異世界突入1
様々な場所に居て
様々な格好で
様々な所属で
様々なことを考えて
様々な事をしているうちに
何が現実で
何が本当かわからなくなる
そんなとき
決まって私は
一息ついてから
今目の前にあるものを
あーーーーーだるい。
「そろそろ起きるかのぉ」
?……聞き覚えの無い声。寝起きで頭が全く働かない。全身がダル重くて起き上がる気にもなれないし、それ以前に瞼も開かない。
ただどこかの誰かさんの家で寝ているということは確かだ。なぜなら知人にこんなしゃべり方の人はいないし、俺の部屋の匂いがしないから。決して俺の部屋が臭いというわけではない。
一体ここはどこだ……?
……あ、そーだ。今日やっと定期テストが終わったんだ。くそぅ、一気に嫌な気分になった。もう忘れよう。忘れ去ってしまおう。で、それから?
帰って、本屋に行って……あぁ、猫。青い猫が……轢かれそうになってて……
その瞬間、タイヤが目の前に迫る光景がフラッシュバックした。
「死んだ!!!!」
勢いよく起き上がって叫ぶ。
「生きとるのぉ」
「いやいや、あれは絶対に死んでたって!もう猫助けに飛び出したところで死亡フラグ立ってたけど!!だってタイヤがもうすぐそこまで…」
あれ?
自分の手をまじまじと見る。なんで人間って手を見るんだろうな。確かに、そこに自分が居ることを実感し、落ち着ける方法ではあると思う。
だがしかし、あれは確かに『死んだ感覚』だった。そう思うと同時に悪寒が走り、得体の知れない不快感が込み上げてきた。
「……気持ち悪…」
「そんな顔をするな。生きていることをもっと喜べ」
はっとして隣を見ると、一人の男が椅子の上にあぐらを掻いていた。
変なしゃべり方の奴。服もかなりへんてこだ。上はへそが隠れないくらい短いのに、ズボンはだぼだぼ。エメラルドグリーンみたいな色の綺麗な瞳が俺を見て、ちょうどその目の上から黒地のバンダナが白に近いおうど色の髪を覆っている。
いや、突っ込みどころが多すぎてどうしたらいいのか…とりあえず日本人ではなさそうだ。その格好にそのしゃべり方とか、不釣り合いすぎる。
「おや、第一印象を失敗したかの?」
「!?」
…………今……俺疲れてるんだろうな。こいつが俺の考えてることが分かるとか、そんなファンタジーな話が
「あるんじゃのう」
「!!!」
気のせいじゃなかった!なんなんだこいつ!?
「難儀な奴じゃ」
そいつはニヤリと目を細める。
あ、そうか。これ夢ね。こんな夢見るなんて本当、疲れてるんだなー。よっぽど定期テストにダメージ喰らってたらしい。なんだ、夢おちかよ。しかしそれなら早く言えよなー、驚いて損したぜ、まったく。
再び寝ようとゆっくり横になる。
「夢ではないぞ。お主が今見ているもの、聞いていること、感じていること全て現実じゃ。なんなら出血大サービスでビンタでもくれてやろうか」
「結構です」
出血するビンタってどんなだよ。……なんだかなぁー。体を起こしなおしてもう一度男を見る。年上のようにも見えるし、幼くも見える。しゃべり方もこんなだし。ただ座ってるから分かりにくいけど………チビだな。
「失礼な奴じゃのぉ。命の恩人だと言うに」
「、え?」
「まあ今回は仕方ないの」
いきなりのぶっとび発言に俺の可哀想な頭は着いていかない。……今のは自爆だ。尾を引く、恐るべし定期テストのパワー。
ふと足に重みを感じて目をやると、俺の脚に猫が座っていた。
「おぉ!お前あん時の奴!!」
「ナぁー」
俺が助けた(はずの)ブルーの毛の猫。今、間近で見てもやっぱり青い。俺が抱き上げると可愛らしい声で鳴いた。いつもは辛抱強く、一応恥ずかしくて隠していた。が、もう、絶えられない………
「ああぁぁぁあああ!!だから好きなんだ、猫!」
猫を太ももに乗せて愛でる。
「ちょー可愛いちょー可愛いちょおーーーーーー可愛いぃっ!!!!お前なんでそんなに可愛いの?この愛らしい鳴き声にしろ、眼、鼻、口、肉球、全てパーフェクト!!!そしてこの綺麗な三角形の耳から滑らかな毛がすーーーっと尻尾にぃ!?」
すっかりマイワールドに沈んでいたが、あまりの衝撃に思考が停止した。俺が抱いている猫……そいつは毛が青いどころか、尾が二股に分かれているのだ。まだ寝ぼけているのかと目を擦るが、確かにそこにある別々の動きで優雅に動くそれは……
「これはこれで…………あり!」
「ありなのか」
あ、こいつ(バンダナ)の存在を忘れていた。
「お主はそやつ助けた変わりに轢かれて重症じゃった。死にかけとった。わしが治療してやったんじゃぞ」
「はぁ、どうも……って!!!」
やっぱり死に掛けてたのか!ぶわっと全身に鳥肌が立った。しかし冷静になって考えてみれば、体に痛みはない。どこを見ても傷は無いし……階段で打って青たんになっていた所も治っている。………ラッキー!でも、何がどうなってこんなに完治したんだ?またパニックになってきた。
「とりあえず、ありがとう。でも本当に俺は死に掛けてたのか?だったらなんでこんな…」
「まぁそこは深く考えるな」
…………まいっか。なぁーねこー
見回すと、俺がいる部屋は異常に広くて、たくさんのものがいたるところに並べられ、かけられ、立て掛けられ、吊るされている。改めて、本当にここどこ?ただ呆然としている俺を見て、バンダナはうっすら笑いを浮かべた。
「わしのことはシェルと呼んでくれ。はじめまして、久坂碧斗とやら」
「え、なんで俺の名ま……」
「お主が抱えておる奴はミーシェという名での、死に掛けのお主を助けたいとこちらの世界に連れてきてしもうたんじゃ」
「え、こちらの世……」
「ここはお主らが住む世界とちごぉての」
「何を言っ……」
「そういうわけで、よろしゅうの」
「いやいやいやいや、どういうわけで!?ちょっと待て!!そんな話急にされて、『あ、はいそうですか。よろしくお願いします』なんて言えるわけねぇ!!!というか人の話を聞けよ!」
違う世界?ぜんっぜん意味が分からない。
「信じられんか?」
「当たり前だろ…」
「ふむ、まよいわ。せっかくじゃから、ちょいと見ていけ」
「おい、ちょっ…はぁぁ」
いろいろ文句を言いたかったが、どうせ聞いてくれないんだろうと諦めてバンダナ「シェルじゃぞ!」についていった。
俺が寝かせてもらっていた部屋の向かい側。その部屋には……
「わしのコレクションじゃ」
とてつもなく広い部屋にありとあらゆる『武器』が並べられていた。
まさに『武器庫』。刃物に鉄砲。どうやって使うのか分からない形状のものもあり、とにかくたくさんのありとあらゆる『武器』が所狭しと並んでいる。
「全てそちらの世界のものじゃ。時代を問わずたくさんある。すごいじゃろう?全部無料貸し出し中じゃぞ」
「貸してくれんの!?」
「もちろんじゃ。わし一人では使い切れん」
バンダナ「シェル…まあよいわ」は腕を組んで難しそうな顔をする。
「『武器』は使わなければただの『飾り』じゃろう?身を守り、相手を倒す為の『武器』であり、そうやって使われるから『武器』として魅力があるのじゃ」
武器論を語られてしまった。すごい偉そう。そしてなんでこんなにイラッとするんだろう。……それにしてもすごい。ただただ見つめることしかできない。
「そんなところで突っ立ってないで、中へ入って触らんのか?」
言われるがままに……静かに部屋に入り、手にとって眺めていく。触れてはじめてわかる、……重さ……形状……鋭さ……温度。
どれくらいここにいたのだろう。俺の口は無意識に動いた。
「これ、使ってみてもいいのか?」
バンダナは俺を見て、大きく頷いた。あのいやらしい、してやったりみたいな笑みは見なかったことにしよう。
外に出て、いくつか気になった武器を使わせてもらった。初めて外に出たわけだが…何て言うか、木がやけにでかい森って感じ。近所は誰もいないようだ。あるのはバンダナの家だけ。ちなみにバンダナの家は無駄にでかかった。宮殿かと思うぐらい。
初めての空気に『違う世界』というのが頭をよぎる。しかし今はどうでもいい。武器を扱えることに興奮していた。
せっかくの機会だし、いろんなやつを試させてもらおう。そう思ってひたすら暴れ続け、率直にまとめて感想を言うと……銃系は使うもんじゃないな!体への負担が半端ない!全然思った方向に飛ばないし。バンダナによると、「練習がいるんじゃのぉ」とか。くそっ。かっこいいのに。
しばらくして、俺の様子を見て、バンダナがステップを踏みながら家の中へ向かう。
「よし、そのへんでいいじゃろう。全部ちゃんともとの場所に戻しておくんじゃぞ」
「あ、あぁ」
もう終わりか………
部屋に戻って変な猫とじゃれあっていると、
「さて、昼寝でもするかの。もう夕寝か。くぁぁ」
…………今寝るって言った?
「おい待て待て待て!俺はどーすんだよ!?」
お構いなしにソファーの上で布団にくるまろうとするバンダナを引き止める。
「おいってば」
「そうは言ってものぉ」
バンダナは寝たまま、少し呆れたように俺を見る。
「お主、帰りたいと言わんもんじゃから」
「…………え?」
呆けた声が出てしまった。バンダナは「んん?」と小首を傾げる。
「お主、帰りたいのかのぅ?」
「そりゃあ……まぁ……」
曖昧な返事になる。
「どっちなんじゃ?」
「……うぅむ」
「くくく」
バンダナは楽しそうに笑う。俺は、迷ってる。
ここが異世界だという自覚はないけど、なんというか、好きなんだよな。山ほど武器があって、先が見えない森があって、開放感…あとなぜか、安心感がある。
ここが異世界にしろ何にしろ、帰らなきゃいけないのは…そうなんだけど。
「よし、じゃあ一回あっちの世界の様子でも見てみるか。ちょっとこっちに来い」
「お?おぉ」
バンダナが手招きして指差したのは、まあるい水晶。
「これであっちの世界がみられるぞ」
「うさんくさっ」
そう言っている間に水晶の中が歪み始めた。だんだん色が付き、はっきりとした景色になっていく。
そこは…病院。真っ白なベットの側で一人の女性が腰掛けている。
「母さん?」
そのベットに横たわっているのは……紛れも無く、俺。
「おいいっ、どういうことだよ!お前治療してくれたんじゃなかったのかよ!!俺死に掛けてるじゃねぇか!!!てかなんで俺、二人もいるんだよ!?」
「ぐぇ、ま、待て。おちちゅけ…ごほっ」
「あ、すまん」
思わず胸倉を掴んで大きく揺すっていた。
「大丈夫じゃ。ちょっといろいろ面倒での。ほら、行方不明とかもっと面倒じゃから、お主を二つに分けて…」
「おいいいいいい」
「ぐふっ、だ、大丈夫じゃ。どちらもれっきとした本物…お主があっちへ戻れば、事故は無かった事になるから」
「本当かよ……嘘くさいけどなんか凄いな」
俺が二人いるなんてことになったら行方不明より面倒だぞ。また水晶を覗くと、母さんの心配そうな表情が見える。
「お主のことが心配なんじゃろうのぉ」
わかっている。それを踏まえて、今俺は葛藤している。
帰らなければ。でも帰りたくない。
なぜかここには惹かれるものがある。武器か、猫か、まぁバンダナはないとして「ぐすん」、雰囲気か。何かに猛烈に惹かれる。
しばらくもんもんと考え続け、やっと結論を出した。
「やっぱ帰るわ」
「……そうか」
少し以外そうな顔をして、バンダナは俺に背を向けた。人差し指を上から下へすーっと振り下ろすと、空間が裂けた。本当に裂けたのだ。中は、明るいような暗いような、白いような黒いような赤いような青いような…よく分からない空間が広がっている。
「お主が帰りたいと望んで潜れば、帰れるぞ」
一瞬とまどったが、一息ついて一歩踏み出す。だがバンダナが裂け間の前をどかない。
「おーい?」
「実は、ちょっと頼みごとをしたいんじゃがのぉ」
「は?」
「いやぁーそれが最近、結構離れた所にいる友人から手紙が届いてのぉ。そいつは体が弱いんじゃがいろいろ作ることが好きでの。何やら『グリフォンの爪』が必要らしいのじゃが、わしにもいろいろせねばならんことがあっての、行けてないのじゃ。その友は今か今かとわしを待ち続けておるはずじゃ!なのにわしは行ってやれん。あぁ、どうしたらいいものか……そこでお主!行ってくれんかの?」
すごく長い前ふりがあった。それも演技つきで。
「要するに、『グリフォンの爪』?ってのをあんたの友達に届ければいいのか?」
「そゆことじゃ」
「……、悪い。マザコンじゃないけど、やっぱ…」
『碧斗…』
驚いて振り向くと、水晶の中の母さんが横たわる俺に話しかけていた。
『あんたは大丈夫。きっと戦い抜いて帰ってきてくれるわよね。子供は親に心配かけるのが当たり前だもの。母さん、ずっと待ってるわ』
バンダナを見ると、作為していませんと両手を挙げて首を振っている。
「おれが戻れば、事故のことは無くなるんだな?」
「約束しよう」
「…母さん以外は…別に彼女もいないしな」
「切ないのお」
「……どうせもどるしな」
「そうそう」
「…困ってんなら行ってやらんこともない」
俺とバンダナは見つめ合ったまま、ニタリと笑った。
『そのかわり……』
次の優しさに満ち溢れた母の言葉を期待して耳を寄せると、
『帰ってこなかったらぶん殴ってやるから』
いや、帰ってこなかったらって死んだってことなんですけどその死体であっても殴るってことですかって言うかこれおとなしく帰っても「心配させてんじゃねぇ」的なノリで殴られるんじゃないかとかいろいろおもうけどもうとりあえず、怖い!!
俺の親って何故か理不尽なとこあるっていうか、なんていうか……
「じゃあ夕食にでもするか」
そういえば今日、昼食を食いっぱぐれたんだった。それを思い出すと一気に空腹感が襲い、出された物が何かも気にせずに食べまくった。一段落したところで、バンダナが愉快そうに話しかけてきた。
「そろそろ、ここが別世界だと認識できたかの?」
「んんん……いや、あんまり考えないことにした。て、あんた俺の心読めるんじゃないの?」
「だって疲れるんじゃもん」
「あっそ……そういやさ、『グリフォンの爪』って何なの?」
さっきの頼み事にあったものだ。ずっと気になっていたのだが…
「グリフォンって確か、架空の生き物で聞いたことがあるような…」
「あぁ、そのまんまじゃよ」
「……は?」
「そういや言っておらんかったかの」
バンダナはよっこいしょと座りなおした。
「この世界には人間はおらん。お主の元の世界で『架空』とされとる生き物がおるんじゃよ」
また頭が着いていかない話が始まった。『架空の生き物』?
「こっちの世界の奴らは世界を行き来出来ての。そちらでたまたま見つかった奴が記録に残されておるんじゃろう」
「……全然分からない」
「順応性の無い奴じゃのう。少なくとも二匹はこの場におるじぁろうが」
「!?なん…」
「ほれ、そやつ」
そういってバンダナは俺の側に来ていた猫を抱き上げて膝の上にのせる。若干嫌がっているように見えるのだが。
「こいつはミーシェという名での、『猫股』と呼ばれとる」
「まじか。」
普通の猫じゃないことはわかっていた。さすがの俺でも分かる。しかし、それでもいいと気にしないでいた。だってこいつは………超絶可愛いじゃないか。猫は猫だ。尻尾が二本だろうが美しいシルエットが健在ならばいい。
「こっちの住人が向こうの世界に行くことはまれでの、ミーシェもうっかり踏み入れてしもうたんじゃと」
来てくれてありがとうっ。
「あ、じゃああんたは?」
二匹ってことは、そういうことになる。バンダナは不適に口角をあげると、目を閉じ、ゆったりと俺に詰め寄った。思わず後ずさる。
「知りたいかの?知りたいじゃろうのぉ。くくく」
「いや、別にそこまで……」
そして…
「ひ・み・つ・じゃ!」
「あぁ?」
口元に人差し指をあて、もう片方の手を膝に置いてポーズをきめやがった。
「まぁそうきりきりするでない。くわしいことはちゃんと明日説明する。今日はもう寝るがよい」
碧斗が寝た後。
「いいのですか?」
「…………ふふ。あやつ、面白いぞ。なかなかの才能を持っておると思うた」
楽しそうに口角を上げる。
それを見て、『猫』は心配そうに耳を伏せた。