死にたくない男
星新一先生のモノマネ……というのもおこがましいレベルの小説ですが、インスパイアされて書いてみました。
すぐに読み終わるので、よろしかったら是非。
死にたくない男の話です。
その男は、伝説の男と呼ばれていた。
男は、生まれた時から万事に対しての天賦の才能を持っていた。
またその才能に溺れず勤勉に勉強と努力を続けありとあらゆる事に精通し、どんな事でも容易くやってのけた。
小中高大と、全て超一流の学校を超一流の成績でぶっちぎり、貶された事など一度も無かった。
小学生の時には既に会社を立ち上げ、高校を卒業する頃には日本を代表する巨大企業に成り上がり、小さな国の国家予算ほどの膨大な資産を持ちえていた。
それでもまだ足りず世界へと進出。当然世界相手でも男は苦する事なく快勝し、世界でも5本の指に入るほどの大企業のトップに君臨する。
だが、それでも男は満足しなかった。
ある日突然、男は社長の職の辞任を表明。理由は一身上の都合により。贅沢極まりない人生を10回以上繰り返しても使い切れないほどの莫大な財産も慈善団体に寄付。
殆ど無一文状態で男は表舞台から忽然と姿を消した。
その余りにも突拍子もない行動に様々な噂が飛び交った。裏社会の大物に目をつけられただの、成功しすぎて逆に頭がおかしくなっただの、カルト宗教の教祖に洗脳されてしまっただの、果ては宇宙人と交信してこの世界の重要な秘密を知ってしまったから消されただのと珍妙な物まであった程だ。
だが人の噂も75日。段々と男の噂は鳴りを潜め、些細なニュースがテレビを支配し、人々の頭から男の記憶が消えかけたその時。
事件が起きた。
日本の国会議事堂が爆破されたのだ。
日本の中枢が、跡形もなく砕け散ったのだ。
当然日本中が大騒ぎになり、テレビの視聴率は驚異の95%台を叩きだした。
そして事件から数時間後、一つのビデオメッセージが各テレビ局に届く。
そのビデオには、あの伝説の男が黒いフェイスマスクをした集団の中央に顔を隠す事もなく立っていた。
『これは宣戦布告だ。お前らにでもなく、日本の政治家先生達にでもなく、この世界そのものにだ。俺がこの退屈な世界を面白くしてやる』
ビデオの内容はこれだけだった。特に何を要求するでもなく、特に何を主張するでもなく、本当にそれだけ。
何も望まないなんてそんな事あるかと政治家連中は思ったが、本当にビデオの内容はそれだけだった。何か暗号や隠し映像があるのではないかと一週間掛けてその道のプロに探らせたが何も出てこなかった。
連中は面白半分でこんな事をしているとしか思えませんと政治家は口をそろえてそう言った。
だが面白半分で日本の中枢を破壊されてはたまったものでもない。
国家機能を失った日本は大混乱に陥った。他の国々からこの好機に戦争を仕掛けられたらどうするという危惧もあったが、何故かそれは起きなかった。
男が、他の国のトップ達に秘密裏に今の日本に戦争を仕掛けたらただじゃ済まないというビデオを送ったとされる噂もあったが事実かどうかは定かではない。
その後、男は様々な事態を引き起こした。万里の長城を爆破、エッフェル塔に放火、凱旋門を破砕、自由の女神をぶっ壊し、そしてとうとうホワイトハウスまで木っ端微塵にしてしまったのである。
当然、世界は男を敵と認定した。
男は世界195か国全てにおいて指名手配された。
懸賞金はなんと破格の100億円。信憑性がある情報提供の報奨金でも一億円という、歴史上最多の懸賞金が掛けられた。
ICPO、FBI CIA、MI6……世界に名だたる組織が大量の人員と潤沢な資金、そして世界最悪の犯罪者を見つけてやるという大いなる正義感の元、恐らく人類史上もっとも大規模で最も高度な捜索活動が行われた。
地球上、それこそ未開の地に至るまで、ありとあらゆる場所をローラー作戦にかけ、異国の地に隠れていたテロ組織や犯罪者集団の首領、伝説と言われていたの財宝や埋蔵金、高名な芸術家が残した未発表作品をもののついでに探し当て尽くしてしまうほど
その金額のデカさに世界中の人間が血眼になって探したがそれでも男は見つからなかった。
そんなある日、男は側近中の側近にこう聞かれる。
「お前は世界中を敵に回して、怖いものがないのか?」
と。
男はこう答えた。
「あるよ。死ぬほど怖い事が、人つだけ」
「へぇ、なんだよ?」
「……秘密だ」
男が答えを濁すなんて珍しいと思いつつも、そう答えた時の男の顔が陰ったのを見て、それ以上の深入りを側近は辞めた。
全世界を混乱の渦に叩き込んだ男は、その後も次々と革命的行動をし続けた。
だが、どんな人間にも必ず訪れる物がある。
ある日、男は突然病に倒れた。医者に見せずとも、男は察した。ああ、俺はもう長くないと。
そして男はある日、側近中の側近をそっと病室に呼び寄せた。
男が全世界に宣戦布告してから、実に半世紀が過ぎろうとしていた。
「どうした。死ぬのが怖くなったか」
彼、側近中の側近は、冗談めかして聞いた。
勿論、彼らの活動に置いて、死にそうになった事など、数えきれないほどある。
故にこれは冗談、軽口の部類だ。
「違う。別に死ぬなんてそんな事怖くない。
ただ、どうしてもやりたい事があって」
だが男はその冗談にも取り合わず、真面目な顔で答えた。
「……ど、どうした」
伝説の男でも、やはり死に直面する時は冷静でいられないのか、と思ったが、男の言葉は予想外の物であった。
「子供の頃、近所に住んでた女の子がいる。その女を探しだして欲しい」
「はぁ……? そんな事? まぁ俺達にかかれば容易いだろうが……一体何の目的が?」
「いいから呼べ!」
「わかった、わかったよ。ちょっと待っててくれ」
そう言って側近は、50年の間で磨きあげた技術を使い、あっという間にその女を見つけ、呼び出す事に成功した。
そして男とその女は対面、実に60年振り以上の対面であった。
「……あらまぁ、お久しぶりねえ。
お元気そうで……とはいえないけど、どうしたの急に呼び出して?
「お、お、お、お、お、俺は」
「はいはい」
「あ、あの伝説の男が緊張している」
「あ、あなたが昔言ってた「スケールの大きい男」になりました!!!!
あなたが好きです!付き合って下さい!!」
「え、えええ~~~~!?」
「……ごめんなさい、ちょっと無理」
「そ、そんなぁ……ど、どうして……!?」
「いや、だって、ちょっとやりすぎですよ……」
「ぐっ……」
「せ、攻められている……あの伝説の男が……世界相手に一歩も引かずに常に攻め続けていた男が……」
「そもそも、スケールの大きさなら、高校生くらいの時のスケールくらいで十分でしたのに……なぜここまで……」
「だ、だって……振られるのが怖かったんだ……あなたの事が好きだから、どんな事でも頑張れたのに……振られたら死んでしまうくらいショックだから……めちゃくちゃスケールのでかい男になってやろうと……」
「何にせよ、やりすぎです……。私にはもう数十年連れ添った夫も、子どもも、孫もおりますし、あなたとは付き合えません……では……」
そう言って、去っていく老婆。
伝説の男は、その姿を見て涙を流し……そして……
「お、男……!? 男ーーー!!!」
間違いなく歴史に名を残すであろう伝説の男は……人類史上、最も死にたくなかったであろう男は……静かに息を引き取った。