便利な店だよ」
「ほぅ……『コンビニ』……なるほど。それはいいですね。では『super』とは?」
発音いいな。
「コンビニにあるものはだいたいスーパーにも売ってるけど、それより食材とか調味料とかがメインだな。営業時間が決まっているのが不便かな」
「なるほど……そこで買って、あとは家で好きなものを作るのですね?しかしそれでは『コンビニ』のほうが便利なのではないですか?」
「確かにそうだけど、ちょっとコンビニのほうが値段が高いんだよ。それに……やっぱ同じ味だから飽きるし。手料理の良さってやつがあるんだよ」
「ふむ……『コンビニ』に『スーパー』ですか」
俺だって今までコンビニとスーパーの違いなんて考えたことなかった……俺は手料理に良さを感じているらしい。
「ミーシェはあっちの世界が好きなのか?」
耳がピクッと動いた。一瞬、二股の尻尾がピーンと伸びる。
「好きというか、面白いとは思います。こちらとは全然違う感覚……なんともいえない不思議なものがたくさんあって……そういえばこの前は『蛍光灯』というものを見ました。太陽とは別の光るもので、細長いんです!近くにボタンがあって、それを押すと消えてしまい、また押すと光を取り戻す!あれはなんとも言えぬ感じで……光を自分の力で操っているような……」
そこでピタッと動きが止まった。恐る恐ると言った感じで俺を見上げる。ちょっと引くぐらい熱心に話していた……が、どうしたんだろうか?
ん、『この前は』?
「ミーシェ、向こうの世界に行きたくて行ってるのか?」
耳と尻尾がピーンと上に立ち上がる。図星だったようだ。本当に分かりやすい!表情はまったく読めないけど……普通の人間より分かりやすいんじゃないか?それより、バンダナにはうっかり行ってしまったのだと言っていたはずだ。
耳と尻尾が、今度は力が抜けてへにゃっとなる。
「あまり向こうに深入りするのは良くないことなんです。というか、変人扱いされます」
「なんで?」
「そういうものなんです」
よくわからないけど、隠していたいことらしい。俺は優しいからな。誰にも言わないでおこう。
「でもなんで行くんだ?面白いのはわかったけど、こっちの世界のほうがよっぽど面白そうじゃん」
「あぁ、こちらのことはだいたい知ってしまって、飽きたので」
どういう基準でだいたいと言ったのか知らないが、お前いったい何者だ?一つの世界のことだいたい知ってしまったって何?てか何歳?しかもその「どうってことありませんけど」みたいなすまし顔が腹立つ。言いふらしてやろう。
立ち上がって尻に付いた土を払った。
「じゃあまあ、とりあえず進むわ。さっきはありが…」
「待ってください」
ミーシェは前足を少し折ってお辞儀するような形をとる。
「遅れましたが、あの時は助けて頂いてありがとうございました。借りを借りっぱなしは嫌いです。シェルに任されたことを終えるまでお助けしましょう」
「え、俺もついさっき助けてもらったんだけど」
「あれは借りを返したことにはなりません。それに今私が居なくなるとあなたはすぐ死ぬでしょうから」
冗談に聞こえない。実際本気で言っているのだろうが、その無表情でいわれるとなんとも説得力があるというか、こう心に突き刺さると言うか……
「……うん、助かる。よろしく」
しゃがんで頭を撫でた。本当に何も知らない俺一人では不安だし、自称この世界のことはだいたい知っているミーシェはかなり心強い。
俄然やる気が出てきた。さっきみたいな猪を、今度は俺がかっこよく倒してみたい。そのためにもこの剣を使いこなさないとな。
置いてある剣を拾い、鞘から抜く。気持ちのいい金属音が鳴り響き、白い剣身が現れる。二三度振ると、いい風切り音がした。
「碧斗さん。先に言っておきますが、ここでそちらの世界のスポーツ気分でいると……まずいですよ」
…どういうことだ?この時はミーシェの言った重大さを全く理解していないわけだが、まいっかと流して頷き、剣を鞘へ収めた。それから袋とりゅっ……
「あれ?リュックは?」
バンダナに渡されたリュックが見当たらない。確かこの辺りに一緒に置いた……何処にもない!?あの中に何が入っていたのか全くわからないが、バンダナのことだ。何か大切な物が入っているかもしれない。というかそうであってほしい。少なくとも地図はあの中だ。
「盗られたみたいですね」
「誰に!?」
「わかりませんが……こんなところに置いておくあなたが悪いんですよ」
ミーシェは辺りを見回している。こんなところって、たった数メートル離れた所だぞ?
「ここはあちらの世界とは違うんです。意思疎通の出来る者も皆、野生の獣だと思った方がいいですよ。言ったでしょう、スポーツではないと。ルールはないし、法律なんてものは存在しません。…油断していると、喰われますよ」
……思っていた以上に厳しい所らしい。なんで法律のこと知ってるのに蛍光灯ごときではしゃげたんだ。店はない、物は盗られる……おまけに弱肉強食?喰われるってどういうことだよ。まさか本当に食べられるわけでもあるまいし。
だが不思議と嫌にならない。今すぐ家に帰りたいとか、ホームシックにならない。
現実味が無さすぎるからかもしれない。
ただ俺が感じているのはどうしようもない、興奮。
「さあ、どうしますか?いっそすっぱり諦めるというのも賢い方法ですが…」
ミーシェはちらっと俺を見上げる。だがすぐに首を振りながら何かし始めた。
俺は何も言ってないぞ?ただにやけが止まらないだけで。楽しんでるんだと思う。
誰が俺のリュックを盗っていったのか?なんか、この『頼みごと』っての、簡単に終わりそうにないなあ。
「もちろん、取り返しに行く!」