異世界突入2
つまずくかもしれない
いっそ転ぶかもしれない
失敗して
傷ついて
死に掛けて
馬鹿にされるだろうか
何も出来ない能無しだと
弱い奴だと
しかし今ここに生きているのなら
それは負けではない
誰かに助けてもらって
失敗のまま終わって
傷が残ったままで
それでもなんとかなっているのなら
それは負けではない
「あーーーあぁ。なんなんだ、まったく」
木々の隙間から屋上でのと同じ、真っ青な空が見える。違うのはここが屋上じゃないってことと、今この状況がゆっくり寝ている場合ではないということぐらいか。
俺は全身から力が抜けて、大の字で土の上に転がっていた。決して昼寝ではない。
俺にこの危機的状況で無防備に寝転がる趣味はない。むしろそんなドMが居るなら教えて欲しい。そんな暇もないけどな!
「ブロォォオ、オオオオオオ」
荒い鼻息と……俺じゃないぞ。それからうるさいうなり声が聞こえる。重たい首を持ち上げると、そいつはUターンして俺の方を向いた。
やっぱこれ夢だって。絶対夢だって。夢であって?だって俺一昨日までテスト受けてたんだぜ?そろそろ春休みの宿題が配られるんだよ。一日でも早く貰って終わらせないと。終わったことないけど。
そういうわけで、俺は襲われている真っ最中なのだ。
どういうわけだよおお!!!
数時間前。
「気を付けてのぉ。これとこれと、あとそれも…………ほい。あ、これもじゃ。地図と照らし合わせての。じゃあ」
起きた途端、いくつかの荷物を渡され、なんの説明も無しに追い出されてしまった。
え?まさかの説明ナッシング?
バンダナに渡されたのは、手提げ袋とリュックと剣。両刃の、刀身が白い剣で「こいつをお供につけてやろう」と言われた。いやー、お供って……自ら助けてくれるわけでもないし、むしろこの野生の地に何も持たせず放り出したら本物の鬼だわ。
最後に渡されたのはコンパスのようなものだった。針は細長い三角形になっている。一緒に渡された地図にもその三角形があるから…………まぁそういうことだろう。コンパスは腕時計のように身につけることが出来た。
それにしても下手な地図!いや、これは下手と言うより雑?ただの嫌がらせの気がしてきた……。地図は一筆書で
真っ直ぐ……→左折……→右折……
が書いてあるだけ。たった二つの曲がり角。その目印には汚い文字で……『大きい木』。
「全部でかいわぁあっ!!」
突っ込みつつも、コンパスで方角を確かめて進むことに。バンダナの家からその方向に進むとすぐに一本道になった。これならあの地図も頷ける、か?
迷うことも無く数時間歩いたが未だに曲がり角が現れない。疲れてきたから、荷物を置いて道の端に座った。そういえば、曲がり角って分かれ道になるんだろうか?ずっと一本道なら地図も要らないよな。
気持ちのいい風に当たりながらぼーっとする。
ブロォオン
…………気持ちいなー。
ブロォォォオン
……エンジン音が聞こえるんですけど。あとは土が擦れる音と、牧場みたいな匂い。うわーどうしよ。嫌な予感しかしない。仕方なく、俺はそーーっと後ろを振り替えると……
「ぐはっ……」
一瞬何が起こったか分からなかった。
遠くなる地面。
浮遊する身体。
数秒後には激痛と共に、土にキスしていた。
無理矢理身体を起こして剣を掴もうとする。しかしそれに触れる前に、今度は横腹に突進してきた。
そして今この状況。二回あれをくらって、空飛んで、それでも意識を保っている俺が凄いと思う。何故か掴んでいた手提げ袋がクッションになったようだ。
初めてその生き物を直視する。簡単に言うと、猪だ。全身金髪の猪。もの凄い巨体。前足を地面に打ち付けて走り出す用意をしているようだ。たくさんの突起物が上唇からつき出している。すごく痛そうだ。
あ、今痛い思いしてるの俺だった。
今までの記憶が走馬灯のように駆け巡る…………ことはない。正直、もうどうしていいかわからない。
朦朧と考えているうちに猪が準備できたようで、数十メートル離れた辺りから突っ込んできた。一気にすぐそこまで迫る。剣は遠いし、身体は言うことをきかないし、猪は臭いし。最後までいいことなかったなぁ。とか本当に死亡フラグ。
あともう一歩で猪が俺の足を踏みつける。
しかしいつまで経っても痛みがない。きつく閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げると、猪が女に変わっていた。
俺の前に一人の女が背を向けて立っている。その女性は振り返って俺を見下ろす。
「せっかく助かったのに、また大怪我を負うつもりですか?しっかりしてください、碧斗さん」